第8話 (サイドB)
男性視点です
王女を追い返したのが、執事には、かなり堪えたようだ。その後、数日間は、夕食に苦手な食べ物や苦い食材が並べられた。さすがに、後味の悪いことをさせた自覚はあったので、黙っていじめられることにした。
彼女から届けられた礼状は、子猫達の部屋の棚にしまった。鍵をかけて。
夜、友人が訪ねてきた。
舞踏会にも茶会にも音楽会にも、全く応じなくなったことを心配してのことだろう。
「王女が原因か?」
書斎の椅子に座って、酒のグラスを手に、そう問かけてくる。
返事は返さないで、自分のグラスに口をつける。
「なんだって、厄介なのを。世の中には女が沢山いるっていうのに」
「縁がないんだろう」
そう言うと、友人は顔をしかめる。
「王女は、ルドルバーグの息子とは別れたようだ」
ちょっと前までは、ルドルバーグの息子と王女はすでに男女の関係にあるのがバレたので、早急に婚約発表があるだろうとの噂だったはずだが。
友人は、こちらの顔を窺い、聞いているのを確認してから話を続ける。
「王女が、一貴族になって、王宮を出た」
「王女が貴族に?」
「驚いただろう?今はその噂でもちきりだよ。ここ一週間、王女の姿が見られなかったんだが。すでに王宮を出て領地にいるらしい。領地がどこかはわからないが」
王族男子が貴族になって王宮を出るのは普通だが、王女がなぜ?
噂のせいで、社交界から遠ざかりたかったのだろうか。
だが、それなら王女を降りる必要はない。
思いもよらない話に茫然としていると、友人は苦笑しながら言った。
「だからって高嶺の花には変わりないんだがな」
その言葉には、素直に同意する。
どうしたって手が届かない存在なのだから。
一時でも腕の中にいたことが、あり得ない出来事なのだ。
王女の話を、ただの噂話として耳にできる日は、まだ先のことになりそうだった。
社交界からはできるだけ距離をおき、仕事に力を入れる日々を送った。夏までに、ある程度仕事の目処をつける。
夏は王都から地方へ貴族達が避暑に出かける。そのため、貴族相手の新しい投資物件は、夏ほとんど動かない。
区切りが付き、田舎に買った土地へ出かけることにする。王都のラップラング邸の使用人には、一月間の休暇を与えて、邸を閉めてしまう。
馬に乗って、田舎の土地を訪れる。土地は代理人が管理運営してくれている。今日着くことを連絡しているので、今夜から快適な生活ができるはずだ。この周辺は、もともと国直轄領であったのが、最近分割されて売りにでていた優良物件だ。土地の代理人も、国直轄領の時に国に雇われていた人で、かなりしっかりした信用のおける人物だった。
「ラップラングさん、お久しぶりです」
着いたその日のうちに、代理人のエインズ氏がやってきた。
「お久しぶりです、エインズさん。いつもきっちりと管理運営していただいているようで、ありがとうございます」
挨拶を交わしながら、居間に案内する。
「ここはいいところですよ。長閑だし、それなりに収穫もありますからね」
居間のソファーに腰掛けて、現状の説明を受ける。実際の書類は、明日届けてもらうことにする。
「北隣の領主が新しくいらしたんです。なんと、新領主のナファバルアー嬢は、元王女様なんです。ラップラングさんも、お会いすれば、可愛らしいお嬢様で驚きますよ」
隣の土地の領主が、元王女?
買った土地は豊かだが、北は痩せた土地だったはずだ。だから、国直轄領のままにするのかと思った記憶がある。比較的小さく分割され売られていたのは、うちと同様の点在する肥えた土地だった。残りの痩せた土地は、いくら広くても領地収入としては多くはならないだろう。領地運営は、厳しいと思われる。王族だというのに、なぜ、分割せずに全てを彼女の領地としなかったのだろう。