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第5話 (サイドA)

王女視点です

 それから、何度もラップラング邸にやってきては、子猫達と遊ばせてもらっている。

 いつも家主はいない。

 とても忙しい人なのだろう。

 だが、ここの使用人達は、はじめて来たときのように、王女であることを意識することなく、ただのお嬢様として扱ってくれている。

 きっと、家主の心配りなのだろう。

 ここで過ごす時間はとてもゆるやかで、心地よい。

 ふざけ回る子猫達。

 あちこち猫に傷つけられたテーブルの足や家具。

 床に転がった猫用おもちゃと思われる布切れ。

 ソファーも布が引っ掻かれたせいで、引きつれた箇所が幾つもある。噛み跡や、子猫達の粗相の跡も。

 部屋のインテリアは、どちらかというと重厚な雰囲気なものばかりなのだが、子猫達のせいで、少し間抜けな様子である。

 今は、自分も、この部屋の雰囲気を崩している要因の一つになっているのだろう。子猫達と同様に。



 一週間ぶりに舞踏会へ出席した。

 何時迄も逃げていては駄目だと思ったのだ。

 そこでリデリックに会った時、自分がどういう気持ちになるのか、恐かった。ただ、みっともない振る舞いだけはしないように、いいきかせていた。


 だが、案外、それは難しいことではなかった。

 にこやかな笑顔で挨拶する彼。

 その笑顔に会えるのを、以前は心待ちにしていたというのに。

 少し下がった目尻が、柔和な表情を描き、逢えなくて残念だったと、耳に優しい言葉が流れる。

 一枚のガラスで隔てられた世界で繰り広げられる舞台を観ているように、それを見ている。

 いつもと同じように、彼に笑顔で言葉を返す。何もなかったように。

 いつもと同じように、彼とダンスをする。

 彼は、私がいつもと違うことに気付くだろうか。気付いたとしても、どうだというのか。私を落とすのが目的の人だというのに。


 いつものようにバルコニーへ誘われる。だが、今日はもう帰りたかった。

 断ったにも関わらず、彼はやや強引に私の腕を持ったままバルコニーへ向かう。

 振り払うこともできず、こんな多くの人が見ている中でどうすることもできなかった。


 バルコニーでやっと腕を離してもらえた。舞踏会での籠った熱気にくらべて、ここは涼しい。知らないうちに、自分も暑くなっていたのか、汗ばんでいた身体がしだいに冷えていく。

「今日はなんだか元気がないね。まだ体調が悪いのかい?」

 リデリックが声をかけてくる。

 心配そうな顔をしている。

 これもまた、嘘なのだろうか。

 こうして私は、この人を見るたびに、そう思うのだろうか。

「まだ体調はよくなってなかったみたい」

 小さくそう答える。

 顔を逸らし、目の前の庭園へ向ける。

 月明かりに照らされた庭は、陰影が作り出す世界で整然と美しい。

 背後から聞こえる騒がしい音すらも消していくようだ。


「マルゲリータ、僕と結婚して欲しい」


 以前には夢にまで描いていた、彼からのプロポーズ。

 思わず彼の顔を仰ぎ見る。

 体調の悪い、今?

 なんて間が悪いのだろう。

 これが先週ならば、一も二もなく返事をしただろうに。

 自分の気持ちがこんなに冷めているのかと不思議に思う。

 ここの庭のせいかもしれない。


「ごめんなさい。私、あなたと結婚はできないわ」


 驚いた顔で、彼は私を見る。

 いきなり彼は私を抱きしめ、思ってもみない言葉を口にした。

「誰かに僕の悪い噂を聞いた?だから、一週間もふさいでいたのかい?僕には君だけだ。噂なんて嘘ばかりだ」

 噂?

 彼の何か悪い噂がながれているのだろう。

 とりあえず、こんなところを人に見られたくはない。

「はなして頂戴、リデリックっ」

 彼の腕の中で、ジタバタしてみるが、小さな私が足掻いたところでどうにかできようもない。

「マルゲリータ」

 彼が上から顔を近付けてくる。キスしようとしているらしい。

「はなしてっ」

 手で顔を押しやろうとするが、当然、その手首を取られる。彼が、私の手首を片手ずつ握ったせいで、二人の身体に隙間ができる。

 この時とばかりに、彼の足の間を狙って膝を思いっきり振り上げた。

 短い呻き声を発して、手首を掴んでいた彼の手がゆるみ。

 私はすぐさま彼から身を離した。


「こっちへ」

 小さな、しかし、よく通る聞き覚えのある声の方に顔を向けると、子猫の家主がそこにいた。

 バルコニーから、小さな部屋に連れてこられた。そこは、誰もいない。

「その格好では帰れないだろう。あなたの侍女を呼んでこよう」

 そう言って腕を離そうとするので。

 つい、その腕にしがみついた。

 子猫達を保護した彼なら、きっと泣いている私を無下にはできないと知っていて。

 私をソファーに座らせ、ハンカチで涙を拭ってくれたが、止まる様子がないので、そのハンカチを私に握らせる。

 何も言わず、横に座る彼に私の身体を寄りかからせて、彼は私の背中を撫で続けた。

 私の涙が止まるまで、子供をあやすように。

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