悪役指定の日
入門登録の日がついにやってきた。
旗がはためき、鐘が鳴り響く。
長老たちは空中に浮かび、まるでそれが日常であるかのように振る舞っている――農民を驚かせるためだけに霊力を無駄遣いしているというのに。
仙門は弟子を募集していた。
数千人の若者が広場を埋め尽くし、
瞳を輝かせ、拳を握りしめ、
自分こそが特別な存在だと信じて疑わない。
アドリアン・ヴァルモントは、側面の観覧台から腕を組みながらその光景を見下ろしていた。
「……また主人公量産工場か」
誰も聞いていない。
実に結構。
彼は入門希望者ではない。
それは数年前に終わった話だ。
彼は長老の孫だった。
重要人物の孫でも、強者の孫でもない。
誰も正式な名前を覚えていない――
三百年前から“大長老リン”など存在しないのに、未だに「小リン長老」と呼ばれている男の孫だった。
特典:
そこそこ快適な住居
二級図書館の閲覧権
直接的に絡まれることはない
そして、真の罰:
誰からも期待されない
――脇役悪役としては、最高の立場だった。
中央の壇上。
そこに、彼女がいた。
リン・ユエ。
仙門の聖女。
純白の衣。澄みきった霊気。計算された微笑。
冷たすぎず、近すぎない距離感。
どんな読者でも理解するために作られた存在。
――「この女は、お前のものではない」
アドリアンは二秒だけ彼女を見た。
「はいはい……未来の主人公の嫁ね。テンプレ乙」
その隣では、一人の青年が自然体で笑いながら彼女と話している。
システムの説明など必要なかった。
彼は一瞬で理解した。
――天命の主人公。
まだ正式な称号もなく、
まだ“神の子”とも呼ばれていない。
それでもすでに、世界が彼の物語のために動いている。
そして最悪なことに――
聖女は、すでに彼の友人だった。
天は、物語を先行させていた。
高台から声が響いた。
「入門試験を開始する! 才能は天命によって選別される!」
アドリアンは思わずむせそうになった。
「天命だぁ? ……大げさな連中め」
その瞬間だった。
彼は感じ取った。
⚠ 物語役割システム 起動 ⚠
任務確定:序盤悪役
主機能:
・主人公に対立を生む
・主人公を過小評価する
・公衆の前で敗北する
補足:
屈辱は“天命の子”の成長に必要不可欠。
アドリアンは目を閉じた。
深呼吸。
三秒。
「……断る」
静寂。
やがて冷たい声が返る。
修正:
選択権は存在しない。
アドリアンは微笑んだ。
怒りでもなく。
恐怖でもなく。
――脚本を読み終えた読者が、改変を考える時の笑みだった。
「安心しろよ。協力はする」
広場では試験が続いていた。
間もなく主人公が才能を見せる。
間もなく長老が驚く。
間もなく悪役が挑発し、叩き潰される。
脚本は完璧だった。
ただ一つ――
天が知らないことがあった。
アドリアンは勝つ気がない。
輝く気もない。
主人公に挑む気もない。
彼が考えていたのは、もっと最悪な選択。
全部、最速で終わらせることだった。
試験は予定通りに終わった。
主人公は輝いた。
まだ過剰ではない。
しかし十分だった。
長老が前のめりになるほどに。
弟子たちがざわめくほどに。
聖女が、ほんの少しだけ笑みを深めるほどに。
天は満足していた。
そして――
アドリアンの番が来た。
システムが震える。
副任務発動:
・聖女への嫉妬を示す
・天命の子を挑発する
・公開対立を開始する
アドリアンは顔を上げた。
リン・ユエが主人公の隣に立っている。
親密ではない。
だが、十分だった。
彼は彼女を見た。
憎しみを込めて。
静かな憎悪。
演技ではない。
まるで――
彼女が問題の一部であるかのような視線。
それは脚本には存在しなかった。
リン・ユエは、それを感じ取った。
振り向く。
目が合う。
ほんの数秒。
だが十分だった。
かつての彼の瞳には、
未熟で鬱陶しいほどの憧れがあった。
だが今は――
嫉妬でもない。
失恋でもない。
拒絶。
リン・ユエはわずかに眉をひそめた。
天はそれに気づかない。
天は、人間の視線を理解できない。
アドリアンは試験円に入った。
システムは歓喜する。
挑発フェーズ確認。
「お前がイェ・チェンか?」
静かな声。
「……思ったより普通だな」
ざわめきが広がる。
完璧だ。
典型的な導入。
「何が言いたい?」
アドリアンは肩をすくめる。
「霊根はそこそこ。才能も悪くない。
……田舎を探せば、似た奴はいくらでもいる」
空気が凍る。
「言葉に気をつけろ」
「いや、分かってるよ」
アドリアンは静かに言った。
「“自分が輝いてる”って思ってる奴と話してる」
沈黙。
「教えてくれ。
もう特別だって言われたのか?
それとも、まだ世界の承認待ちか?」
群衆が揺れる。
拳が握られる。
天は歓喜していた。
そして――
アドリアンは深呼吸した。
「……でも安心しろ」
振り向く。
「今日は証明する必要はない」
彼は背を向けた。
「俺は降参する」
沈黙。
「……は?」
「言うことは言った。
戦う意味はない」
彼はそのままリングを降りた。
結果記録:
悪役敗北 ✔
任務完了 ✔
しかし――
歓声はない。
爆発的覚醒もない。
カタルシスもない。
主人公は立ち尽くした。
聖女は拍手しなかった。
長老たちは顔を見合わせた。
何かが狂っていた。
警告:
感情結果が予測と一致しません。
アドリアンは小さく笑った。
「ちゃんと負けただろ?」
沈黙。
「……感情まで管理するのか?」
システムは答えなかった。
遠くから、リン・ユエが彼を見ていた。
軽蔑でもない。
同情でもない。
疑念。
そしてその疑念は――
どの物語にも存在しない裂け目だった。




