俺と犬
妻が選んだ犬は鼻まで真っ黒く、手足がでかかった。
俺は暇があるたびに、コイツを庭に連れて行き、日向ぼっこしていた。
「暇だなー」
俺は犬と縁側に出ていた。
犬は子犬だからか、俺の太ももの上で寝ている。
遊びに行こうと誘ったのに、三人に断られた俺は、今日、暇になってしまった。
きっとこんな日は外出するべきじゃないんだと、自分に言い聞かせて。
犬は時折、ブブっと鼻を鳴らす以外は死んだように寝ている。
俺は陽だまりの中、昔の事を思い出していた。
ダチが死んだ。
学生時代から、知っていた奴とは会社も同じで、お互い腐れ縁だと思っていたが、良く飲みにいっていた。
奴の初恋が実らなかったとき、俺が留年した時、奴の卒業、俺の就職。
俺の一年先輩として会社に入った奴は、後輩の俺に言った。
そのときも二人で飲んでいた。
「新しい受付嬢の山内さん、かわいいよな」
「うん?」
俺は入ったばかりで、右も左も分からなかったから、女の全然見ていなくて、誰の事だか分からなかった。
「紹介してくれよ」
奴は情けない顔をしていた。
本当に女々しい男だったと思う。
奴に女を紹介して、恩を売ろうと思って彼女に声を掛けた。
しかし俺は彼女に一目惚れしてしまったのだ。
奴と俺と山内さんで、よく遊びに行った。
海や山や湖。
俺は奴に嫌われるんじゃないか。自分が最低だと思われるんじゃないかと臆病になり、
自分から山内さんに近づかなかった。
しかし山内さんが俺に惚れてしまった。
一回告白され、断り、二回目で了承した。
山内さんに嫌われるのが怖かったのだ。
奴はそんな俺のことを知っていた。
知っていて、俺に言ったのだ
「しょうがないなぁ。俺に女を紹介してくれたら許すよ」
そうだ。あの時も二人で飲んでいた。
奴は顔を真っ赤にさせ、笑っていた。
そして山内さんの友達と奴は付き合った。
お互い、上手くいき、結婚した。
俺は奴にバラされるのが怖くて、奴とは疎遠になった。
「思えば、俺は臆病だった」
俺が一言言うと、犬が起きて、尻尾をパタリと振った。
そうして疎遠になって、奴が転職すると、奴が死ぬまで会わなかった。
年賀状のやり取りだけ、妻がしていた。
だから俺は気が付かなかった。
奴が借金に苦しんでいることに。
そして奴は自殺したのだ。
俺は自分を責めた。
女々しくて、弱い奴だと俺だけは知っていた。
それなのに、俺の勝手で、助けられなかったのだ。
そして作った友達は最後まで面倒をみようと、思った。
「お前はかあさんを最後まで守れよ」
俺は犬に言った。
もしかしたら、俺は臆病だから犬を飼ったのかもしれない。
犬がいればかあさんは寂しくない。
俺は恨まれることもない。
俺は娘をちゃんと躾けられなかった、ダメな父親だ。
どうしてだって、娘は俺の言うとおりにしなかった。
自分勝手で。
誰に似たのだろう。
だけど、妻は俺についてきてくれた。
俺はかあさんより後には死にたくない。
かあさんを失って、生きるのは耐えられない。
だから犬を飼ったのかもしれない。
うららかな午後の陽気の中、子犬に散歩をさせてやらないのは不憫だと思った。
「散歩に行くぞ」
俺が声を掛けると、膝の上の犬が飛び起きてウオンと吠えた。
久しぶりに奴の墓参りにでも行ってやるか。と思った。
読んでくださってありがとうございました。
人生って色々あります。
人の心のなかはその人しか知らない。
たとえ親のことでも、若いころ何を思って何をしたのか、全然しらない。
私は思うんです。
人は思っているほど、単純には生きていない。
だから分かり合えないことって、沢山あるし、完璧にその人を理解することなんて出来ない。
この小説の主人公春子は祖父の事を、「勝手な人」だと思っていた。
春子の母は自分の父を「かわいそうな人」
祖母は夫を「臆病」だと分かっていたけど、本当のことは理解していなかった。
自分は自分。一人だけ。
ハズバンドは犬で、誰かを理解しようとか、思ってなかったけど、側にいる。
それだけで、いいような気がします。
側にいるだけで、体温はあたたかい。
後書き長くなりました。
本文に書ききれないことを書いているわけですから、もっと上手く本文に自然に書けるように精進します。
読んでくださりありがとうございました。
感想、ご指摘、ご意見。宜しければよろしくお願いします。