巨人たちのゲーム(後半)
スターリング邸の前で車が止まった瞬間、セレーネは無意識に背筋を伸ばした。
建物そのものが語っていた。
――ここでは、凡庸さは即座に淘汰される。
完璧なタイミングで扉が開き、キャサリンが姿を現した。
柔らかな笑顔、計算された所作、隙のない立ち姿。
近づくだけで空気が整えられるような、静かな支配力を放っていた。
その背後から、アドリアン・ヴァルモンが現れる。
一歩。
ただそれだけで、空間の主導権が彼に移った。
仕立ての良いスーツ、無駄のない動き、冷静で研ぎ澄まされた視線。
彼は何も誇示しない。
誇示する必要がないからだ。
マックスの胸が強く脈打った。
(……来た)
脳裏で、即座に警告音が鳴り響く。
DING.
【資本の英雄システム】
ヴィラン検知:アドリアン・ヴァルモン
推定レベル:9001
リスク評価:極大
ただ視界に入っただけで、圧力がかかる。
嫉妬、焦燥、そして圧倒的な格差。
アドリアンの存在そのものが、マックスの精神リソースを削っていく。
(落ち着け……見るだけだ。介入するな)
「どうぞ」
アドリアンの声は低く、礼儀正しい。
だが距離は一切縮まらない。
室内に入り、セレーネはすぐにタブレットを起動し、オーロラ・キャピタルの収益予測を投影した。
数字、曲線、成長率。
すべてが美しく整えられている。
アドリアンは黙って眺めていた。
数秒。
それだけで十分だった。
「この構成なら――」
彼は淡々と言った。
「私が動けば、君の想定利益を簡単に二倍にできる」
その瞬間。
DING.
⚠ 警告
【ヴィランが優位を獲得】
ペナルティ発生:
・資本XP −30(マックス)
マックスの視界が一瞬、暗転する。
(またか……)
セレーネは動じない。
「ええ。だからこそ、私の条件が必要です」
「初期投資と資本はあなた。運用と制御は私。配分は40%」
アドリアンは口元だけで笑った。
「私が負債を引き受け、拡張を早めれば――70%も可能だ」
DING.
⚠ ヴィラン優位拡大
・資本XP −20
・モラル −5
マックスは奥歯を噛みしめた。
数字が動くたびに、彼の内部ステータスが削られていく。
セレーネは冷静に返す。
「それでは安定性が崩れます。
短期では勝てても、長期では信用を失う」
DING.
【影響力 +15】(セレーネ交渉成功)
【資本XP −10】(ヴィラン利益維持)
マックスだけが、その代償を受け取っていた。
(セレーネは完璧だ……なのに、なぜ俺だけが罰を受ける?)
交渉は続く。
一%、二%。
数字が動くたび、警告が鳴る。
ALERT:
ヴィラン利益率 > 1.3x
→ 自動ペナルティ準備中
やがて、アドリアンはグラスを置いた。
「いいだろう。60%は私。40%は君だ、セレーネ」
「運用権も約束する」
DING.
ミッション結果:成立(条件未達)
・資本XP −50(マックス)
・モラル/倫理 −10
マックスの胸に、鈍い痛みが走った。
セレーネは誇り高くうなずいた。
対等に渡り合い、主導権を守ったのだから。
だがマックスだけが知っている。
――この勝利は、自分の敗北と引き換えだった。
キャサリンは満足そうに微笑み、
アドリアンはワイングラスを掲げた。
盤上では、彼が完全な勝者だった。
その瞬間。
DING.
DING.
DING.
【緊急イベント発生】
破綻イベント解放
緊急ミッション:
「オーロラ・キャピタル第一貨物を妨害し、ヴィランの利益を削減せよ」
制限時間:7日
失敗時:
・資本XP 致命的減少
・リスク/勇気 恒久低下
マックスは息をのんだ。
(……裏切れ、ってことか)
成功すれば報酬。
失敗すれば崩壊。
拒否すれば、システムに殺される。
セレーネは何も知らず、静かに資料を閉じていた。
完璧な交渉の余韻の中で。
マックスだけが、見えない戦場に立たされていた。
――このゲームは、彼一人だけが命を賭ける戦争だった。




