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異世界転生、最強の大魔女が弟子として推しを拾うお話

作者: 下菊みこと
掲載日:2026/07/01

「あー…今日も生きてる、私」


千歳を数える頃には、自分がかつて「人間」だった頃の記憶なんて、すりガラスの向こう側みたいに朧げになっていた。


覚えているのは、前世が「限界社畜OL」だったこと。


そして、今世は死ぬほど魔力量が多くて殺すことすらできない不気味な赤ん坊として、実の親に捨てられたことくらい。


だけど、執念で独学で魔術を極め、いつの間にか世界から「大魔女」なんて呼ばれるようになっていた。


死ぬに死ねない身体の私は、ずっと退屈だった。


そんなある日、結界の近くの森で、泥塗れの男の子三人組を見つけた。


ボロボロで、飢えていて、今にも死にそうなのに…その顔を見た瞬間、脳細胞が何百年ぶりかに大絶叫した。


(待って。嘘でしょ…!?シエル!?ジル!?クリスティアン!?)


前世、財布がスカスカになるほど貢ぎまくった最推し「花騎士」の三人組に激似のショタが、なぜかセットで転がっている。


「…名前、なんていうの?」


私が震える声で尋ねると、綺麗な顔の男の子が、ひどく冷めた目で私を睨み据えた。


「シエル」


「ボクはジルだよ、お姉さん」


「おんしゃあ誰じゃ。わしは、クリスティアン、いうきに…!」


(やっぱり推しだーーー!!!ひゃっほー!!!)


心の中でガッツポーズをキメた。


それに、よく見ればこの子たち、幼いながらにバカみたいな魔力量を秘めている。


この世界なら「不気味な化け物」として蔑まれてきたのだろう。


私と同じように。


でも、私から見れば最高の人材だ。


魔力制御が早いうちからできる天才。


これなら、私と同じくらい早々死なない。


私を置いて逝かない。


「決めた。君たち、私の弟子になりなさい。私が最高に育ててあげる!」


前世の限界オタクの魂が、千年の時を超えて完全燃活を始めた瞬間だった。









あの「魔王にメチャクチャにされた世界の修復」の旅の終わり。


花の乙女を守り国立魔導騎士として戦い抜いた記憶を持ったまま、僕たちはこの異世界に生を受けた。


この世界は前の世界と同じく、魔術や魔法が秘匿されていなかった。


しかし元の世界とは違い、魔術や魔法が忌避されていた。


だからこそ、生まれつき規格外の魔力を持った僕たちは「化け物」「不吉の象徴」として、親からも世界からも蔑まれ、虐げられた。


ある程度大きくなった頃、殺そうとしても殺しきれない僕たちに恐怖した大人たちによって、深い森に捨てられた。


裏切りと欺瞞に満ちた世界が僕たちの心をすり潰しにくる。


そう諦めていた。


…彼女に、拾われるまでは。


「ミーティー」と名乗ったその魔女は、世界中が恐れる「大魔女」のくせに、僕たちを前にして目を輝かせ、信じられないほど甘やかした。


「ほらクリスティアン、お肉おかわりあるからね!」


「お、おう…美味い、美味い。師匠、これ美味いっ!」


クリスティアンは、かつて国立魔導騎士団長として、魔獣狩りの天才として扱われた過去を忘れたように、ミーティーの温かい手のひらに擦り寄っている。


単純で、寂しがり屋のあいつは、師匠の無償の愛に一番に絆された。


「ジル、この世界の魔術構成は君の知ってるものと違うでしょ?ほら、一から教え直してあげる。君ならすぐできるよ」


「ふふ、本当だ!ボクの幻術が通用しないなんて悔しいなぁ。でも、師匠の授業ならいくらでも受けちゃうよ?」


あの傲慢で愉快犯のジルが、プライドを捨てて大人しく一から学び直している。


それはこの世界の魔術が新鮮だからじゃない。


彼女に褒められたい、ただそれだけのために、彼はプライドすら娯楽に変えていた。


そして、僕、シエル。


「シエルは本当に綺麗だね。今日も生きててくれてありがとう」


ミーティーはいつも、僕の中身を暴こうともせず、ただそこにいるだけでいいと抱きしめてくれる。


この世界はいつだって僕を裏切る。


だけど、この人は裏切らない。


何より…彼女は「大魔女」だ。


僕たちがどれほど魔力を暴走させても、決して壊れない。


僕たちを置いて、勝手に死んだりしない。


「ねえ、師匠。僕たちを置いていかないって、嘘でもいいから言ってよ」


僕がそう囁くと、ミーティーはきょとんとした後、嬉しそうに笑った。


「嘘なわけないじゃん。私はずっとここにいるよ。三人とも、大好きだからね」


ああ、だめだ。


僕たちはとっくに気付いている。


お互いが、かつての花の乙女の記憶のせいで、異常なほど孤独に飢えていたことに。


そして今世、三人で肩を寄せ合って生きるうちに、奇妙な依存関係が出来上がっていたことに。


けれど、それ以上に。


僕たちは、この優しくて温かい、絶対的な僕たちの大魔女に、狂うほど依存してしまっている。


(…絶対に、逃さないからね。僕たちの大魔女)


三人の視線が、幸せそうに微笑むミーティーの背中で静かに交差し、暗い歓喜に濡れていた。











「みてみて!暑いからアイスキャンディー作った!」


じりじりと太陽が照りつける昼下がり。


千年の大魔女こと私は、冷凍庫なんてないこの世界で、自前の氷結魔術をフル稼働させていた。


木製の棒の先に固まった、色鮮やかな果汁100%の自家製アイスキャンディーである。


「師匠、それ魔法の無駄遣い」


「ひどいジル!大魔女の魔力をふんだんに使った高級品だよ!?」


縁側に座る私を見て、ジルがケラケラと楽しそうに笑う。


横ではクリスティアンが「美味そうじゃ、わしにも一本くれ!」と目を輝かせ、シエルは「よくそんなくだらないことに大魔術の構成を使えるよね、呆れちゃうな」と言いつつ、差し出された一本を素直に受け取っていた。


そんな、いつも通りの平和で賑やかな日常。


しかし、突然響いた無邪気な声が、その場を凍りつかせた。


「わぁ!!!」


声のした方を見れば、そこにはひょっこりと顔を出した、せいぜい五歳児ほどの小さな男の子が立っていた。


きらきらした目で、私の持っているアイスキャンディーを見つめている。


「…っ!?」


その瞬間、シエル、ジル、クリスティアンの顔から一斉に笑みが消えた。


三人は瞬時にそれぞれの得物を構えるような構えを取り、男の子と私の間に割り込むようにして身構える。


無理もない。


ここは世界最強の大魔女が、幾重にも重厚な魔術構成で張り巡らせた絶対不可侵の結界の内部だ。


ただの五歳児が、何の手応えもなくすり抜けて来られるはずがない。


「チッ、どこの刺客だ…!?師匠、下がっとれ!」


「ボクの幻術の層を認識すらさせずに抜けるなんてね。可愛い皮を被った化け物かな?」


「まったく、羽虫の次はこれかい?鬱陶しいな、僕が今すぐ塵にしてあげるよ」


殺気立つ三人。


元国立魔導騎士としての戦闘本能が、最警戒アラートを鳴らしている。


しかし、その重苦しい空気を、背後からのんきな声がぶち壊した。


「どうしたの?君もアイスキャンディーいる?」


「「「はあぁ!?」」」


三人の絶叫を他所に、私は無防備の極みのような足取りでトコトコと男の子に近寄っていく。


前世の限界社畜OLの悲しい性というか、小さな子供が物欲しそうにしていれば、ついおやつをあげたくなるのだ。


「師匠!!待て、そいつは…っ!」


シエルが手を伸ばす。


だが、一歩遅かった。


子供の後ろの空間が、ぐにゃりと歪んだ。


影が膨れ上がり、そこから現れたのは、世界の理を歪めるような、おぞましく禍々しい「なにか」。


それは巨大な爪のような形を成し、子供ごと私を喰らおうと、音もなく振り下ろされ…。


「人権擁護パンチ!!!!!」


ドゴォン!!!!!


凄まじい衝撃音が響き渡った。


私が全力で繰り出した綺麗なグーパンチ…『人権擁護パンチ』が、「なにか」の顔面にクリーンヒットしたのだ。


世界を滅ぼしかねない濃度を持っていたはずの禍々しいナニカは、私の拳に込められた圧倒的すぎる暴力的な魔力量に耐えきれず、断末魔の悲鳴をあげる暇さえなく、一瞬で綺麗な霧となって霧散した。


静寂が訪れる。


あまりの光景に、シエルは差し伸べた手の形のまま固まり、ジルは開いた口が塞がらず、クリスティアンに至っては愛剣を落としそうになっていた。


私は痛む拳をふーふーと吹きながら、目の前で目を丸くしている五歳児に、にっこりと微笑みかけた。


「さあ、君の人権は今守られたからね。はい、アイスキャンディー」


「わーい!おねえちゃんありがとう!」


何が起きたか分かっていない子供は、手渡されたアイスキャンディーを嬉しそうに受け取り、さっそくシャリシャリと齧り始める。


そんな微笑ましい二人の姿を見つめながら、男の子三人組はゆっくりと構えを解いた。


その背中には、冷や汗がだくだくと流れている。


(やっぱり、この師匠は頭ひとつ抜けてる…)


自分たちがどれだけ前世の戦闘技術を磨き直そうが、この世界の異質な魔術を学び直そうが、関係ない。


目の前の大魔女は、そんな理屈をすべて「圧倒的な魔力による物理」で叩き潰してしまうのだから。


呆然とする三人を振り返り、私は「ほら、三人の分もまだまだいっぱいあるよ!」と笑いかける。


その圧倒的な強さと、それに見合わない無防備な優しさに、三人は改めて(やっぱり、僕たちがこの人を守らなきゃ…いや、物理的には守る必要ないんだけど、精神的にね!)と、歪んだ独占欲と依存心をさらに深めるのだった。







拾った頃は小さくて泥塗れだった男の子三人組も、今や18歳前後の見事な体躯へと成長を遂げていた。


元国立魔導騎士としての魂に引っ張られたのか、全員がそれぞれの全盛期を思わせる、見栄えのする容姿と高い身長を手に入れている。


対する私はといえば。


「…ねえ。なんで私、ここで成長止まったのかな」


鏡の前で、私は自分の姿を見つめて声を漏らした。


身長150センチ、童顔。


おまけに、大魔女として贅沢に美味しいものを食べ、引きこもって魔術研究ばかりしていたせいか、全体的にふっくらとしたマシュマロ体型である。


千年以上生きてこれだ、悲しい。


そこへ、部屋に入ってきた三人が私の姿を見て、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。


「おや、師匠。また鏡と睨めっこかい?無駄な抵抗はよしなよ。僕たちの胸のあたりまでしか頭がないんだから、どこからどう見ても『ちんちくりん』じゃないか」


「ちょっとシエル!ちんちくりんって言った!?」


「あはは、本当だ!師匠ってば、ボクたちが子供の頃から横幅しか育ってないよね。もちもちしてて可愛いから、ボクは今のマシュマロみたいな師匠が大好きだけど?」


「ジル、褒めてるフリしてディスるのやめて!?」


シエルが涼しい顔で頭の上から見下ろしてくれば、ジルはわざとらしく私の二の腕や頬を指先でツンツンと突ついて笑う。


二人の容赦ない身長いじりに、私がキーキーと怒っていると、最後に控えていたクリスティアンが、やれやれと首を振って私の頭にポンと手を置いた。


「おいお前ら、師匠をあんまりいじめるなや…まぁ、確かに師匠はちまいし、丸っこくて、おなごとしての色気にはちくと欠けるかもしれんがのぅ」


「クリスティアンまでそっちの味方するの!?限界OL時代もこんなにスタイル悪くなかったもん!もう知らない!」


信頼していたクリスティアンにまでトドメを刺され、私の心は完全に折れた。


前世の記憶にある「標準的な大人の女性」になりたかった。


三人のようにシュッとスタイル抜群になりたかったのに。


視界がじわじわと涙で滲んでいく。


私はぎゅっと拳を握りしめ、大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて、うるうるしながら三人を睨みつけた。


「…もういい。こうなったら、今から『骨の成長を限界突破させて身長を20センチ伸ばす魔法』を作る…! 理論構成は今ひらめいたから、数式組んでくるもん…!!」


ポロッと大粒の涙をこぼしながら、私が本気で大魔術の構築を始めようと魔導書を開いた瞬間。


三人の顔色が一瞬で真っ青に変わった。


「待って待って待って!!師匠、ストップ!僕たちが悪かった、僕が悪かったからその危なっかしい大魔術を今すぐゴミ箱に捨てておくれ!!」


さっきまでの冷笑はどこへやら、シエルが本気で焦った顔で私の肩をガシッと掴んで引き留める。


「そうだよ師匠!ごめんごめん、ボクたちの冗談が過ぎたよ!骨を伸ばすなんて絶対にダメ! もし失敗して師匠の身体に何かあったら、ボクは世界を滅ぼさなきゃいけなくなっちゃう!」


ジルも大慌てで私の魔導書を取り上げ、胸元にかき抱いて隠した。


「し、師匠!わしが悪かったきに、泣かんでくれんか! 師匠はその、ちんちくりんで…いや、ちまくて丸いのが一番ええんじゃ! 抱き心地も抜群じゃし、わしはそのままの師匠が一番好きじゃきに!!」


クリスティアンに至っては、泣きそうな顔で私を後ろからすっぽりと抱きしめ、必死でよしよしと頭を撫でてくる。


彼らがここまで必死になるのは、大魔女ミーティーが本気を出せば、本当に世界の法則を書き換えるような「人体改造魔法」を1時間足らずで完成させてしまうと知っているからだ。


そして何より、三人にとって「小さくて、もちもちして、自分たちの腕の中にすっぽり収まる師匠」は、絶対に失いたくない至高の癒やしだった。


「…本当に?そのままでいいの?」


涙目で上目遣いに見上げると、三人は狂ったように何度も首を縦に振った。


「もちろんだよ。僕の腕で包み込むのに、今のサイズが一番ぴったりなんだから。絶対に変わらないで」


「ボクの着せ替え人形にするにも、このもちもち感が最高なんだからね。変な魔法は禁止!」


「おう、わしがいつでも抱っこして歩いてやるきに、一生そのままでおれ!」


「えへへ、じゃあ魔法作るのやめる。みんな大好き!」


コロッと機嫌を直して笑う私を見て、三人は盛大なため息をつきながら胸をなでおろした。


(危なかった…この人の無自覚な規格外さだけは、いつまで経っても心臓に悪い…)


全員でそんなアイコンタクトを交わしながら。


小柄な師匠を三人の大きな体で挟み込むようにして、彼らの歪で過保護な依存心は、今日も平和に(?)満たされていくのだった。







ある日、大魔女の館に珍しく、正当な手続きでアポイントメントを取った一人の人間の男がやってきた。


男は青ざめた顔で、持参した複数のトランクを床に広げる。


中には、目が眩むほどの大量の宝石と金貨が詰まっていた。


「お願いがあります。大魔女様」


床に額を擦りつけんばかりに頭を下げる男を、私はふかふかのソファに深く腰掛けたまま、冷めた目で見下ろした。


「ぶっちゃけ私、生活に困ってないから貢物はいらないんだけど…なに?」


前世の限界社畜OL時代なら狂喜乱舞したであろう財宝だが、千年も生き、自給自足の極みにいる大魔女にとってはただの輝く石ころに過ぎない。


男は、震える声で本題を口にした。


「死んだ恋人を、生き返らせてほしいのです」


その言葉が落ちた瞬間、私の背後に控えていたシエル、ジル、クリスティアンの空気が、ピリッと張り詰めた。


「死者の蘇生」…それは紛れもない『禁忌』の領域だ。


だが、世界最強の大魔女である私なら、できる。


できるからこそ、魔女や魔法使いという存在は、人々に恐れられ、忌み嫌われるのだ。


そして、私に育てられたこの三人にとっても、その気になれば「できることには、できる」領域だった。


だからこそ、三人は黙って私の出方を見守っている。


「うーん…」


私は頬杖をつき、財宝を爪先で軽く小突いた。


「でもそれじゃあ…その金貨や宝石じゃあ、対価にならないねぇ」


「なら、対価は!?何を差し出せばいい…!おれの命か!?」


必死に縋りつく男に、私は声音を一段と冷たく、静かに響かせた。


「…なら、恋人との記憶も全て含めて、君の人生丸ごとの記憶を捧げようか」


「っ…!!!」


男が息を呑む。


背後で、シエルたちが微かに目を見張る気配がした。


死者をこの世に引き留めるには、ただの物質では足りない。ひとつの魂の理を捻じ曲げるなら、それに見合うだけの「魂の質量」が必要だ。


男がその恋人を愛し、共に生きてきた時間、そのすべての記憶という概念を擦り潰して初めて、蘇生の天秤は釣り合う。


それは、恋人が生き返っても、男の側には「彼女を愛していた」という事実も、名前さえも残らないことを意味していた。


(へえ。これが、大魔女ミーティーの本質か)


シエルが、底冷えするような笑みを噛み殺す。


普段のちんちくりんで甘えん坊な師匠とは違う、世界の理そのもののようなシビアさに、三人は圧倒され、同時にゾクゾクとするような狂おしい愛着を深めていた。


「…それでも、構いません。彼女が、生きていてくれるなら」


男は、震えながらも、確かに頷いた。


「おっけー。契約成立」


私がパチンと指を鳴らすと、館の床に巨大な魔術陣が展開した。まばゆい光の中、虚空からゆっくりと、一人の若い女性の身体が形作られていく。


同時に、男の目から、すうっと光が消えていった。


「……あ、れ…? ぼくは、ここで何を…?」


ぽかんとした顔で周囲を見渡す男。


彼の頭からは、死んだ恋人のことも、彼女を救うために生きてきた人生の記憶も、すべて消え失せていた。


「んっ…」


やがて、床に横たわっていた女性が、奇跡のようにパチリと目を覚ます。


彼女は自分の身体を見つめ、それから目の前にいる男を見て、なぜか理由も分からずに大粒の涙をボロボロと流し始めた。


「あなた…だれ、ですか? どうして、こんなに胸が苦しいの…?」


男の側には何の記憶もない。


女性の側にも、彼が自分を救ったという記憶は一切ない。


ただ、魂に刻まれた喪失感だけが、彼女を泣かせていた。


二人は互いに他人として、不思議そうに見つめ合いながら、やがて館を去っていった。


静まり返った室内で、私は手元に残った透明なガラス瓶を見つめる。


その中には、男から収穫した「恋人との記憶」が、淡い極光のような美しい『概念』となって、ゆらゆらと揺らめいていた。私はそれを、棚の特等席に大切に保管する。


「はぁ。大魔女って大変だなぁ。あんなにボロボロ泣かれちゃってさ」


ジルが肩をすくめ、クリスティアンも「わしにはちくと、よぉ分からん世界じゃ」と腕を組む。


シエルは棚の瓶を見つめながら、「でも、理に適っているよ」と呟いた。


私は椅子からぴょんと飛び降りると、いつものマシュマロのような笑顔に戻って、三人を見上げた。


「みんなも、いつか誰かのために禁忌を踏み抜く時が来るかもしれない。その時はね、ちゃーんと、それに見合う対価を取るんだよ。タダで奇跡を起こしちゃダメ。世界がバグっちゃうからね」


その言葉に、三人は静かに微笑んだ。


(誰かのために、禁忌を踏み抜く時、か)


彼らにとって、その「誰か」が目の前の師匠以外にあり得ないことを、ミーティーだけがまだ知らない。


彼らなら、彼女を永遠にするためなら、世界そのものを対価にして差し出すだろう。


「はーい、お説教終わり! 緊張したらお腹空いちゃった。クリスティアン、今日のご飯なに?」


「お、おう! 今日は師匠の好きな肉料理じゃ!」


いつもの騒がしい日常に戻っていく館で、淡く光る記憶の瓶だけが、大魔女の冷徹な優しさを証明するように静かに佇んでいた。








「大変、みんな集まって!!!ついに…ついに完成しちゃった!!!」


ある日の午後。研究室から、ミーティーの切羽詰まった大声が響き渡った。


その緊迫した声に、リビングで寛いでいた三人は一瞬で総毛立ち、弾かれたように扉を蹴破って飛び込んできた。


「どうした師匠!敵襲か!?」


クリスティアンが愛剣の柄に手をかけ、目を血走らせる。


「まさかボクの結界が破られたの!?どんな大魔術の暴走だい!?」


ジルが冷や汗を流しながら、すでに幻術の構成を指先に紡ぎ始めている。


「チッ、またあの時の『なにか』の類か…?師匠、僕の後ろに…」


シエルが最悪の事態(世界滅亡クラスのバグなど)を想定し、ミーティーの前に立ちはだかろうとした、その時。


「聞いて!『世界を救う魔法』が出来たの!!!」


ミーティーは、机の上に置かれた『謎の木製ガジェット』を両手で掲げ、涙目で大絶叫した。


「…は?」


「何する気だ、お前…!?」


あまりの不穏なワードに、三人の脳裏に最悪のシナリオが過る。


この大魔女が本気で「世界を救う」などと言い出したら、それは既存の全人類の精神を書き換えるか、あるいは世界の理そのものを再構築するような、文字通りの『世界を改変する』クラスの大禁忌に違いない。


前世で魔王の蹂躙した世界を修復してきた元国立魔導騎士の彼らだからこそ、その言葉の重みに、心臓が爆発しそうなほどの緊張が走った。


息を呑み、ミーティーの次の行動を凝視する三人。


しかし、ミーティーはその『謎の木製ガジェット』を、自分の肩とお尻のあたりに交互にポンポンと押し当て始めた。


そこから、微弱な低周波のような、心地よい魔力の振動がブーンと室内に響き渡る。


「ふあぁぁぁ…あ、極楽……。人類の平穏には、こういうグッズが必要だよね………!社畜時代に持ってればなぁ…!」


だらしなく顔を綻ばせ、マッサージ機(魔道具)の振動に身を委ねて恍惚の表情を浮かべる大魔女。


「「「……………………」」」


ドサササササッ!!! と、三人が物凄い音を立ててその場にずっこけた。


「…マッサージ機」


シエルが目を点にして呟いた。


「ねえ師匠、お願いだからボクたちの寿命を縮めないでくれるかなぁ!?世界を救う魔法って、ただの肩こり解消グッズのこと!?」


ジルが頭を抱えて叫ぶ。


「お、おんしゃあ、わしらがどれだけ肝を冷やしたか分かっとるんか!世界の危機かと思うたろうが!!」


クリスティアンが剣を鞘に収めながら、がっくりと肩を落として床にへたり込んだ。


世界滅亡の危機を本気で警戒したのに、中身はまさかの「前世のOL時代の知恵を活かした、超高性能リラクゼーション魔道具」である。


あまりの落差に、三人の疲労感はマッサージが必要なレベルで急上昇していた。


しかし、ミーティーはそんな弟子たちの脱力っぷりなどどこ吹く風で、きらきらと目を輝かせてマッサージ機を差し出してきた。


「何言ってるの三人とも!万病の元はストレスと血行不良だよ!?これ、大魔術の術式を応用して、魂のコリまでほぐす優れものなんだから!ほら、みんなも使ってみて!」


「いらないよ、そんなくだらない…」


シエルが拒絶しようとしたが、ミーティーは聞いちゃいない。


トコトコと歩み寄ると、まずは一番お疲れモードのシエルの肩に、容赦なくその魔導マッサージ機を押し当てた。


ブーン!


「あ」


シエルの目がカッと見開かれた。


かつて国立魔導騎士第一部隊隊長として、そして世界の救いとして背負い続けてきた、魂の奥底にこびりついていた「ドロドロとした精神的疲労」が、大魔女のバカげた魔力の振動によって、ものすごい勢いでクレンジングされていく。


「…っ、ん、あ?な、何これ…嘘、でしょ…?」


あまりの心地よさに、あのプライドの高いシエルの膝がガクガクと震え、壁にもたれかかってズルズルと崩れ落ちていく。


「え、ちょっとシエル!?大袈裟だなぁ、ボクにも貸してよ」


ジルが半信半疑でそれを受け取り、自分の首筋に当てた。


ブーン!


「ひゃあ!? …あ、すご、ボクの幻術のノイズが全部消えていく…脳みそがとろける…あはは、これ最高じゃん…」


愉快犯の魔術師が、一瞬でただの「骨抜きにされた泥人形」と化して床に転がった。


「な、なんなんじゃお前ら、情けない声を出しおって!わしがガツンと…あ、師匠、そこはダメ…っ、あぁぁぁ…」


最後に残ったクリスティアンも、ミーティーに直接ふくらはぎに当てられ、国立魔導騎士団長の鋭さはどこへやら、完全に野生を失った大型犬のように床に丸くなってウットリと目を閉じてしまった。


研究室の床には、大魔女の「世界を救う魔法」によって完全無力化された、元最強国立魔導騎士三人組が転がっている。


「ねー?身体が資本なんだから、ちゃんと労わらなきゃダメだよ」


目の前には、満足げにふふんと胸を張るちんちくりんの師匠。


床に転がったまま、シエルはとろけそうな視線でミーティーを見上げ、心の中で静かに毒づいた。


(本当に、この人は…。僕たちの警戒も、暗い依存心も、全部こんなくだらないことで誤魔化しちゃうんだから。………悔しいけど、確かにこれは、僕たちの世界を救う魔法だね)


魂までふにゃふにゃにされてしまった三人は、しばらくの間、師匠の足元から動くことができなくなってしまうのだった。







外の世界で大きな戦争が起きていた。


大魔女の館に、ある国の王から、正当なアポイントメントを取った使者が訪れる。


持参されたのは、一国を買い占められるほどの財宝と、傲慢な「協力要請」の書状だった。


「大魔女ミーティーよ。我が国に仇なす敵国を、その強大な魔力で滅ぼせ」


その不躾な言葉に、背後のシエル、ジル、クリスティアンの三人は、いつでも使者の首を刎ねられるよう魔力を爆発寸前まで昂ぶらせる。


だが、私はふかふかのソファに座ったまま、退屈そうに髪を指に巻きつけた。


「ぶっちゃけ生活に困ってないから貢物はいらないんだけど…。ねえ、大魔女に人を殺させる対価、本当に払えるの?」


「我が王は、望むものすべてを差し出すと仰せだ!」


「そっか。払えるんだね。じゃあ、いいよ」


私がスッと右手を上げた瞬間、三人が血相を変えて前に飛び出してきた。


「待て、師匠!そんな汚い人間の戦争なんか、わしらが代わりに片付けてやるきに!師匠はあのマッサージ機でも使って寝ててくれ!」


「そうだよ師匠、ボクの幻術で敵の頭を狂わせれば一晩で終わる。師匠の手を汚す価値なんてない!」


「下がってなよ、ミーティー。羽虫の駆除は僕たちの仕事だ。君がそんな顔をする必要はない」


私を必死に庇い、代わりに血の海へ飛び込もうとする愛しい弟子たち。


だけど、私は彼らに優しく微笑む。


そしてパチンと、静かに指を鳴らした。


「…え?」


使者が呆然とする。


何も起きていないように見えた。


しかし、大魔女である私が編み上げた術式は、その瞬間に敵国の兵士へ到達していた。


「じゃあ、これで君たちの敵国の兵士は、全滅したよ」


冷徹な事実が告げられる。


一瞬。


あまりに無慈悲な、神のごとき技。


三人は、私の魔力が国の境界線を一瞬で焼き切った感覚を察知し、その絶大すぎる力に息を呑んだ。 


「お、おお…さすがは大魔女様! これで我が国は救われ…!」


「うん。次は、対価だね」


私がもう一度、パチンと指を鳴らした。


その瞬間、歓喜に震えていた使者が、糸が切れた人形のようにドサリと床に倒れ込み、二度と動かなくなった。


「な…っ!?」


驚愕する三人の前で、私は膝を抱えるようにして、悲しみにぽろぽろと涙をこぼした。


「対価は、君たちの王様の国の、全ての人の命。だって、魔女に『死』を望んだんだから。人を呪わば穴二つ。一国を滅ぼす呪いを願ったんだから、自分たちの国も滅びなきゃ、天秤が釣り合わないよ…」


それが、等価交換の理。


それが、この世界で「魔女」が何よりも忌み嫌われ、恐れられる本当の理由。


願えば叶う。


ただし、世界を滅ぼすほどの奇跡を願うなら、願った側も同じだけの地獄を支払わなければならない。


王の国も、敵国も、この瞬間にすべて全滅したのだ。


「…なぁ、師匠。なんで、なんでわしらにやらせんかったがじゃ!?」


クリスティアンがミーティーの肩を掴み、泣きそうな声で叫んだ。


三人がやれば、ただの「人間の戦争」として処理できた。


ミーティーが、こんな罪を背負って泣く必要はなかったのに。


「…だって、こんな悲しいこと、みんながやる必要ないよ」


ミーティーは涙を拭いながら、無理に作った泣き笑いで弟子たちを見つめた。


「みんなには幸せになってほしくて、だから私が育てたんだもん」


前世で過酷な運命に弄ばれ、今世でも化け物として捨てられた三人。


彼らには、もう二度と血の海を歩んでほしくなかった。


ただ、この温かい箱庭で、マッサージ機でも使いながらのんびり生きてほしかったのだ。


その無償の、あまりにも巨大で歪な愛に、三人の胸は狂おしいほどの情念で満たされた。


「…決めたよ」


シエルが、倒れた使者を冷たく見下ろしながら、ミーティーの前に跪いた。


その瞳には、昏い決意が宿っている。


「もう、アポがあろうが無かろうが、外の連中を相手にする必要はない。この館に近付くものは、僕がすべて塵にする」


「そうだね。師匠が優しすぎるから、悪い人間が付け上がるんだ」


ジルがミーティーの涙を指先で優しく拭い、酷薄に微笑む。


「これからはボクたちが、ミーティーの前で誰も『願い』を口にできないようにしてあげる」


「おう、わしらが守るきに! 師匠はここで、わしらのことだけ見て笑っとればええんじゃ!」


クリスティアンがミーティーをきつく抱きしめ、二度と離さないと言わんばかりに力を込めた。


「えー?でも、アポ拒否る気はないよ? 寂しいじゃん」


のんきに首を傾げるミーティーに、三人は顔を見合わせ、静かにクスリと笑った。


(うん、拒否しなくていいよ、師匠。…僕たちが、その前に処理するだけだから)


これからは、外の人間が大魔女に「依頼」をする前に、彼ら三人が「大魔女の弟子」として前に立ち、すべての依頼を精査、あるいは、その場で叩き潰す。


師匠に悲しい奇跡を使わせないために、彼らがこの世界の新たな「壁」になるのだ。


「ほら、お説教もおしまい! 暗い話したらお腹空いちゃった。みんなで美味しいもの食べよ!」


「はいはい、ボクがとっておきのお菓子を出してあげるね」


「わしが肉を焼くきに、師匠は座っとれ!」


「僕は君の隣を貰うよ。ほら、マッサージ機、僕の肩に当ててよ」


世界が二つ滅んだ直後だというのに、館の中には、いつもと変わらない温かく賑やかな空気が満ちていく。


外の世界がどれほど荒れ果てようとも、この美しい箱庭だけは、最強の大魔女と、彼女を狂信する三人の弟子たちによって、永遠に守られ続ける。


歪で、優しくて、絶対に壊れない、彼らだけの幸福な大団円。

ここまでお付き合い頂きありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
「今世は『神の子』扱いされているので~」の反対側、っぽい気もしたけど、ベクトルは一緒だった(≧▽≦) 甘々過ぎて周囲が危険∑(OωO; ) いつしか魔女の館を囲む様に「近寄ると危ない」「触れるな、危険…
>>「花騎士」 (´・ω・)リリースから11年間続けている某ソシャゲしか頭に出てこない… (´・ω・)そっちでは、花騎士は全員女性なんよなー
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