第10話 (サイドB)
男性視点です
久しぶりに会った王女は、少しだけ大人びた振る舞いにみえた。大きな煌く瞳で見つめてくる、その顔は、相変わらず童顔だった。精一杯背伸びして、少女から女性になろうとしているようだった。
初めて自己紹介することができた。
以前は、近づくことすら出来なかったのに。
以前とは違う距離に、手が届かないと知っていても、喜ぶ自分を止めることはできない。
「おはようございます、ラップラングさん」
今朝は、こちらの領地を見回っているのだろう。彼女が馬車から声をかけてくる。御者が、気付いて馬を止める。
風に吹かれて頬にかかる髪を、手で押さえながら、大きな瞳を向けてくる。
「おはようございます、ナファバルアー嬢。いいお天気ですね」
言葉を返す。御者にも帽子をあげて挨拶をする。
「これから神殿跡を確認に行くんです。できれば、少しずつでも元のようにしていきたいので」
新しい領主の仕事に一生懸命のようだ。この人は、感情を隠せない。なんとか落ち着いた振る舞いをしようとしていることが、わかってしまうのだから。見つめてくる瞳は、明るく輝いて、逸らすことを許さない。
「神殿跡は、危険な箇所が多い。外から見るだけにして、中は他の者に調査させた方がよろしいのではありませんか?」
「そんなに危険なところが?」
驚いたように、御者の顔を見る。
御者は困ったような顔で、答えた。
「ご領主様には危険かもしれないです。この辺りの男の子供には格好の遊び場なんですがね」
御者は王女の方をふりむいて、彼女の衣装に目を落としている。
王女は、ふんわりした淡いグリーンのドレスを着て可愛らしいが、草があちこち生茂って、崩れ落ちた天井の岩がゴロゴロしているところを歩くには具合が悪いだろう。
「そう。じゃあ、今日は外から見るくらいにしておきましょう」
肩を落とし、残念そうだ。
だが、無茶はしない、素直な。
「中は調べておきます。大丈夫そうなら、ご案内しましょう。その時には、もう少し動きやすい服装の方がいいと思いますよ」
この人には、つい余計なことを言ってしまうようだ。
「絶対に案内してくださいね。楽しみにしてますから」
神殿跡を一緒に歩いた。
腕に縋るように寄り添う王女は、無邪気な様子だった。微かに腕に感じる柔らかい感触に、邪な想像をして後ろめたい思いをしているというのに。
そして、何度か代理人と一緒に晩餐にもよばれた。昼間とは違って、晩餐用に装った彼女は、蕾がほころぶように、少女の華奢さと女性としての色香をほのかに感じさせた。
耳を隠すように垂らされた赤みがかった濃い色の髪が、ほんの少しだけ肩にかかる。それがまた、肌の白さと滑らかさを強調する。
彼女は自分の髪や瞳には不満なようだったが。
王女には、幸せでいて欲しいと思う。
社交界でいい伴侶を得て結婚をして……。
何度も断るのに誘ってくれる友人の気持ちがわかるようだ。
ずいぶん心配させている。
そろそろ、戻るべきだろう。
膝の上で眠っている子猫達を寝床へ入れ、灯りを消しベッドへ向かった。