第一章 テオフラスツス学園(8)
蓮都からすればその怪我は大いに予想が付く。
昼の戦闘科の授業でのものだろう。槍の柄を腕で受け止めるという荒業。逆にクレアトラスの左腕が折れてしまわないかと内心ひやひやしたものだ。
「また、無茶したんじゃないか?」
スヴァルトは問う。心底心配していたようで、その表情は己の傷のように険しい。
するとクレアトラスは取り繕うようにスヴァルトの腕を振り払った。
「大丈夫だよ。こんな打ち身一つで君は何を必死になっているんだ?」
「打ち身一つじゃねーよ」
即答し、スヴァルトは再度彼女の腕を取る。次はクレアトラスは、振り払おうとしなかった。否振り払えなかった。彼の悲痛な表情を見てしまった彼女は腕を、彼に委ねた。
スヴァルトは腰に巻いてあったポーチから包帯等の医療道具を取り出し、指で痣を押したりして、怪我の酷さを確かめている。
「どうして君はそこまで……」
クレアトラスは頬を染めつつ、碧眼を伏せながらもごもごと言った。
「うるせー。幼馴染だから心配してるだけだっつの」
彼なりの照れ隠しだった。
塗り薬を塗りたくる。そして包帯を巻き始めた。流石医学部だというべきだろうか。作業が早い。
「これでマシになったろ。無茶してんじゃねーぞ」
「……わかった」
俯くクレアトラス。二人とも気まずいのか目線が合わない。
「……ありがとう、ヴァン」
礼を告げるとそのまま俯きながら逃げるように盆を持って回収のところまで走っていった。
残された蓮都とスヴァルトはしばらく会話のないまま飯を食べていたが、蓮都はそれに耐え切れなくなり話を振った。
「……スヴァルト」
「……うん? ちなみにさっきのことで質問はなしな。単なる幼馴染だし」
しっかりと釘を刺される蓮都。こっちは元よりその話題を振るつもりではなかったが。
しかし、このことを話題に出すのは自分の精神上よろしくないので、振らないつもりだったのだが、この空気を打開するためだ。致し方ない。あのときのことを思い出すと涙が出た。
「違ぇよ。あのさ、俺たちの部屋の隣人のこと」
その瞬間スヴァルトの表情は凍りついた。まるで絶対零度を浴びたかのように。それは口にしてはならない、とスヴァルトの顔は物語っていた。
「……とけ」
「は?」
よく聞き取れない。
「……やめとけ」
何がやめとけなんだろう。蓮都はさらに問う。
「奴は、氷……。二つ名を持っているわけじゃないが、生徒間ではこう呼ばれている……」
そして死神でも見たかのように言い放つ。
「『絶対零度の女王』……」
彼の声は恐怖に震えていた。相当怖い目にあったんだろう。でもそこまでされそうな気はしないが。まあ自分も一応『絶対零度の女王』の被害者ではある。あいつの罵倒は酷い。まず相手にしてもらえない。まさしく氷点下に放り出されたような気分になる。
だが、どこかに何かを感じた。寂寥のような何かを。彼女が殺風景であり、美しいがためにそう思ったのだ。