第2話 (サイドB)
男性視点です
今夜も、退屈な舞踏会の片隅で、酒の入ったグラスを片手に会場を眺める。
若い男女があちこちで会話を弾ませダンスを楽しんでいる。
かと思えば、部屋の隅々には、誰にも声をかけられず所在無げに立っている男女の姿もある。
舞踏会の多くが、結婚相手を探そうとしている男女のための出会いの場となっている。
こういう舞踏会は苦手だったが、31歳という年齢であり、将来はささやかでも温かい家庭を持ちたいと思っていたため、友人の誘いで出席しているのだ。
すでに数回はあちこちの舞踏会に出席しているが、自分の希望はここではかなえられそうにないという結論に達している。
自分は田舎貴族の三男で、今は事業への投資で生計を立てている。さしたる財産はない。
ここにいる女性たちは、貴族の家を相続する男性、もしくは、それなりの財産をもった男性を求めているのである。
自分の立場では、女性たちに声をかけても相手にはされないし、ダンスを申し込んでも断られる。
そんなことが何度か続けば、積極的に出ようなどという気はおこらない。
友人は、女性がみんな同じではないのだから、いろんな女性へ声をかけるようにと繰り返し言う。
ほとんど断られることのない友人には、相手にされない苦痛がよくわかっていないらしい。
貴族の後継者であり、話し上手な友人から見えるものと、自分が見えるものでは、幾分違いがあるのだろう。
気のいい友人への義理を果たしたとばかりに席を立った。
こっそり庭から裏口へ出ようと思っていたら、暗闇の中でミーミーという子猫の声とガサガサと木々の揺れる音が聞こえる。
音の方へ近づいてみると、木の根元に横たわっている猫。
そして、枝に上っている子猫が。2匹、いや、3匹。
親猫が、何かに襲われたのだろう。
とりあえず、木の下の方にいる2匹を掴む。
手の中でジタバタしている。声は頼りないが、元気なようだ。
木の上を見上げて、もう一匹を確認する。手が届くだろう。
だが、片手で2匹を持つわけにもいかない。
ちょっと力をいれると、握りつぶしてしまいそうだ。
どうしようかと思っていると。
人が近づいてくる音がする。
振り向いてみると、小さな女の子と侍女のようだ。
この屋敷に来ていた客の子供だろうか。
「すまないが、手伝ってもらえないだろうか」
とりあえず声をかけてみた。
「どうかなさったんですか?」
意外にもすぐに返事が返ってくる。
貴族のお嬢様なら、こんなところで知らない男に声をかけられても無視するものだ。
侍女がそばで彼女を止めようとしているところを見ると、良家のお嬢様には違いなさそうだが、淑女教育もまだの子供なのだろう。
「この子たちを捕まえておいてくれませんか。一匹、木から降りられないやつがいて助けてやりたいんですが、こいつらから目が離せなくて」
そう言って、近づいてくる少女に両手の子猫を差し出して見せる。
手が届くほどそばにやってきた小さな少女は、耳元に一部の髪を垂らしてはいるが後ろ髪をアップに結い、やや襟元のあいた夜会服を身に着けていた。
月明かりで十分明るいとはいえ、太陽の下ではないからこそなのか、なんとも倒錯的な気持ちが掻き立てられる。
「私が登って、その猫を助けましょうか」
少女は木に近づこうとする。
妙な気分を振り払い、彼女にその必要がないことを伝えた。
彼女の小さな手が子猫を掴む。片手に1匹ずつ。
その手には子猫は収まらないようで、彼女が子猫達を抱えるようにしている間に、木の上の子猫を捕まえる。
少女に礼を言い、両手を差し出すと、彼女は猫を手放すのをためらった。
「この子猫をどうするの?一匹、もらってはダメ?」
腕に2匹を抱えるように掴んでいる少女が、見上げてきた。薄明りの中、目鼻立ちがはっきりした大きな瞳の、驚くほど可憐な少女だった。
光に反射してキラキラする瞳が、期待を込めて、自分を見つめる。だが、子供が動物を拾って帰るとどうなるかは、想像に難くない。
彼女の申し出をやんわりと断った。
大きな瞳から、ポロリと零れ落ちる涙に、つい、言わなくてもいいことを言ってしまった。
「ご両親の許しがあれば、3番街のラップラング邸を訪ねておいで。子猫に会いたいと言えば、いつでも会わせてあげるから」
彼女達を見送り、子猫達を連れて自分の邸に帰ってからのことだった。大きな瞳の少女が王女だったと気が付いたのは。