四章 俺の物語は、ハッピーエンド
第一回総理大臣選挙の時は焦った。一時は途中開票の結果が二位にまで届くもんだもの。結局、選挙活動を中止した俺は、最終結果では、百位ぐらいで落ち着いたっけな。
一位は、やっぱりムカつくおっちゃん、金田だった。
改めて、彼の経歴を説明させてくれ。
三十五歳で証券会社を辞め、独立。スキマ産業とかニッチ産業とか言われる分野に、異なる専門的な分野に、次々と会社を立ち上げ、四十歳の時には納税ランキング上位入りを果たす。その三年後には納税ランキング一位を記録し、以降、二十五年間一位を独占する凄い男だ。
現実味の無い経歴の、創作物語の登場人物みたいな、とにかく凄い男だった。
彼が次々と会社を立ち上げることが出来た理由も凄い。彼は人を育てる方面でも才能を発揮した。会社を立ち上げるたびに、会社のほぼ全部を任せられる優秀な右腕を育てていった。
だけど、その才能が災いしたのか、総理大臣選挙に立候補した時。つまりは、五十三歳の時には、部下から仕事を貰えず、時間を持て余しボランティア活動をしていたらしい。
そこがまた凄い。そのボランティア活動は、県の役人に無理やり作らせた仕事だった。
彼の人脈は総理大臣時代の活躍から推測するに、財界政界に幅広く深く持っている。ボランティア活動の件から見ても一県の役人にまで及ぶものらしい。
ここからは、俺の推測だけど、金田の人脈は、俺が住んでいたマンションの住人にまで及ぶ。
例えば、県立体育館で目撃した、俺と佳代ちゃんの初デートの逆プロポーズを、四○一号室の佐藤さんに届けるほどまでに……。
金田は、県立体育館の受付のおっちゃんだった。
俺は総理大臣選挙で、名前だけ知っていた納税ランキング一位の男の名前と、顔だけは知っていた体育館のおっちゃんが、同一人物だと知ったんだ。
ちなみに、県の役人に人脈を持っていたのは、県立体育官の建て直しに関して多大な寄付をしたかららしい。『県立体育館が立派だった事』と『知事の悪行』には、何の因果関係もなかったみたいだ。
そうそう。
部長と大川は、ある意味で学生結婚をした。部長はめでたく地元市役所に就職が決まったのだけど、大川が大学一年生の時に結婚したのだ。だから、半分、学生結婚だろ。
大川は高校を卒業した辺りから髪を伸ばし始めた。佳代ちゃんと料理の練習も頑張っていたらしく、化粧なんかにも興味を持ち始め、どんどんボーイッシュな大川は消えていく事になり、大学を卒業した時には立派な女性だった。高身長のせいか、結構見栄えは良かった。
それでも、鬼が消える事はなかったみたいだ。部長の話だと。
その部長はバドミントンを辞める事はなかった。
と言うか、いつまで経っても部長はバドミントン馬鹿だった。
大きな公式大会は、確かに高校で終わったのだけど、市民大会には毎年のように出場していた。更に、県立体育館で週三回のバドミントン教室を開くことになったんだ。しかも報酬を得ないボランティアらしい。少しは欲張れよ。
でも、それには理由があるらしくて、部長は「公務員的に報酬を得るわけにはいかない」とか言ってたけど、俺は確信を持って言えるね。そんなこと関係なく、部長はボランティアでバドミントン教室を開いただろうって。
バドミントン教室開設に至っては、金田のコネが少なからずあるだろうけど、このぐらいの事実は気づかなかった事にしよう。
そして、理論的な部長と鬼教官の大川は、良い具合に化学反応を起こし、バドミントン教室は結構評判が良かったみたいだ。人知れずこっそりと毎年一人選ばれる栄誉県民に、二回も選ばれるぐらいにな。
俺も何度もお邪魔させて頂くのだけど、大川がいない日に限ってだった。大川とは、プライベートでも会えるしな。犬にトラウマを持つ人は結構いるけど、俺には気持ちがわかるね。俺にとって、鬼教官は強いトラウマだった。
妹と鍵少年も上手くやっていた。
鍵少年の不良に憧れるスタイルは、大人になっても変わらなかった。鍵少年は出身大学に残り、研究を続けたのだが、その性格が災いしてか『万年助教授』だった。
いや、この言葉を作った人の感性はわからない。俺から見れば、助教授って凄いのにな。今はどうだって良いか。
それでも、鍵少年の実力は確かなものらしく、その分野では人気者だったみたいで、一年の半分ぐらいを海外での講演に費やしていた。
一方妹は、一年の半分をローテンションにプラスしてネガティブオーラを纏う迷惑な女だった。
さらに、残り半年をローテンションを忘れ去った、超ハイテンション女になった。本当に迷惑だった。
そして、俺は病室のベッドの上で、自分の心臓に呼応する電子音を聞きながら、最後の瞬間を迎えようとしている。
暖かい家族に見送られ、人生の幕を閉じようとしていた。
いや、俺のために駆けつけてくれたのは、家族だけじゃない。
誰に似たのか、犬のようなおばさんや、爽やかなおじさんもいる。
でも、その見送ってくれる家族たちの中に佳代ちゃんはいない。
俺なりに手を尽くしたけど、何も出来なかった。
佳代ちゃんとは二年前に別れてしまったんだ……。
何が変わった俺だよ!
俺には何の解決策も見出せなかった。
そして、家族と最後の会話をするため、力を振り絞り、酸素マスクをはずして、なんとか口を開く。
どうしても、こいつらに伝えたい。
俺の気持ちを届けたかった。
「俺の、九十七年間の人生は、なんか超幸せだったんですけど~。みんな、ありがとうな! だから、笑って見送ってくれよ!」
俺の言葉は、切れ切れで、音も小さく、言葉としての役割を果たしていたのかわからない。彼らに届いたのかは疑問だ。
それでも、涙まみれの笑顔たちを脳裏に焼きつけながら、俺は意識を失った。
次に目を覚ました時、佳代ちゃんが手を差し伸べてくれた。
「あなたらしい最後でしたね。さぁ、行きましょう」
俺は「あなたらしいです」と「あなたらしくないですよ」の二言で、佳代ちゃんに操られる人生を送った。
なんか全速力っぽく駆け抜ける、充実した人生だった。
でも結果としては、そこには殆ど特別なイベントはない。
もちろん一人として『無理している俺』もいなくて、それでも、多数の『頑張っている俺』は存在していた。
普通の専門学校に進学し、何十万人もいる介護福祉士の一人になり、ついに佳代ちゃんと一般的な結婚式を挙げて、何処にでもいそうな新しい家族を作ったんだ。
俺にとってはかけがえの無い思い出たちに彩られた人生であっても、人と比べて驚かれるような『特別』は殆ど無い人生だった。
だけど、もう一度言わせてくれ。
「佳代ちゃん。俺、すげー幸せだったよ」
「私もですよ。あなた」
目の前のおばあさんの、しわしわの顔に更にしわを刻む笑顔は、優しに溢れていた。
曲がった背中は百七十センチ程の高身長を小さく見せながらも、凛とした力強さを感じる。
白いロングヘアーの彼女は、この世でもあの世でも一番美しいに違いない。
何より、彼女の存在は俺の人生の中で数少ない『特別』だ。『第一回総理大臣選挙に出馬した四百二十九人の一人』なんて稀有な経験が霞んでしまう位の、俺の人生で一際輝く『特別』の中の『特別』であり……。
やっぱり大和撫子だった。