第1話 (サイドA)
「おいおい、赤毛のチビ姫の相手をしてなくていいのか?」
「いつもいつも子供の相手はしていられないよ。今夜は来ないから、久々に羽が伸ばせる」
「せいぜいバレないようにしろよ。王を怒らせると大変だぞ」
「あのチビはもう落ちたも同然だからな。ちょっと甘い顔で口説けば、何でもいうことを聞くさ。王は王女に甘いから、王女を操れればどうとでもなる」
笑いながら2人の男は舞踏会場へ戻っていった。
私はバルコニーの陰にしゃがみ込み、しばらく動くことができなかった。
『赤毛のチビ姫』とは、私のことだ。陰でそう呼ばれていることは知っている。赤い色の髪のせいで、子供の頃から、ジロジロとなんてみっともないと言わんばかりの目を向けられてきた。王女という身分柄、誰も面と向かって言いはしないが、陰では気味悪がられている。
だが、リデリックだけは違うと思っていた。
彼だけは、『気味悪くなんてない。綺麗な髪だ』と言ってくれたのに。
「帰るわ」
一緒に来ていた侍女のセシーに声をかけ、その場を後にした。
「すまないが、手伝ってもらえないだろうか」
こっそりともぐりこんだ舞踏会場の屋敷から出ようと、こっそりセシーと裏口へ向かう途中。
暗闇から声がかけられた。
どうやら招待客の一人のようだ。暗闇で服装も地味な格好をしているし、鬘をかぶっているから私が王女だとは気付いていないんだろう。声をかけてきた男性の方をみると、腕に二匹の子猫を抱えている。
「どうかなさったんですか?」
男に声をかける。セシーがあわてて私の腕をつかんでくる。話なんかせずにすぐにここを立ち去りましょう、と訴えるように。
しかし、子猫をかかえて困っている人を無視するというのも。
「この子たちを捕まえておいてくれませんか。一匹、木から降りられないやつがいて助けてやりたいんですが、こいつらから目が離せなくて」
そう言われて木を見上げると、姿は見えないが、木の上からみーみーという小さな鳴き声が聞こえる。
彼は子猫を助けたいが、両手に抱えた子猫2匹も一緒に保護したいようだ。
「私が登って、その猫を助けましょうか」
そう言って木に近づく。と、彼は笑って答えた。
「お転婆なお嬢さんだ。だが、あなたが登る必要はない。この子たちを捕まえていてくれればいい。木の上のやつは、俺が手を伸ばせば届く」
そういうので、彼の両手から2匹の子猫を掴みとる。
みゃあみゃあと2匹ともジタバタ暴れているので、片手に1匹ずつ、ちゃんと捕まえて。
手の中で手足を動かす子猫の姿は、可愛らしい。
笑って眺めていると、あっという間に男は木の上に手を伸ばし暗闇の中から子猫を救い出していた。
「手伝ってくれてありがとう」
そう言って、彼は子猫を乗せた両手を差し出してきた。
大きな手だ。
その上に2匹を乗せろというのだろう。
「この子猫をどうするの?一匹、もらってはダメ?」
あまりに可愛らしい子猫の姿に、欲しくなってしまったのだ。
「できれば兄弟一緒に育ててやりたい」
そう言われて、仕方なく彼の手に2匹を乗せた。
名残惜しげに見ていると、私が可哀想になったのか
「ごめんな、お嬢さん」
そういって慰めるように彼が言った。
なぜか、止まっていた涙がまた、こぼれてしまう。
「ご両親の許しがあれば、3番街のラップラング邸を訪ねておいで。子猫に会いたいと言えば、いつでも会わせてあげるから」
目の前で泣いている子供に、相当困ったのだろう。
”ご両親の許しがあれば”って、どれだけ子供に見えているのか。
でも子供扱いされる方がましだ。騙されるくらいなら。
男と子猫達とわかれ、セシーと2人で王宮の自室に帰った。
「王女様」
セシーが心配そうに声をかけてきた。
今夜はあの舞踏会は出席しないはずだったが、どうしてもリデリックに会いたくて、こっそり侍女と二人で今夜の舞踏会の屋敷にもぐりこんだのだ。こっちは会いたかったというのに、相手は会えなくて喜んでいることを知るなんて。
「大丈夫よ。もう寝るから、お前もさがっていいわ」
セシーは心配そうな顔をしていたが、一人にした方がいいと思ったのだろう。
「それでは、おやすみなさいませ、王女様」
そう言って部屋から出た。
今年17歳になり、社交界にデビューした。
遠くから奇異な目を向けられはしても、目の前では、みな愛想よくというか気味が悪いくらいにお世辞を並べ立てチヤホヤしてきた。デビュー当時は、何人もの男性がダンスを申し込んでくれたし、美しいとか可愛らしいと言われて舞い上がっていた。だが、私は、あまりにも背が低いのでダンスもうまく踊れず、バランスを崩してしまうことが多く、次第にダンスに誘われなくなった。
その頃には、私に話しかけてくる男性の言葉は、心にもないお世辞ばかりであることには気が付くようになっていた。作った笑顔ばかり向けられていれば、さすがに。
そんな中、リデリックと出会った。
彼は、男性にしてはやや背が低く、ダンスをしてもバランスを崩すようなことはなかった。
そのうち舞踏会で会う度にダンスに誘ってくれるようになり、2人きりでバルコニーに出て『世界に一つしかない君の髪がとても好きだ』と囁いてくれることもあった。
この人しかいない、この人ならこんな私でも好きになってくれるかもしれないと、思ってた。
とても、好きだった。
大好きだったのに。
一晩中、涙が止まらなかった。