第一章 テオフラスツス学園(4)
そもそも本題とは蓮都の部屋のことだったのだが、それは鍵を渡されるだけで終わった。なので時間も有り余っている分、有効に活用しようと思った蓮都はペンダントで寝ている玲美を起こさずに寮内を探検しようとした。
――――のが間違いだった。
この寮があまりにも広大だということは前もって知っていた。それは外観からでもわかっていたことだ。なのに歩き慣れた人に案内してもらうとか、そういう考えが浮かばなかったことには熾烈に反省している。
要するに早くも迷子になっていた。
なんと馬鹿みたいなことをしているのだろう。有効に使うどころか無駄になってしまっている。当然道を覚えている余裕もなかった。
ルフェールのところへ戻ろうとしたが、その肝心な道さえ違っていて、さらに迷っていた。
とりあえず、三階でよかった。三階は基本一年生の寮部屋だけだからである。
「つうかなんつー広さなんだここは……」
建設した人には申し訳ないが、一回そいつを罵ってやりたい。左右には廊下。階下へ降りるための階段さえ見当たらない。
涙目になりつつ、壁に背を預けそのままずるずると座り込む。
初日で迷子。恥ずかしいの一言に尽きる。しかもこの時間には生徒はほぼいない。
座っていても仕方がない歩こう。
そう思って立ち上がったときだった。
それはなんと形容すればいいのだろう。たとえるとすればこの二色。
白と黒。
歩くたびに流れるような漆黒の髪と触れ合う純白に近しい肌。まるでその二色を司る女神のように美しい少女だった。彼女はちらとこちらを見たが、その一瞬で興味が尽きたと言わんばかりに廊下の角に消えていく。
蓮都は慌てて後を追った。
「おーい!」
呼びかける。すると彼女は立ち止まり半分だけ振り向いたが、冷たい視線をくれるだけで再び歩き出す。
完全な無視だった。
蓮都は追って、また声をかける。
「無視すんなよ! ちょっと頼みがあるんだけど」
「……うっさい」
冷酷な視線が蓮都に突き刺さる。睨まれただけで足が竦んだ。
「……頼みぐらい聞けって!」
ちっ、と彼女は舌打ちをする。制服のラインは一年生だった。とても自分と同じ学年だとは思えない。
「あのさ、道案内して欲しいんだけど……」
「………………」
あの、目が非常に怖いんですが……。
「いい、か……?」
こええよ。
「……。で、それが人にものを頼むときの態度?」
「……お願いします」
ちっぽけな蓮都のプライドは大いに傷付いていた。現在進行形で。
すると少女は笑顔さえ見せずにあくまでツンケンした態度でこう言った。
「気に食わないけどあんたの頼みを聞いてやるわ」
あくまで仕方がないという風だった。
これは頼むべき人を誤ったな、と蓮都は口の中で小さく呟いた。
「で、何番?」
そして蓮都が部屋番号を告げると心底がっかりしたような表情になった。
「なんであんたみたいなのが隣室なのよ……。もう最悪」
「仕方ねえし。俺が決めたわけじゃねぇんだ。文句があるのなら理事長に言ってくれ」
はあ、と彼女は溜息を吐く。諦めたようだ。
そして無表情のまま会話もなく歩き続ける。隣から発せられる棘のあるオーラが痛かった。ちらと横顔を盗み見る。
白磁の肌に流麗な腰に届くほどの黒髪。そのベースの造形は息を呑むほどの美貌である。鋭い黒曜石のような瞳が蓮都の視線に気づき、何、と淡白に問う。別に、と返すと「なら見るな。気持ち悪い」と毒づいた。
いいのは容姿だけだった。言動がそれを如実に表している。
不機嫌さを隠しもせず、彼女は盛大に舌打ちをした。
――俺ってこいつに悪いことしたか?
思い当たる節がない。
さきに蓮都と彼女は初対面なのだ。こんなに嫌われる暇はないだろう。
そうこう考えているうちに彼女は歩みを止めていた。蓮都も同じく足を止める。扉を見ると確かにそれはルフェールに言われた通りの番号だった。
「あの……」
礼を言おうとして口を開いたが彼女はすでに部屋の扉を開けて中へ消えていった。
蓮都は張り詰めていた緊張が一気に解けていく気がして息を吐き出し、部屋の鍵を外した。