表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/72

禁忌の混成体

執務室の扉が静かに開いた。

蘇美蘭スー・メイランが入ってくる。最近では、まるで習慣のように、定期的にアドリアンの「世界」を確認しに来ていた。


一歩踏み入れた瞬間、彼女の視線が止まる。


アドリアンの顔には、まだ新しい切り傷が走っていた。

唇には乾いた血の線が残り、頬には青あざが浮かび始めている。


「……まあ」


彼女は、小さく呟いた。ほとんど独り言のように。


アドリアンは机からほとんど顔を上げない。

彼は新しい原材料輸送計画の設計図に集中していた。


蘇美蘭が近づく。

図面を指し示そうとした時、無意識に彼の唇の傷に触れてしまった。


ほんの一瞬の接触。

だが、それだけで二人の背筋に小さな震えが走る。


重く、曖昧な沈黙が落ちた。

風すら、割って入るのを躊躇うようだった。


アドリアンは瞬きをし、触れられたことには反応せず、淡々と言った。


「輸送がボトルネックだ」


蘇美蘭はゆっくり手を引いた。

ようやく距離の近さに気づいたように背筋を伸ばす。


「……どういう意味?」


アドリアンは巻物を彼女へ向けた。

それは修行図でも霊脈地図でもない。


単純な線。

矢印。

積荷。

距離。


「この世界の物流は全部おかしい」

「遅すぎる。高すぎる。高位修士に依存しすぎている」


彼は赤い線で示されたルートを指した。


「陸路。隊商。霊獣。武装護衛」

「三週間かかる。本来は三日で済む距離だ」


蘇美蘭は腕を組む。


「飛行霊船は高価よ。まだ買えない」


「そうだな」

アドリアンは頷いた。


「しかも持っているのは大宗門か皇族か、再現不能な遺物だけだ」

「解決策じゃない。特権だ」


彼女の興味が、はっきりと動いた。


「じゃあ提案は?」

「まさか……奪う気?」


アドリアンは首を振った。


「作る」


別の巻物を広げる。

そこに描かれていたのは、奇妙な設計図だった。


細長い翼。

湾曲した表面。

霊器にも霊獣にも見えない構造。


蘇美蘭は眉をひそめ、机へ身を乗り出した。


「……これは霊器じゃない」


「違う」


アドリアンは翼の構造を指差す。


「霊核がない」

「符文もない」

「陣式もない……」


彼女の指が紙の端をなぞる。

再び、わずかな接触。


視線が交差する。

一瞬長く続いた。


彼女は本能的に霊感を巡らせた。


――何もない。


完全な無反応。

死んだ木片を見るようだった。


「……なら、どうやって飛ぶの?」


アドリアンは彼女を見つめた。

距離が、妙に近い。


窓から差し込む光が、彼女の輪郭を柔らかく照らしていた。


「飛ばない」


彼は言った。


「落ちるんだ」

「ただし、あまりにも制御された落下だから――世界が飛んでいると錯覚する」


沈黙。


だが、不快ではない。

濃密だった。


蘇美蘭の背筋に冷たいものが走る。


この世界では、すべては天に従う。

すべてはダオに繋がる核を必要とする。


それなのに――

これは、ただ機能する。


挑戦も。

傲慢も。

凝縮された気もない。


ただ、結果だけ。


しかも恐ろしいほど有効な結果。


アドリアンが身を乗り出し、内部回路の図を指した。

肩が触れる。


どちらも離れない。


微かな熱。

理解できない電流のような感覚。


蘇美蘭は深く息を吸った。


「……不穏ね」


ほとんど囁きだった。


「まだ理解する必要はない」

アドリアンは薄く笑う。


「動けばいい」


図面を交換する際、再び指が触れ合う。

どちらも、先に離れようとしなかった。


玉閣の地下工房は、オゾンと熱した金属の匂いに満ちていた。

そこに、蘇美蘭の淡い香りが混ざる。


そこは伝統的な錬丹場ではない。

鼎も祭壇もない。


あるのは作業台、精密工具、黙々と働く職人と弟子たち。


工房中央には――

猛禽の骨格のような構造体が立っていた。


霊銀合金と霊木で構成されている。


羽はない。

代わりに、構造骨格と制御パネル。


「主骨格は穆長老が設計した」

アドリアンが言った。


「引退前は宗門最高の工匠だった。霊船を作っていた頃の人だ」


蘇美蘭は構造を観察する。

重心配置。

振動吸収。

霊木の特性。


「つまり……あなたの作品じゃないのね」


「俺は鍛冶屋じゃない」

彼は自然に答えた。


「必要条件を説明しただけだ」

「軽量、耐久、対称性」


「三日間、議論したがな」


蘇美蘭の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


アドリアンは精密レンチでネジを調整しながら続けた。


「翼の迎角が揚力を生む」

「純粋な物理だ」


「ただし離陸には追加推進が必要になる」


蘇美蘭は後部区画へ歩く。

翡翠核が銅管と密閉室に接続されている。


彼女は設計を確認した。


「元の陣式は硬すぎる」

「穆長老は構造安定しか見ていない」


彼女は小室を指でなぞった。


「ここを改良した」

「気を短いパルスで燃焼室へ送れば、推力が安定する」


少し考え、言葉を選ぶ。


「……これは魔法じゃない」

「推進よ」


指先が操作盤で触れ合う。

離れない。


沈黙が電流のように走る。

職人たちは見ていないふりをした。


蘇美蘭が顔を上げる。


「もしこれが飛べば……」


彼女の顔は、彼のすぐ近くにあった。


「距離という概念は崩壊するわ」


アドリアンの喉が鳴る。

危険ではない。


説明不能な化学反応だった。


何か言おうとした、その瞬間――


【DING】


冷たい機械音が脳内に響く。


【メインイベント発生】

【任務:天命の子選抜大会に参加】

【最終目標:決勝で葉晨に敗北】

【失敗時:魂消滅】


アドリアンは目を閉じ、ゆっくり息を吐いた。


「……どうしたの?」

蘇美蘭が尋ねる。


「いや」

彼は疲れた笑みを浮かべた。


「剣闘士ごっこに行かなきゃならないらしい」

「宗門が次の“天命の子”を選ぶんだ」


蘇美蘭は瞬いた。


「出場するの?」

「その宗門は必要ないでしょう」


アドリアンは未完成の機体を見つめる。


「分かってる」


静かに言った。


「でも祖父が宗門にいる」

「家の伝統だ」


彼は顔を上げる。

皮肉と諦めが混じった表情。


「祖父の最大の夢は――」

「自分の血を引く者が頂点に立つことなんだ」


工房は再び静まり返った。


飛行機は待っている。

職人たちも。


そして空は――

まだ、自分に何が起こるのか知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
"読んでいただきありがとうございます!コロンビア人ですが、日本のアニメや小説が大好きで頑張って書いています。翻訳ツールを使っての投稿ですが、楽しんでいただければ幸いです。"
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ