第7話 (サイドA)
王女視点です
次の日には、リデリックと抱き合っていたことが噂になっていた。
二人でバルコニーへ行ってから、私が舞踏会場へ戻らなかったことが、いろいろな憶測を呼んでいるようだった。
そんな噂など、どうでもよかった。
そんなことよりも、猫の家主さんに会いたかったから。
昨日の恥ずかしい自分の態度を謝ろう、子猫達に会わせてもらうという行為に対するお礼もちゃんとしなければ。
いろいろなことを考えながら、ラップラング邸を訪ねた。
ところが、今日は入れてもらえなかった。
「主人より伝言でございます。『もうこちらへお越しになるのは、お止めになられた方がよいでしょう。大人の分別をお持ちであれば、理由はお分かりになるはず』とのことでございます」
玄関扉前で執事から言伝をきいた。
門前払い、ということだ。
今まで随分と我が儘な子供の相手をしてきたのだから、解放してあげるべきだろう。彼の親切に甘えてきたのだから。
でも、辛いしうちだと思ってしまう。
困った様子の執事の前で、恨みがましく涙を流す自分は、ひどくみっともないと、思った。
王宮の部屋に帰って、落ち着いてから、彼に手紙を出した。
今まで何度も子猫達と遊ばせてもらったお礼を、差出人の名前を記さないで。
無記名で手紙を出すことは、相手に対して失礼なことだ。
しかし、手紙は、必ず彼の手元に届くとは限らない。
だから適齢期の王女と個人的なつながりがあるかのような言葉を、記すことはできなかった。
彼が由緒ある家柄の三男というのであれば違っただろうが、今の彼の身分では、王女の愛人と言われるのがおちだ。
おそらく、ひどい男として面白おかしく脚色され捏造された噂が飛び交うことになる。次の新鮮な噂が持ち上がるまで。
彼の言う『大人の分別』を考えれば、ただ世話になった子供が丁寧な礼状を書き送るという方法に留めるしかなかった。
「どうして、王女ではいけないのだ」
父は怖い顔で見下ろしてくる。
いつもは私に甘い父も、今度のことでは怒りが隠せないようだ。
「我が儘で何にもできないお姫様では、いたくないの。”王女”という肩書きではなく、ちゃんとした女性として見られるようになりたい。お父様がお母様を大事に思っているように、私のことを思ってくれる人が、きっといると思うから。ごめんなさい、お父様」
父に、王女を降り王宮を出ることの許可を求めたのだ。
通常、王太子以外の王の息子は、適当な年齢になれば貴族の名をもらい王宮を出る。そして、王女は由緒ある貴族の跡取り息子に嫁ぐ。だが、どこにも嫁がなかった王女が、後年、貴族の名をもらい王宮を出た例はある。
「何かあれば、すぐに連れ戻す」
お父様はそう怒鳴って部屋から出て行った。
一応、許可がもらえたようだった。
「お父様もわかってくれるわ。早かれ遅かれ、あなたは、ここを出なければならないのだから。ただ、今は、寂しいのよ、あなたが離れていくのが」
「お母様」
なぜか、母は私が王女を降りることに、全く反対しなかった。
父を説得してくれるわけではなかったが、こうなることを予想していたのだろう。
「彼は、投資家だけれど、王都から少し離れたところに小さい土地を持っているの。投資でもうけたお金で、買ったようね。いずれ、土地を増やして、田舎で暮らしたいと思っているんでしょう」
お母様のいう”彼”が、誰かは、聞かなくてもわかった。
すべてお見通しらしい。
「彼の土地の隣の土地が、あなたの領地となるでしょう。岩が多くてあまり豊かとは言い難い土地ではあるけれど、あなたに幸運を呼んでくれるわ」
「ありがとう、お母様」
「無理はしないでちょうだい。すぐに連れ戻されて、もう王宮から出してもらえなくなるわよ」
その後、母には、好きな人へ告白するのは一度だけにしなさいと言われた。
王女を降りると言っても、王と王妃の娘であることには変わりがない。
私の言葉は、相手に対して強い圧力をかけることになるのだ、と。
身分が違えば違うほど、私の言葉を否定するのは難しい。
だから、それを私が察しなければならない。
口先だけの肯定を得ても意味がない。
思いを告げるのは一度だけ。
母の言葉は、重かった。