1話 目を覚ますと中に居た
俺が目を覚ますと、そこは真っ暗な、ものすごく狭い空間だった。
鼻を刺す木の匂い。身体は腹筋の途中のような態勢で止まっていて、どうやら箱のようなものに閉じ込められているらしい。
俺は唖然としていたがしばらくして我に返った。
おかしい。だって俺は自分の部屋に引きこもってゲームをしていたんだから、否、ゲームをしていた時、確か魔王が画面から貞子よろしく現れて・・・。
記憶を掘り起こし、整理しようと試みるが、なぜこんなところに閉じ込められているのか、皆目見当もつかない。そろそろ息も苦しくなってきたし、ちょっと、態勢を変えてみるか。
身体をずらすと横向きになることができた。こちらの方が幾分か楽だ。そうしたところに、一筋の光が目に入った。どうやら穴があるらしい。指で塞いでみたり開けてみたりしながら数秒の間思案してこれが鍵穴だということに気が付いた。
「はっは~ん、つまり俺は宝箱に閉じ込められているというわけだ」
沈黙。
「ふっざけんな!なんでこんなことになってるんだよ!ここどこだよ!出せよコラァ!」
叫んでも天井を押し上げても殴ってもびくともしない。一旦落ち着いて、周りの状況を確認することにした。
「こんな状況じゃあらちが明かん、しかし外を見る手段はこの鍵穴しかない。さて、どうしたものか・・・」
もちろん、この狭い空間ではできることは限られている。態勢を変えるにしても、今の態勢と、その前に取っていた態勢ではこの穴を除くことは不可能だ。
「と、いうことは」
俺は真っ暗な箱の中を手探りで探ってみる。うん、道具は何もないらしい。ついでに箱の広さも確認する。
何とかその中で鍵穴と思しき物の正面の位置に座った。足をM字開脚にして腹を折り曲げる・・・顔面が詰まってうまくいかなかった。
「どうする・・・どうする・・・!」
何も思い浮かばず、箱の中でぐるぐると闇雲に身体を捻っていた時だった。頭を下に、そしてケツを上に持ってきたとき、いけそうな気配がした。このまま腕の力で身体を少し押し上げてやれば穴を除くことができそうだ。両足の裏を合わせてケツをさらに持ち上げる。ケツが箱の前、つまり穴のある方向に落ちてきてかなり息苦しいが我慢するしかない。ふん、と力を入れて身体を持ち上げる。いけた。狭い閉鎖空間でなければこうはいかなかっただろう。・・・広ければもっと楽だったけど。外には逆さになった世界が映し出されていた。
その時だった!
今映っていた景色がいきなり暗転したかと思えば、俺の眼球めがけて棒のようなものが突進してきたのだ!
右目に激痛が走り、慌てて穴から顔を離す。手は目を押えようとして力が抜け、バランスを崩す。ガチャリ、という音は俺の悲鳴にかき消された。
「目がっ!目がああああ!!」
なおも「あああああ」と悲鳴を上げる俺。開いていく天井。俺は残された左目でその様子を見た。
宝箱の蓋を全開にして中身を確かめる少女。
宝箱の中でケツを上にして股を全力で開き、右目を押え叫ぶ俺。
少女は俺のそれとは別の悲鳴を上げながら持っていたステッキを思い切り俺の股間に振り下ろした。そして俺は意識を失った――。
――私の悲鳴を聞いて、仲間の人たちが駆け寄ってきた。
「どうしたの!ナターシャ」
このパーティには私以外にも女性が二人、そのうちの一人であるアンネさんが赤髪を揺らしながら駆け寄ってきた。その手にしっかりと剣を握っているあたり、私がモンスターにでも襲われたと思ったらしい。
「大丈夫?」
そしてもう一人の女性であるハーネリアスさんも駆けつけてきた。
「だから一人で動き回るなって言ったでしょ」
今度はアンネさんの台詞。少しきつい言葉遣いだけれど、それは心配してくれているからだということを私は知っている。
まずは、心配をかけた二人に謝らないと。
「あ、ごめんなさい。ちょっと驚いただけ。宝箱だと思ったら、ミミックだったみたい」
二人は私の後ろを見ながら目をぱちくりとさせています。
アンネさんはともかく、ハーネリアスさんはあまり感情を表に出さないから、こんな表情をするのは珍しいなぁ、なんて考えていたらアンネさんが口を開きました。
「あの、ナターシャ、ミミックってのは、宝箱型のモンスターであって、宝箱に入った人間ではないと思うのだけれど・・・」
「あ、やっぱり違いますか?」
沈黙。
数秒後、文字通り口火を切ったのは冷静沈着が売りのハーネリアスさんでした。
「で、どうするの・・・?」
「モンスターでもないみたいだし、とりあえず看病してあげなさいな」
アンネさんが目配せしてきたので私は黙って頷きました。こういうのは僧侶の役目と、相場が決まっているのです。それに、彼をこんなにしてしまったのは私自身なのですし、やはりここはきっちりと清算しておかなければ。
「では、これより彼の蘇生を開始します」
「いや、ナターシャちゃん、まだ死んではないと思うわよ?」
「本当ですか!?あ、確かにまだぴくぴくしてらっしゃいますね」
アンネさんがその表現はどうなの、とため息交じりに呟いた後、私たちは彼の介抱を始めました――。
――目を覚ますとまた闇の中・・・なんてことはなく、しかし自分の部屋の中ということもなかった。眩しい太陽に照らされて目を細める、ああ、出られたのか、外に。
外に・・・外に・・・。その部分だけが自分の心の中に数回反響して消えていく。同時にこみ上げてくるのは嘔吐感。流れ落ちる冷や汗、精神を支配するのは恐怖のみ。目を覚ました瞬間そんなものだったから、周りの連中はさぞ慌てたことだろう。俺を気遣う声が聞こえてくる。それがやけに遠くに感じるのは気のせいだと思う。下を向いて口を手で押さえ、目は光を遮るためにきつく閉じているので誰がどの言葉を発したのかわからない。
「箱・・・・・・」
やっとの思いで一言だけ口にする。頼む、わかってくれ。
「箱?さっきの宝箱のこと?」
一人がその意を捉えた。俺はとりあえず誰が言ったのかも確認せずにカクンと頷く。
近くにずりずりと宝箱が寄せられる。
俺はやっとの思いで箱にしがみつき、箱の中に文字通り転がり込んだ。そして蓋に手をかけ、閉める。
自分が引き籠りで外に出られないことをすっかり忘れていた。なにが『出せこら』だ、死ぬところだった。少し狭いが、外よりここの方が断然落ち着く。というか、もう一生これでいい。
「あ、あの、あんた大丈夫?」
外から声が聞こえる。
俺は蓋を少し浮かせて目だけを除かせながら話をする。
「俺、引き籠りで人見知りだがら、とりあえずこの状態で」
「それはいいけど・・・あなた、ミミックではないのよね?」
「人間だけど?」
目の前の三人は目を見合わせる。てか、女の子ばっかりじゃないか。こういうのは苦手だ。ますます居心地が悪いし、ますます外に出られない。
「まあいいわ、じゃあ自己紹介でもしましょっか、アタシはアンネリーゼ、アンネでいいわよ、剣士やってんの」
さばさばした口調で赤髪が言う。
「私はナターシャ、見ての通り僧侶です」
今度は金色。
「ハーネリアスだ。魔導士歴八七二年を数える。この左目は禁術に手を出したときに失ったのだが、それ以来この左目には『見えざるモノ』が映るようになってしまった」
今度は黒髪。この子とはなんだか仲良くなれそうな気がする。
「俺・・・箱井利男でもあんまり名前で呼ばれたくない」
「なんで?」
赤髪、えっと・・・アンネが聞いてくる。その理由は・・・。
「言いたくない」
「なんで?」
アンネが繰り返す。いいじゃん、次行こうよ、この話はもう終わりにしようよ。
「いいじゃん、なんでも」
「その隙間にロングソードぶっ刺すよ?」
そういってアンネは腰の鞘から白銀に輝く両刃の剣を抜き放った。私そういう無理やりなの好きじゃないです。
「やだ、言いたくない」
俺は頑なに口を閉ざす。ついでに箱の口もぴったりと閉ざした。
再び視界から光が奪われ、暗闇が空間を支配した。
「ちょ、ちょっと隠れるな!気になるじゃないのよ!」
アンネは叫び、それと同時に上からガンという音。振動も伝わってくる。どうやら剣、もしくは鞘が振り下ろされたらしい。振動はまだ続く。ガンガンガン。
ガンガンガンガンガン・・・。
「いやいやいや!怖い怖い!!何やってんの!?ねえ!壊れたらどうするの?思い切り剣振り下ろして蓋が割れたりしたら宝物ではなく臓物ざっくざくですけど!?」
しばらくして音が止む。終わった、のか?
外の様子を確認しようとして蓋に手を添えたとき、一段と大きな衝撃が走る。箱の中で身体が浮く。もしかしたら箱ごと浮いていたのかもしれない。頭と尻を打ち付けたが大したダメージではなかった。
「あ、あっぶねええええええ!今開けてたらえらいことだったぞ!?わかってる!?」
外からはぜぇ、ぜぇ、と息苦しそうな声が聞こえる。そんなに疲れるならやらなきゃいいのにと心の底から思う。
「なにこれ、全然・・・びくともしない」
「なら、私に任せて」
今度はあのハーネリアスという女の子の声だ。さっきなんか魔法使いとか言ってた。
あれ、そういえば・・・。
「なぁ、そういえばさ」
どうしてここで俺は蓋を開けてしまったんだろうな。
蓋が開いた瞬間。俺の上に雷が落ちた。
そして三度俺は意識を失う事となった。
次に目覚めたとき、そこはちゃんと(?)箱の中だった。
「よ、よかった、死ぬかと思った」
「いや、死んだよ?」
「死んだな」
「死にましたね」
口々に言う。順番はアンネ、ハーネリアス、ナターシャの順だった。
「死んだって、どういうこと?」
ナターシャが応える。
「そのままの意味です。あなたはハーネリアスさんの雷魔法を受けて死亡しました。が、私が蘇生したのです」
「ナターシャに感謝すべき」
「一旦・・・一旦話を整理していい?」
「どうぞ」とアンネが言う。
「俺はさっき死んで、生き返った?」
「です」
ナターシャとやらが応える「そう『です』」と『death』を掛けてるのか?笑えないけど。
「魔法で?」
「その通り」
今度はハーネリアス。なぜお前が「いみじうしたり顔」を決め込んでいるのだ。蘇生したのはナターシャの方だろ。
「なるほど、なるほど、よぉくわかった。こりゃ夢だな。明晰夢というやつだ、そうだろう?」
こんな引き籠りが異世界に飛ばされました、なんて、夢の夢のそのまた夢みたいな話、あるとしたら夢の中ぐらいのものだ。ライトノベルだって今時もう少し捻った設定にしてあるっての。
「待ちなさい、こらこら、引っ込むな」
アンネが剣の鞘を箱に噛まして蓋を閉じるのを阻害してくる。やめてくれ、俺はもう寝るんだから。
「夢じゃないのよ」
「・・・聞くだけ聞く」
そこから先はまるでRPGのチュートリアルのようなものだった。世界観云々やら魔法がどうたらこうたら、魔物が蔓延っていてそれとの戦闘ではどうのこうのetcetera。
俺が何十時間何百時間とやってきたゲームの世界観と瓜二つ。夢じゃないことの証明のために剣の鞘で強制的にぶっ叩かれる理不尽さは現実のそれと変わっていないらしい。
「じゃあ俺はどうすればいい?元の場所に帰る方法は?」
「そんなものは無い」と両断。
「そんな!まだ途中のゲームも、読みかけの本も、手を付けていないゲームも大量にあるのに!」
「知らん」と一蹴。
「俺の引き籠りライフを返してくれよ!まだ世間的にも許される年齢だし、もう少し勉強もせず働きもせずだらだらしていたっていいじゃないか!せめてあと二年引き籠らしてくれよぉ!」
無言。
言い終わって、皆さんの視線がツララのように冷たく鋭く突き刺さってきたので俺は静かに宝箱の蓋を閉めた。
「・・・あんた、行く当てないならあたし達と来てくれない?」
「魔王討伐にか?どうして俺が、嫌だよ、ゲームは好きだけど、リアルで頑張るのは好きじゃないんだ。たとえゲームみたいな世界だったとしてもね」
アンネがフン、と鼻を鳴らして腕を組んだ。
「とんだ甘ちゃんね、どんな育ち方したのかしら、でも引けないわ、すぐに新しい勇者を捕まえないと」
「捕まえないと?」
言葉尻を捕まえて繰り返す。
「世界はあっという間に魔王のものだわ」
「さっき聞いたな、やっぱり魔王討伐が目的なのか」
「そうよ、だって・・・あいつは仇なんだもの・・・」
「というと?」アンネは組んだ腕を解いて、顔を伏せた。
「私たち三人はそれぞれ違う人の仇のために一緒に旅をしているの」
隙間から頭だけを出し、箱の淵に組んだ腕を置いた状態で視線を送って続きを促す。
「ハーネリアスは、魔王の手先に学友を殺されて、彼女も片目を失う大怪我を負った」
「えっ」
思ったより大きな声は出なかった。出たのは、掠れたような、小さな声でしかなかった。視線は自然とアンネからハーネリアスの元へ移動する。
彼女は黙って頷いた。相変わらず無表情だが、その左目を気にしているようでもあった。しかし先は自分でネタにしていたくらいだし、怪我の事は別にいいのかもしれない。それよりも学友を失ったことの方がショックであるように見える。
「ナターシャは・・・言っていいのかな?」
アンネは慎重に、ナターシャの顔色を窺いながら、話を切り出す許可を取る。ナターシャはハーネリアスとはまた別の意味で無表情だった。ハーネリアスは三白眼というか、いかにも眠そうなジト目。一方彼女の無表情は、どこを見ているのか一見わからない、目をはっきりと開いているのに、焦点が合っていないような無表情。
そのなんだか怖い無表情のままナターシャはこくりと頷いた。
「こほん」と一つ咳払いしてから、アンネが続ける。こういう話は苦手そうな彼女だ。
「ナターシャはね、幼くして親に捨てられたの」
また、驚きの真実。しかし、その話には続きがある。俺はこの時点では何も反応を示さずに続きを待った。
「そして彼女は教会の祭主様に拾われて育った。その祭主様が今行方不明なの、祭主様がいなくなった日に彼女は教会で魔王の姿を見てる。とても無関係とは思えないわ」
確かに、俺も魔王が何らかの形で関わっているというのには頷ける。それに、親代わりの人の安否が心配なのも、わかる。
「ならアンネ、君は・・・」
黙ってしまったアンネに声をかける。少々残酷だとは思ったが、俺も、事情を知っておきたい。
「私の兄は勇者だった。いや、勇者になろうとしていた、かな」
彼女の口元は少し緩んでいた。それが自嘲のようにも、かつてを懐かしんでいるようにも見えて胸が締まる。
「でも、魔王に殺された・・・と、思う」
最後の最後で、やけにあやふやだ。「思う?」と気になった部分について、説明を求める。
「私は兄の最後を見てないから。一緒にはいたけど、兄は私や仲間を行かせるために一人、魔王の前に立ちはだかった・・・でもっ」
「・・・もう、いいよ」
俺が言葉を制す。聞くに堪えなくなったのは、アンリが大粒の涙を流し始めたからだった。俺が恐怖を抱くより先に、彼女らに様々な仕打ちを与えた魔王に対して怒りが湧くよりも先に、彼女の涙に動揺して彼女の言葉を断ち切った。
今の話が本当だとして、いや、たぶん本当なのだろうけど・・・。
「どうして普段はそんなに明るくできるんだ?」
俺には無理だ、というか無理だった。すでに実証済みで、それはまだ続いている。俺という人間は箱の中でだけ態度のでかい、ただの弱虫、そういう認識でなんら間違ってはいない。
「そうでもしないと、負けちゃいそうだからかな。無理してでも何をしてでも、誰かが何とかしないと、悲劇が繰り返されるだけだもの、一度の敗北で、折れたりするもんですか、絶対に諦めないし、屈しないわ」
強い。俺には無かった強さだった。一度吹き付けた逆風で折れて、イジけて、一人の世界に逃げ込むような人間には持てない強さだ。俺は彼女の意思を真っ直ぐな、丁度彼女の持つ剣のように、強く、気高いものに見た。
でも・・・。
「なおさらダメだ。俺じゃ無理だ。出来っこない。俺はそんな重いモノ背負えないしその資格もない、勇者なんて柄じゃないんだよ・・・」
そう言いながら俺は再び箱の中に閉じこもる。
「うるさい!!」
アンネが怒鳴った。その怒声とともに、再び強い衝撃、否、先の衝撃の非ではなかった。特大の地震にでも襲われたかのような衝撃に今度こそ俺はおもいきり頭をぶつけた。
「痛え!な、なにすんだよ!」
「うるさい!うるさいうるさい!!無理とか出来ないとか柄じゃないとか関係ないのよ!私たちだって別に強くなんてないし・・・」
どう考えても俺よりうるさかったアンネの声が次第に小さくなっていって、しまいには蚊の鳴くような声になってしまった。
「もう世界が諦めかけてるの、このまま何もせず魔王の手に落ちようとしているの、あまつさえ、魔王に取り入って取引し始める国が出てきたのよ!?国の高官たちは国を売って自分たちだけ生き永らえる、でも、その国の民たちは死ぬまで奴隷として魔王に酷使され続けるのよ?その現状から目を逸らして、世界全体が今現実から逃げようとしているの」
なんだ、この世界は俺と同じじゃないか、嫌なことから目を背けて逃げて、自分勝手な世界に逃げ込む。俺となんら変わらないっていうのに、俺に世界を変えろって、それは無理な話だろ。
みんなの気持ちはわかる。魔王が憎くて仕方がない気持ちも、大事なものを失って辛い気持ちも。俺みたいな引き籠りにすら縋り付きたい気持ちも。俺にだって何とかしてやりたい気持ちはある、でもそれが可能かどうかはまた別の話だ。
ふと箱の前に人の気配。箱の蓋が開かれた。とっさのことに、蓋に手をかけて閉じることもできなかった。
「あたし、諦めたくないの・・・兄の仇を取りたい。ううん、今はそれだけじゃない。みんなの仇を取って平和な世界に戻したい。それにあなたの力を貸してほしい。あんたが元居た場所に帰れる方法も探す。だから、力を貸して」
何もできなかった。声を発することはおろか、彼女の手を退けることさえかなわず、久方ぶりに見る日の光に目がくらみ、アンネの顔がすぐそこにあることもすぐには気付けなかった。何か、柔らかいものに包まれる。鼻を抜けるほの甘い香水の香り、首の後ろと背中、それから胸と右頬の辺りに温もりを感じる。
お互いに膝立ちになって、アンネに抱き着かれているのだと気付くまでに一体どれだけの時間が必要だったのだろう。自分がその時どんな顔をしていたのかはわからないが、多分、格好悪くポカンと呆けていたに違いなかった。
「・・・でも俺みたいな引き籠りが居ても足手まといなんじゃ・・・ミミックだし」
俺は、外に出ると急に気が小さくなる。他人の一声一声に怯える弱い自分になる。外に出ると足が竦む、世界全体が俺を嫌っているんじゃないかという疑念や恐怖に駆られる。自分の領域の中ではそんな弱さを隠すために、態度が大きくなる。自分の中に二人の自分が居るような錯覚を覚えそうなくらい、その精神状況が変わるけど、二重人格というわけではない。単に、安全な場所でなら態度がでかくなるだけ。
自分でも嫌な性格だとは思うけど、そうなってしまったものは仕方ない。
そうしてアンネは寄せていた身体を離しながら言う。
「大丈夫よ、さっきのであんたの防御力は確認済みだし、あんたはこれからあたし等の司令塔兼『壁』よ!」
さりげなく酷いことを言われている気がする。この時さらりと了承してしまったのはたぶん、彼女の眩しい笑顔を至近距離で見てしまったからに違いない。それに、俺みたいな無気力怠慢野郎でも必要にされることがあることを知ってちょっと嬉しかったりしたのはこいつらには言うまい。
「それで」
近くの町の拠点に戻るという彼女らに同行して移動がてら、――どうやって宝箱のまま移動するのか、と聞かれたならば、根性。とだけ言っておく。俺はこの不思議な原理をミミック根性論と呼ぶことに決めた――アンネが言う。
「アンタの事はなんて呼べばいいの?嫌なんでしょ、名前で呼ばれるの」
正確には名前から連想されるのが嫌なのだが、何も言わずに頷く。いや、頷いても誰にも分らないから声を出すことになるのだが。
「任せるけど・・・」
「じゃあ!」といってナターシャがパンと音を立てて両手を合わせた。
「宝箱さん!」
「まんまか」
思わず突っ込んでしまった。もちろん、却下。
「ミミック男」
今度はハーネリアス。お前もまんまじゃないか、まじめに考えろ。
以外にも(?)まともな案を提示したのはアンネだった。
「じゃあリオでいいじゃない。『利男』で『リオ』って読めるでしょ?」
確かに。ここで俺はようやく彼女らと漢字が通じていることに気付く。世界が違えば文字も違うはず。なんで彼女達は漢字が分かるんだろう?
やはり、あのゲームに入ってしまって、それに起因するのだろうか。
そうこう言っている間に町までついたようだ。周りが騒がしくなってきて、行き交う馬車の量も多くなる。行き交う人々は俺のことを奇異の目で見ていた。気まずいから俺はずっと箱の中に隠れていたけど、それがどうやら仇となってしまったようだ。
まぁ、仇となるというより何より、箱から出たくないわけだけど。
ちょっと、休憩にする?
そう提案したのはアンネだった。
――もう町が近いんじゃないのか?
――宿を探すのにまだまだ歩かなきゃいけないわよ。
――そういうことか。
そんな具合で俺たちは道端にある休憩所で休んでいた。詳しく説明すると時刻は午後、日がだんだんと西の方へと落ち始めた頃だ。休憩所は小さな屋根の下にベンチが向かい合わせに二列並んで置いてあるだけ、休憩所から少し移動すれば水場があった。人通りは先ほどと打って変わって、ほとんどなくなっていた。どうやら先の時間帯がピークだったらしい。
女三人はどうしたのかというと、水場へ行くといって俺に荷物を押し付けてさっさと行ってしまった。なんて自分勝手な奴らだ。
宝箱の中、一人荷物持ち、退屈を凌げる何かがないかと、スウェットのポケットをまさぐる。ガムしか出てこなかった。俺はまさに手ぶらで異世界に放り出されたらしい。そう考えると、最初にモンスターではなく彼女たちに発見されたのはかなり幸運だったかもしれない。股間に強烈な一発を貰いはしたけど・・・。
そんなことを考えていた時だ、近くで声が聞こえてきた。低い声色ですぐに彼女達でないことはわかった。声を拾おうと息を殺して聞き耳を立てる。
「アニキ、こんなところに宝箱がありやすぜ」
いかにもチンピラっぽい口調、これは、俗にいう野盗というやつじゃないだろうか。さらによく聞いていると。
「荷物もほったらかしてら、俺に持って行ってくださいと言っているようなもんだな」
ヘッヘヘ、と笑い声が聞こえる。
「開けてみやすか?」
子分口調の男が言う。もちろん子分だから子分のような口調なのだろう。何もおかしくはない。
「おう、宝箱なんか持ってちゃ目立つからな、かさばらねぇモンだけ持っていくぞ」
そして二人は近づいてくる。やばい、どうしよう。このままでは俺が持っていかれてしまう!まさかこの世界に来た初日にこんな貞操の危機が訪れるなんて・・・!
焦っても時間は平等に過ぎてゆく、結局なんの準備もできないままその時が来てしまった。こうなったらもう、迎撃するしかない!ええいままよ!俺は拳を固く握りしめ、天井が開くのを待つ。ただ、息をひそめて――そして、開いた。
「な、なんじゃこりゃああああああ!?」
俺と目があった子分が驚嘆する。人を見てなんじゃこりゃはないだろ、その驚きっぷりにこっちも一瞬怯みそうになるが、このチャンスを無駄にするわけには行かない、何せ今は俺の貞操の危機なのだから。
「うおおおおお!」
掛け声高らかに、男の顎をめがけて、拳を振り上げ、そのまま伸び上がる。丁度びっくり箱からバネ付きグローブが飛び出してきたような具合で真上に飛び上がり、さらに力を込める。
「ミミック、昇、竜、拳!!」
ジャンプしながら身体をクルリと回転させ、着地と同時に蓋を閉めて閉じ籠った。我ながら閉じ籠るスピードに関しては他の追随を許さない驚異的な速度だと思う。元の世界ならばきっとギネスとかにも乗ってしまっていたことだろう。
「くっそぉ何なんだこいつはぁ~」
殴られた男がやっと起き上がってきた。効いているかどうかは謎だ。なんせ俺に武術の心得なぞあるわけがないのだから。むしろ、殴った手の方が痛いかもしれない。再び箱が開けられそうになり、俺は慌てて内側から鍵を掛けた。さっきナターシャから鍵を預かっておいてよかった。余談になるが、この宝箱は構造上、内側からでも鍵がかかる。鍵穴が完全に貫通していて、鍵の出っ張りを鍵穴の溝にぴったり入れるためには多少前後の位置を調整しなくてはならない。今回はすんなり閉まった。
「くそっ、空きやがらねぇ」
子分の男は鬱陶しそうにぼやきながらガンガンと箱に蹴りを入れる。もう一人はこん棒のようなもので殴ってきているようだ。さっきもこんなのあったぞ。
既視感をひしひしと感じながら、さてどうしたものか、と考えていると今度は聞き覚えのある声が聞こえてきた。・・・いつも俺に届く情報は声ばっかりだな。まぁ、仕方ないのだけれども。
「あんたたち!何してるの!?」
アンネの声だ。いつ聞いても凛々しいお声をなさっている。
「泥棒ですか?それとも野盗ですか!?どちらにせよ、人ものに手を付けるなんて最低ですよ!聖職者である私が神の加護の力を以ってあなた方を豚箱にぶちこんであげます!」
とても聖職者とは思えない台詞だ。はたして神様はこの子に力を与えてくださっているのか?
「私の物に触れようとするとは、いい度胸だ・・・その身に刻んでやるぞ、絶望をな・・・」
この聞くだけで胃がキリリと痛む台詞、間違いなくハーネリアスだ。こっちの世界にもこういう人間がいると思うと安心する。というか元気ですねあなた達!アンネさんなんかほんのさっきまで泣いていたとは思えないぜ。それが空元気なのかな、と思うと無性にやるせなくなる。
「な、なんだぁ、こいつら?」
兄貴分の男が仰天する。宝箱の中に入っているのがお宝ではなく人間で、かと思えばぞろぞろと美少女が集まってくる、まぁ、驚くのも無理はないか?
「まだ何も盗られてはいないのね?リオ」
アンネが言って、俺を見る。俺はすでに鍵を開けて、箱の淵に手をかけて顔だけを出していた。
「です。姉さん」
「誰が姉さんか・・・というか、あなたたち!」
口調を強くし、剣を抜き放ってその鋭い先端で二人を指し示す。
「今のうちなら見逃してあげる、さっさと行きなさい」
「なんだとぉ?何様のつもりだこの餓鬼、なめた口を聞・・・」
「ぶえっくしょい!!・・・あ、くしゃみ出ちゃいました、続きどうぞ」
俺が促すとアンネは肩を小さく揺らしながら笑いを堪えていた。よく見るとナターシャやハーネリアスも顔を背けている。
「・・・かっこわるぅ」
アンネの言葉がトドメとなって男の怒りは最高潮に達した。
「こっの・・・クソガキ共!おいお前、構うこたねぇ!全員やっちまえ!」
「ええ!?でもアニキ、いいんですかい?」
子分は乗り気がしないようだ。そんな弟分を小突きながら男は「いいからやれ!」と尻を叩いた。
「わかりやしたよぅ」
子分が渋々といった感じでこん棒を手に取る。兄貴分の男は1メートルほどの長さの鉄の棒を持っている。一体どこで拾ってきた・・・というか、町のチンピラですかあなた。
「よっし、準備はいい?あんたたち」
アンネが後ろの二人と俺に視線を走らせる。二人はこくんと頷き、俺は頭を箱の中にしまって手を振って応えた。
成り行きでこの世界に来て初めて、戦いらしい戦いが始まった訳だが、俺はいったい何をしていればいいのだろうか、別に戦えるわけでもなし、壁と言っても、相手が俺を攻撃してくる保証はないんだけど・・・。と、言っている間に隣から激しい鉄のぶつかり合う音が聞こえてきた。俺は宝箱の向きを変えてその様子を窺う。予想通り、アンネと兄貴分の男が武器を組ませていた。男が先に仕掛けたのをアンネが受け止めた形だ。子分の男が兄貴分のサポートに向かう。さすがの暴力娘アンネも二人の男を相手にすることはできないだろう。何か、何かないか・・・?
それはすぐに見つかった。至極シンプルで簡単な方法だ。
「問題は俺の肩がどのくらいの物なのかということだが」
俺は上半身を箱から出して小石を拾い上げると子分の男めがけて力いっぱい投げつけた。それは放物線を描きながら飛んでいき、男の後頭部に命中した。我ながら、いいセンスだ。
男の視線がこちらに移動する。目があったとき、俺は唇を全力で突き出して、後ろ頭で指を組ませ、すごーくわざとらしい口笛を吹いていた。
すぐに子分が近づいてくる。
「こいつ!」
棍棒を下ろす直前に蓋を閉めて回避。さすがに鼓動が早くなる。
ガゴン!と激しい音。棍棒ならこのくらいの衝撃は想定済みだ。あとはこいつを引き付けるのみ。
「ん~?効かねえなぁ」
「なんだとぉ!?」
ここは挑発だ。こいつの意識を俺に集中させ続けろ、アンネの元へ行かせてもならないし、俺以外の標的、詰まる所ハーネリアスとナターシャに気付いてそっちに行かれてしまっては面倒だ。
「お兄さん、弱っちいね」
「だまれっ!だまれっ!さっさと出てこい!」
また箱が叩かれる。だが、ダメージはこれっぽっちもない。
「え~出たら叩かれちゃうじゃないですか~」
そんなことを言っていると、攻撃が激しくなってきた。
叩いてみたり、揺らしてみたりするが、やはり箱はビクともしない。殴られる時の騒音も構わず言葉を続ける。
「弱いね、弱い弱い、もっと腕っぷしがあればあんなアニキの言うこと聞かなくてもいいし兵隊さんにでもなれたんじゃないのかよ」
「なっ!?お前には・・・関係ねえ!」
なおも思考を巡らせながら騒音と振動に耐え続ける。
さすがにそろそろ箱が壊れやしないかと心配したが、そんなことはなかった。再び音が止み。ふんー、ふんー、と荒い息遣いが聞こえてくる。なんだろう、身の危険よりも、貞操の危機を感じる。ん?それってどちらも身の危険か?
状況が膠着してきたころ、低い声が聞こえてきた。
「時間稼ぎ御苦労。準備は整った。見せてやろう、本物の魔法をなぁ・・・!」
ハーネリアスさんですね、わかります。
巻き添えを食らわないように注意しながら・・・と俺は少しだけ蓋を持ち上げて様子を見る。彼女の周りに光る青い球体が見える。あれがいわゆる『マナ』なのかもしれないな。それは次第に彼女の中から溢れ出す量を増やし、そこにバチバチと電流が流れ始めた。ハーネリアスが俺と、その前に立つ男を指さすと真っすぐに電光が飛来してきた。光量が増え始めたのを見て危機を感じて蓋を閉じていなければ危なかった。蓋を開けたとき、そこには少し前の俺のように黒焦げた男が倒れ伏していた。俺は南無三、と両手を合わせる。悪党とはいえ、尊い命を奪ってしまった。というのは冗談で、ちゃんと半殺し、もとい、気絶に留めてある。
さて、アンネの方はと目を向けると、丁度片が付くところだった。棒を振り下ろし、押し込んでいく男の後ろにいつの間にやらナターシャが回り込んでいて、手に持っていたメイスを思い切り振り上げて、男の後頭部に振り下ろした。
「んがっ」と短い悲鳴のようなものを上げ、男の意識はもぎ取られた。な、なんて恐ろしいことをする僧侶なんだ・・・!その二人は男を一緒に倒したことを喜び合いハイタッチなんかしている。こういう光景を見ると、さっきの話が嘘のようだ。それぞれに秘めたる思いがあるなんて、とてもそんな風には見えないが、各々強い意志を持っている。俺もいずれは彼女らみたいに強くなれるだろうか。
そんな俺に声を掛け来たのは・・・。
「リオ」
「なんだよ、ハーネリアス?」
「グッジョブだった」
そう言ってハーネリアスは親指を立てる。表情は相変わらず平坦だったが、どこか気安さが滲んでいるように見えて、こそばゆいような感覚が、ぞわぞわと昇ってくる。
「ハーネ!お疲れ!」
「アンネも、お疲れだった」
駆け寄るアンネにハーネリアスが労いの言葉を返す。ハーネリアスはどうやら他のチームメイトに対しても基本的に無表情らしい。その後俺はアンネとナターシャからも労いの台詞を戴き、二人の野盗を縄で縛りあげて町の自警団に引き渡す運びとなった。
そして、目的の宿に着いた頃にはすでに日も完全に落ちていたのだった。
「本当に、宿って感じだな~」
と感心しているとアンネに「宿って感じがしない宿ってどんなよ?」と突っ込まれ、それもそうだ、と返すことしかできず、ナターシャに笑われてしまった。
宿屋の親父さんはものすごく無口で、人数を言ったり部屋取りをするときもこちらの言葉に「おぉ」と短く返事をするだけだった。やけに体格がよくて、威圧感が半端じゃない。絶対に元軍人とか、そんな経歴の人間だと思う。
「いやー大部屋があってよかったわね」
「そうですね、小部屋だと・・・少し狭いですものね」
小部屋だと寝る時の場所に困る、と、そういう事か?と心の中だけで納得しておく。
「後は夕飯」
ハーネリアスが呟く。確か買い出しに行くという話だったが、ハーネリアスはすでに椅子に掛けてランプの下で本を読み始めている。これは完全にケツから根が生えているな。ちょっとやそっと言っただけでは到底動きそうもない。
そしてナターシャは・・・なんと、すでに寝息を立て始めている!?こいつ、やりおる・・・!
こうして残るは俺とアンネの二人だけになってしまった。
「どっちが行く?」
問うのは俺。
「一緒に行けばいいではないか」
答えはハーネリアスから。
「え」
リアクションはアンネ。「え」に濁点を付けたような、変な音だった。
「その方が、合理的だろう?私はここで眠ってしまったナターシャを見ている。お前たち二人は買い出しに行く。これが一番、安全だ」
「うぬぅ、仕方ないわね」
アンネがうなる。そんなに嫌なのか?
「しゃあないわ、あんた荷物持ちね」
「うええ~なんで俺が」
殴られないために箱の中に引っ込んだ状態でぼやく。
「いいから来る!いろいろ説明もしたいし」
どうやらまだチュートリアルから抜け出せないらしい。
そうして夜の街へと繰り出した俺とアンネはそれなりに口喧しく喋っていた。俺が女の子とこんなに喋れるのは偏にこの宝箱のおかげだ。すごく助かっている。元の世界でもこれの中で過ごしたらいいのかもしれない。
置いといて。
アンネによるとこの町はサンヨという町で、都市の大きさで言うと中ぐらい。広すぎず、狭すぎないので人口が多いのだそうだ。確かに今いる繁華街も夜だというのに大変な賑わいである。何回俺を見て驚く人間を見たか知れない。
さっさと買い物を終えて宿へと戻る俺達。荷物は俺の宝箱の中に詰め込まれているため、狭い。
でもまぁ、さっきの買い物のときに出たお釣りを小遣いとして貰っているから、それでチャラだ。
こっちの通貨は見覚えがあった。貨幣の見た目ではなくて、その単位に。なぜなら、俺がやっていたゲームと全く同じ『リュート』という通貨単位が使われていたからだ。貨幣1枚で50リュート、リンゴに似た果物1個100リュートだからコイン二枚。物価はどうも50の倍数で付けられているらしい。つまり、俺の元居た世界で例えるならば、ティロルチョコも、うまいバーも、みんな50円で統一されている、みたいな感じか。ひどくぼったくりのように思えるが、物価が安いものは量を通貨に合わせて売っているみたいだ。うまいバーなら、五本セットでしか売ってないというわけだ。
ちなみに単位の大きい買い物は通貨で払うのは大変だし、貨幣はかさばるし、ってことで、それ専用の券を発券するらしい。店の人に金額分の券を渡し、店は銀行屋さんにそれを見せて金を下ろす。で、買い物をした当人は後で銀行に金を振り込む。大まかに説明するとこんな感じか。
と、俺が熱心に金の事を考えていると、しばらく黙っていたアンネが声を掛けてきた。
「ねぇ、リオ」
「どうした?」
少しの沈黙。当然俺はアンネの表情など窺い知れない。
「あのね」
アンネにしてはやけに歯切れが悪い。「どうした?」ともう一度。
「一緒に来てくれるって言ってくれて、ありがとう」
「いや、荷物持ちぐらいするって」
「そうじゃなくて、魔王の事」
「ああ、そっちね」
ちょっと恥ずかしい勘違いに頬を染めても、周りに気付かれないのもまた、宝箱生活のいいところだな。
「あんなに渋ってたのに、どうして?」
「んー、なんていうか・・・」
俺も言葉を濁す。アンネの笑顔に魅せられて、なんていうのも恥ずかしすぎる。丁度いい理由を探して脳を回転させる。
「エンディングを見てないから、かな」
思い出したのは丁度、この世界に来る前にやっていたゲームの事だった。
思えばまだ、あのゲームの魔王を倒してない。ゲーマーがゲームのエンディングを見ずに終わるなんて、ありえない。うん、だから俺は魔王を倒して、エンディングを見る。そのために戦う。
「あっはは、何それ」
話せば当然、アンネは笑う。今は壁に閉ざされてどんな顔をしているのかは見えないが、いずれまたあの時のような笑顔を、いや、もっといい笑顔を見せてくれるだろうか。
それを見るために、俺は魔王を倒しに行く。女の子に惚れたから魔王を倒すなんて、そんなかっこ悪い勇者がこの世に一人くらいいたって、かまやしないよな?
MF&AR大賞応募作品なので力入れて書いたつもりです。おかげでボリューミーになりました(笑)
締切まで時間もありませんのでテンポアップして書いていこうと思う所存でございます。
色々書きたいこともありますが、活動報告にて纏めておきます。
ご精読感謝いたします。