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駒を動かす者

ヘリコプターが、夜の空を切り裂くようにして工業団地の上空を旋回していた。

強力なサーチライトが、外科手術のような正確さで地上を照らし出す。


機内から、サンチェス大尉は双眼鏡越しに現場を見下ろしていた。

誘拐犯の動き、影の揺れ、人質たちの抑え込まれた呼吸——すべてが計算の中にあった。


「大尉、人質を確認しました」


部下の一人が、散らばった集団を指し示す。


「全員、回収可能な位置にいます」


サンチェスは静かにうなずいた。

冷静で、計算された視線。


時間は敵ではない。

味方だ。


命令は明確だった。

失敗は許されない。


「覚えておけ」


彼はアルファチームに低く告げる。


「最優先は人質の安全。

対象は無力化。死者は出すな。

動きは静かに、連携を完璧に。

——結果は“完璧”だけでいい」


同じ光景を、アドリアン・ヴァルモンも見ていた。


街外れのホテル。

肘掛け椅子に身を預け、片手にはまだスマートフォン。


自ら動く必要はなかった。

彼の家名と影響力は、英雄的な救出劇になるはずだった出来事を、完璧に同期した軍事行動へと変えていた。


「サンチェス大尉」


暗号回線越しに、市長の声が響く。


「この作戦は失敗できない。

ヴァルモン家が注視している。

学生たちは、必ず無事に戻せ」


サンチェスは眉をひそめた。

圧力は明確だった。


街だけではない。

軍を動かせる存在が、すぐ背後にいる。


一方、オリバーは崩れた壁の影に身を潜めていた。


拳はまだ固く握られ、呼吸は荒い。

自分が仕掛けるはずだった相手を、兵士たちが次々と無力化していくのを見ていた。


彼が計算し、準備し、覚悟を決めていた一手一手は、

圧倒的な軍事介入の前で、意味を失っていく。


アストリッドは冷たい地面に膝をつき、

保温シートに包まれていた。


大きく見開かれた瞳に映るのは、光、影、そして完全に制御された救出劇。


恐怖。

その後に訪れる、計り知れない安堵。


兵士の手が、彼女の肩にそっと触れた。

——動け、という合図。


規律ある足音。

短く、正確な命令。

安全装置のかかる銃の音。


空気が、作戦の音で満たされていく。


オリバーは兵士を避けるように近づいた。


「……大丈夫か?」


声には、抑えきれない無力感が滲んでいた。


アストリッドは深く息を吸い、混乱した思考を必死に整理する。

彼を見て、そしてヘリの光に照らされた完璧な現場を見た。


「うん……ありがとう」


正直な言葉だった。


「でも……これは……彼のおかげじゃない」


オリバーは拳を強く握り、視線を落とした。


分かっていた。

自分は、これと競えない。


アドリアン・ヴァルモンが一本の電話で動かしたものと。


ホテルで、アドリアンはわずかに微笑んだ。


汗も流していない。

危険にも晒されていない。


彼の介入は、見えず、絶対的だった。


椅子に座ったまま、特殊部隊が人質を確保し、誘拐犯を制圧し、学生を退避させていく様子を眺める。


すべて、設計通り。


バスが再び動き出し、装甲車に護衛される。


「全員、安全を確認」


サンチェスが無線で報告する。


「回収完了」


アストリッドは、自由になったはずの身で、奇妙な違和感を覚えていた。


本当に“救おうとした”のはオリバーだった。

だが、彼は——

物語が最も輝く、その一歩手前で立ち止まっていた。


二人の視線が交わる。


敬意。

感謝。

そして、言葉にできない重さ。


オリバーは静かに息を吐いた。


現実の世界では、

勇気が必ずしも勝利に変わるわけではない。


そして真実は明白だった。


——アドリアンが駒を動かさなければ、

彼の救出は成立しなかった。


作戦終了後、サンチェスはすべてを頭の中で整理した。

行動、判断、人質の数。


報告先はただ一人。


ヴァルモン家の後継者。


小さなホテルで、アドリアンはコーヒーカップから視線を上げた。

夕方の風が、開いた窓から入り込む。


安全と支配の匂い。


その時、彼は理解した。

どの小説も教えてくれない真実を。


——悪役は、力を持てば戦う必要がない。


正しい駒を、正しい場所に置くだけでいい。


救出は終わった。

学生たちは無事だ。


だが、物語は——

もはや英雄のものではなかった。


夜が更け、バスがホテルに到着する。


学生たちは震えながら降りてきた。

安堵と混乱を抱えて。


完璧な作戦。

無駄な銃声は一つもない。


その頃、ホテルのプールで、

アドリアン・ヴァルモンは静かに泳いでいた。


一つ一つの動きが、支配と余裕の象徴。

誰も触れない。

誰も逆らえない。


サンチェス大尉が、完璧な敬礼とともに報告する。


「人質は全員無事です。

被害なし。

誘拐犯は全員制圧しました」


アドリアンはわずかにうなずき、何も言わない。


称賛も、礼も不要だった。


オリバーは遠くからそれを見て、歯を食いしばった。


——戦った。

——命を賭けた。


それでも、現実は告げる。


英雄だけでは、足りない。


アストリッドも、ゆっくりと理解していった。


小説の中の救出劇は、

誰も“本当の力”を持っていない世界でしか成立しない。


ヴァレンハイムでは、

力、影響力、そして家名が結末を決める。


プールを泳ぐアドリアンは、それを誰よりも知っていた。


震える手で、アストリッドは彼に近づく。


「……ありがとう」


小さな声だった。


アドリアンはちらりと彼女を見ただけで、

静かにうなずき、再び泳ぎ続けた。


まるで、

すべてが当然であるかのように。

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"読んでいただきありがとうございます!コロンビア人ですが、日本のアニメや小説が大好きで頑張って書いています。翻訳ツールを使っての投稿ですが、楽しんでいただければ幸いです。"
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