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ハズバンドと犬

私は、幸せな人生を歩んで来たと思います。

戦後、焼け野原になった町で、辛いこともあったけど、復興を遂げる町と一緒に私は生きてきた。

人よりほんの僅かに裕福だった私の家は、農家でした。

私は女学生になって、会社に就職して、あなたと出会い、娘が生まれ、孫が二人もできた。

これ以上、幸せは望めません。

だけど、わがままを言うようなら、もう少し長生きして欲しかった。

「ありがとう」


最後の一言だけ、言葉に出した。

おとうさんのお葬式。棺の中に花を入れて、おとうさんの顔を見た。

出会ってから45年。

数字にすると長いようだけど、振り返ってみるととても短く感じるのね。

ハズバンドが私に寄り添ってくれる。

私のもう一人の夫。

一人だけになってしまった夫。

真っ黒い鼻を私の横腹に押し付ける。

「慰めてくれるのね」

大声で泣きたいのに、涙が雫にならないのは歳の所為だわ。


ハズバンドの悲しそうな遠吠えを聞いたとき、周りの音がいきなり私の耳に飛び込んできた。

ハッと周囲を見回すと、娘が私の肩を支えている。

孫の春子は堪えきれないように声を上げて泣いている。

娘の旦那さんである隆久さんと孫の隆と親戚の叔父さん達で、夫の棺を運び出していた。

どうやら私はお葬式の間、ボーっとしていたらしい。

ハズバンドの声で、目が覚めた。

「ハズバンド、いい子で待っていてね」

私はハズバンドを撫でた。





おとうさんが亡くなって、私はハズバンドと二人きりになった。


娘が一緒に暮らさないか、と言ってくれた。

私はこの家が捨てきれなくて、思い出と離れたくなくて、決めかねている。


思えば彼はいつも自分勝手というか、一人で決めてしまうところがあった。

生まれた娘の名前を決めたのも彼。

家を決めたのも彼。

そしておとうさんの友人が亡くなり、毎日どこかへ行ってしまった。

「出来た友人を一人残らず大事にするんだ」

と言って。

犬を飼うことを決めたのも彼。

だけど、そうだ私が決めたことが二つある。

一つは犬のハズバンドと言う名前。

もうひとつは……彼との結婚。



彼が死んで、私は何をしていいのか分からなくなってしまった。

そこまで依存していたのだろう。

彼はとても優しくて頼りがいのある、男らしい人だったから。


私は決めた。

毎日のように添い寝してくれるハズバンドを撫でていたある晩。

ハズバンドの顔をみていて決めた。

ハズバンドがいなくなるまでは、ここに残ろう。




孫の春子が遊びに来た。

就職活動やら忙しそうなのに、頻繁に遊びに来てくれる。

「広くなっちゃったね。家」

春子はハズバンドを撫でながら言った。

「もともと、おとうさん全然家にいなかったじゃないの」

私は春子にお茶を出しながら言った。

「そうだけど、私は二人と一匹がちょうどいい快適な空間だと思ってたから。

 おばあちゃんは広く感じない?」

きっと春子も一緒に住もうよ、と思ってくれているのだろう。

だけど私は言った。

「ハズバンドが私を守ってくれている内は、私がこの家を守らなきゃ」

おとうさんの思い出と一緒に。

「そっかー」

春子は不満そうに言う。

「でもしょうがないね」

「ええ」


春子がハズバンドの散歩に行くと言い出した。

私はいつも通りお留守番して、その間部屋の掃除しようと思っていたけど

「おばあちゃんも一緒に行こう」

と春子が言って聞かないので、一緒に行くことにした。

前を歩くハズバンドを見ながら、春子が私に言う。

「おじいちゃんとの昔話とか、聞きたいな。

 その、辛くなかったらでいいんだけど」

私は春子の優しさを知っている。

きっと忘れないように、知りたいのだろう。

「いいわよ。私もちょうど思い出していたところだったの」

私は言った。

もし私が死んでしまっても、記憶は娘や孫や友人に残る。

もしかしておとうさんは忘れてしまわれないように、あんなにも必死に友人に会いに行ったのではないだろうか。

他の人の心に残るために。

「あの人は臆病なところがあったわ」

「臆病? うそー!」

自分が消えてしまわないように。

結果的に、孫には存在感のない祖父になってしまったけれど。

「琵琶湖に行ったときのことなんだけれど……」

でもね、人は永遠に繋がっている。

おとうさんはいなくなってしまったけど、私が生きてるし、

私が死んだら娘。そのまた子供。

ずっと続いている。

だからおとうさん、大丈夫ですよ。

あなたは一人じゃなく、私も沢山の友人もいるんだから。

安心して逝ってください。


私は暖かな日差しに包まれ、どこかにいるおとうさんに心の中で話かけた。

春子に話す声が思わず、涙声になった。



読んでくださってありがとうございます。

あと一話で終わります。

やっと、やっとです。

もう自分が飽きかけてて、文をまとめるのがとても大変になっていました。


きちんと終わらせたいと思います。

皆様、もう少しだけよろしくお願いします。


次回、おじいちゃん目線予定。


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