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ハズバンドは犬

ハズバンドは、私の家の隣の隣のそのまた隣のおばあちゃんの家で飼われているラブラドル・レトリーバーだ。

何故ハズバンド「夫」と言う名がこの真っ黒くてデカイ犬に付けられたのか。

それを知ったのは私が中学三年生のときだ。



受験生の私は小うるさい母親から逃げて、おばあちゃんの家でスイカを食べていた。

勉強、勉強うるさい母にも、ガンガン照り付けてくる太陽にも、ボタボタと垂れるスイカの汁にも、もうすぐ終わってまう夏休みにも

私はイライラしていた。

私は勝手に冷房を19度に設定し、勝手におばあちゃんの切ってあったスイカを食べていた。

「あら、いらっしゃい。来ていたのね」

スイカへの苛立ちが頂点に達したとき、おばあちゃんが帰ってきた。

「お帰りー。ハズバンドのお散歩?」

「そうよー。ああ涼しい!」

おばあちゃんは無断で家に上がり込んでいた私に嫌な顔一つしなかった。

ハズバンドが我先にと居間にあがってくる。

「待って、ハズ! 足拭いてからよー」


おばあちゃんはいつでも優しい。

その優しさが心地良くて、私は小さいときからおばあちゃんの家に遊びに行くのが大好きだった。

おばあちゃんの家と私の家の間取りはほぼ同じだ。

どうして一緒に住まないのかというと、狭いから。

私と弟と父と母で暮らすには少し狭い家は、おばあちゃんとおじいちゃん、ハズバンドだけで住むにはちょっと広い。

その広く快適な空間も大好きだった。


「そう言えば、おじいちゃんは?」

私はこの家のもう一人の住人の行方を訊いた。

心配してのことではない。答えはたぶん、二日前弟とここに遊びに来たときと同じだ。

「お父さんはお友達のところへ行ってて。夜には帰ってきますよ」

おばあちゃんは座っている私にお茶を淹れてくれた。

ハズバンドもおばあちゃんについてきた。

私はお正月以外、昼間におじいちゃんを見たことがない。

いつもどこかへ遊びに行っている。おばあちゃんをおいて。

「やっぱり」

「でもねぇ。昨日言われちゃったの」

おばあちゃんは堪えきれないようにクスクス笑いながら言った。

「なんて?」

「頼もしいハズバンドのおかげで、かわいい私を心配せずに遊びに行けるって」

私の太ももに顎を乗せたハズバンドの耳を触りながら、私はちょっと怒った。

「なにそれ! おじいちゃん、ハズバンドが来る前から遊びほうけてたじゃん!」

怒りを静めるため、お茶を飲もうと湯飲みをグッと掴んだら、思いのほか熱かったのでやめた。

なんだか恥ずかしくなって

「ハズバンドもヒドイと思うよねー」

とハズバンドの頭をガシガシ掻いたら「ブブっ」と鼻を鳴らされた。

「でもねぇ、やっぱり私もハズバンドがいてくれて良かったと思っているの」

おばあちゃんがそう言うと、言葉が分かったかのようにハズバンドは私から離れておばあちゃんの横に寝そべった。

私はハズバンドを睨んで、そう言えばなんでこのバカ犬を飼ったんだろうと疑問に思った。

私が小学六年生のとき、おばあちゃんの家に遊びに言ったら、真っ黒で小さい犬がいて、

「かわいいー!」「何て名前?」「「これ狼?」「犬なの? 種類は?」

と質問攻めにしておばあちゃんを困らせたが、「どうして飼ったの?」とは訊かなかった。

聞いたら教えてくれたと思うけど、珍しく家にいたおじいちゃんがおばあちゃんの横で、真っ青な顔で首を振っていたことと、おばあちゃんがとてもとても機嫌が良くて少し不気味だったから。

なんとなく聞けなかった。

でももう時効だろう。

「どうしてハズバンドを飼うことにしたの?」

思い切って訊いてみた。


「あら、言ってなかったかしら」

おばあちゃんはちょっと目をつぶって、そして話し始めた。


それはおじいちゃんが定年を向えてから二年目のことだった。

いつものように帰りが遅いおじいちゃんのご飯を、いつものようにラップに包み、おばあちゃんはいつものように新聞を読みながら、おじいちゃんの帰りを待っていた。

いつもと違ったのはその日はおばあちゃんの誕生日だった。

「こんな年になると誕生日なんてないようなものよ」

誕生日なんて気にしてない。そう言いながらもおばあちゃんはケーキを買っていた。

大好きなショートケーキ。こんな日じゃないと、食べる機会もないから。

おばあちゃんは一人、おじいちゃんを待った。

いつもよりちょっと遅く、おじいちゃんは帰ってきた。

友達を連れて。

おじいちゃんは酔っぱらっていた。

「おう! 飯はいいから、茶ぁ出せやー」

一言目はそれだった。

ラップに包まれた料理を見ておばあちゃんはため息をついた。

机を片付け、お茶をだす。

連れてきた友達は、どうやら元部下の人らしい。

台所に戻り、茶菓子に甘納豆でも出そうかと思っていたおばあちゃんに、おじいちゃんは言った。

「それ、そこにある奴! 〇〇屋のケーキか! おいコイツに出してやれ!」

おばあちゃんは言われた通りにお客様とおじいちゃんにケーキをだした。


翌日、卵焼きの味が薄いと文句を言われたおばあちゃんは、遂にキレた。

黙って中華鍋をおじいちゃんの頭に向って振り上げたのだ。

間一髪、避けたおじいちゃんは、そこで初めて泣いているおばあちゃんに気がついた。

「いい加減にして!! どうしていつも、勝手なのよ!!」

ガンッガンッガン。

おじいちゃんは中華鍋で殴られながら、どうしてコイツはこんなに怒っているのだと不思議に思った。

ガンっ「いいじゃない!」ガンっ「私の!」ガンっ「誕生日なんだもの!」

「ケーキぐらい食べたかった!!」

叫び終えたおばあちゃんは、呆気にとられているおじいちゃんを放って、鍋を台所に片付けに行った。

何事もなかったかのように洗い物をしているおばあちゃんに、おじいちゃんは言った。

「そうかー。昨日誕生日だったか。いやすまん! すっかり忘れていた」

「今更遅いですよ」

背を向けたまま、おばあちゃんは呟いた。

「よし! 誕生日祝いだ!!」

「え?!」

「犬を飼おう!」

そしてペットショップで不貞腐れているような真っ黒い小さな犬を見つけた。

その犬はおばあちゃんに抱かれると、可愛く鳴くでもなく、目をウルウルさせて見つめるでもなく、フガフガと言いながら鼻を押し付けた。

フガフガブヒそしてブヒュンとくしゃみをした。

到底可愛くないこの小さな犬を見て、店員さんは苦笑した。

おじいちゃんは「もっと小さい犬にしよう」と言った。

おばあちゃんは「この子に決めます」と犬を抱きしめた。


ダンボールにいれて連れ帰った。

帰り道、おじいちゃんが

「名前は何にしようか」と聞いた。

二人と一匹で歩く。夕暮れの中。

「もう決めてあるんですよ」

おばあちゃんはおじいちゃんを見つめて言った。

手の中にいる子犬もおじいちゃんを見上げていた。

おじいちゃんは沈んでいく夕日を眩しそうに見ている。

「おう、お前が決めてるならいいよ。でも俺はジョンがいい」

「ハズバンド」

おばあちゃんはおじいちゃんの言葉を遮って言った。

力強く、はっきりと言った。

「え? 何で「夫」なんだよ」

おじいちゃんは困惑したようにおばあちゃんを見た。

何故か手の中にいる子犬も困ったようにおばあちゃんを見上げた。

「ふふっ。この子は頭がいいのね。私の言葉が分かるみたい」

おばあちゃんはそっと犬を撫でた。

二人と一匹は家路に着いた。



「で。何でハズバンドなの?」

話を聞き終えた私は、ゆったりとお茶を飲んでいるおばあちゃんに聞いた。

おばあちゃんの意外な一面にはびっくりしたが(だって中華鍋で人を殴るんだもん)今はハズバンドの名前の由来の方が気になる。

「本当はね、ダンナって名前にしようと思ったの」

「どっちにしても夫なんだ……」

おばあちゃんは優しく、寝そべっているハズバンドを見つめている。

「もうねぇ、お父さんは私の夫じゃなくてもいいかなって。

 と言うより、私はお父さんの妻なんて願い下げよって」

「じゃあ、今の夫はハズバンドってこと?」

ハズバンドがブヒッと鼻を鳴らした。

「そうね」

「じゃあ、おじいちゃんは?」

「おじいちゃんは、そうねぇ……」

おばあちゃんはちょっと考えてから、にっこりと微笑んだ。

「おじいちゃんは、私のカレよ」

おばあちゃんの足元で欠伸をしたのはハズバンドだった。



おばあちゃんとおじいちゃんは何だかんだ言って、ラブラブだった。

このときはそれが不思議だったけど。

読んでくださってありがとうございます。


私がブログをやっていた時、二年ぐらい前にアップしたお話です。

だれからも読んでもらえなかった可哀想なお話です。

(誰にもブログを教えてなかったので、訪問してくれる人も少なかったため)


私にとって愛着のおるお話なので、

続きを考えて、もう一度書きました。



ほのぼのしたお話ですが、よろしくお願いします。


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