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意思の先へ

レナード・ロシュは、ヴァルモント・グローバルの大統領執務室へ足を踏み入れた。

そこは、ごく限られた者だけが許される場所。

そして一度招かれた者は、二度と「取るに足らない存在」には戻れない——そんな確信を伴う空間だった。


皺ひとつないダークスーツ。

計算された微笑。

大理石の床に刻まれる一歩一歩は、まるでこの部屋が過去の挑戦者を覚えているかのように慎重だった。


敬意を示すための動作。

——少しだけ、必要以上に。


それは服従ではない。

生き残るための“技術”だった。


「ヴァルモント様」

彼は軽く頭を下げた。

「急なお願いにもかかわらず、お時間をいただき感謝いたします」


アドリアンは顔を上げ、落ち着いた礼儀で応じた。

その視線には、わずかな興味が宿っている。

アストリッドから連絡はあったが、父親まで同行するとは聞いていなかった。


「興味深い話に、時間がないことはありません」

彼はそう言って、先を促した。


——しかし、アストリッドは待たなかった。


彼女は机を回り込み、まるで境界など存在しないかのように自然な動きで近づく。

そこが、すでに自分の場所であるかのように。


レナードは一瞬だけ眉をひそめた。

視線で問いかける。

挨拶は? 説明は?


——何もない。


アストリッドは、アドリアンの膝の上に腰を下ろした。


演出ではなかった。

挑発でもない。


それは、当然のように受け入れられた“親密さ”だった。


まるで、世界の方が先に二人の関係を決めていたかのように。


アドリアンは反射的に動いた。

彼女がそこに座るとき、いつもそうするように、自然に手を回す。


短い動作。

私的で、取り消せない。


気づいたときには、手を離さなかった。


それを、レナードは見てしまった。

問いを発することもできず、目を見開いたまま、必死に状況を理解しようとする。


アストリッドは肘を椅子の背に預け、余裕の笑みを浮かべる。


「父は、私を結婚させたがってるの」

天気の話でもするような軽さで言った。

「田舎の男と」


一拍。

意図的な間。


「——でも、私は嫌」


足元の何かが崩れた。


それは恥ではなかった。

理解だった。


市場で生き残るために鍛えられた彼の頭脳が、不快なほど鮮明に点を結び始める。

説明もなく消えた破産危機。

突然現れた契約。

折り返される電話。

開かれた扉。


奇跡ではない。


——彼だ。

そして、アストリッド。


この部屋の正体が、ようやく理解できた。

ここは交渉の場ではない。


結果が下される場所だ。


もし、この若き支配者を怒らせるのではなく、

“煩わせる”ようなことがあれば——

消された過去は、同じ容易さで戻ってくる。


地獄は背後にない。

ただ、許可を待っているだけだ。


アドリアンが彼を見る。

今度は、微笑みなしで。


「その話、気に入りません」

静かに言った。

「強制された関係は。特に——私的な問題に干渉するものは」


指がわずかに閉じられる。

何気ない仕草。

だが、意味は明確だった。


アストリッドが小さく息を吸う。

それは抗議ではない。

だが、確かに聞こえた。


沈黙が、完璧な位置に落ちた。


レナードは理解した。


娘は、すでにこの男の手中にある。

そして、自分にできることは何もない。


これは若気の至りではない。

厄介な恋愛でもない。


——配置だ。


アストリッドは許可を求めていない。

彼女の身体は、もう決断していた。


レナードの思考は、数十年の交渉で鍛えられた速度で回転する。


ヴァルモントに逆らえば破産。

受け入れれば、保護、資本、未来。


ロシュ家には決して開かなかった扉が、今、わずかに開いている。

それだけで、すべてが変わる。


娘は——必要な犠牲。


誇りと失望。

機会と喪失。

成功と危険。


「……理解しました」

彼はカフスを整えた。

「婚約は、性急な判断による暫定的なものでした」


アストリッドは満足そうに、わずかに頷く。


「そう言ってくれて嬉しいわ、パパ」


彼は、それ以上留まる必要はなかった。


「お邪魔はしません」

そう言って、背を向ける。

「お二人には……プライベートな用事がありそうですから」


扉が閉じられる。


残った沈黙は、心地よいものではなかった。


アストリッドは動かない。

アドリアンも。


外では建物が呼吸しているのに、

中では、音が長く引き延ばされたまま止まっていた。


最初に動いたのは、アストリッド。


——誘惑するため。

——試すため。

——挑発するため。


彼女は肩に手を置き、体重をかける。

前へ進む前に、地面の強度を確かめるように。


アドリアンは考える前に反応した。

身体をわずかに捻り、手首を掴み、力を流す。


椅子が軋む。


アストリッドは首を傾げ、笑った。


さらに踏み込む。


争いではない。

調整だ。


中心が、中心を探す。

呼吸が、同じリズムを刻む。


アドリアンは一歩引き、彼女の腰を支える。

落とさない。

だが、主導権も渡さない。


押し返さない。

支配しない。


——支える。


空気が濃くなる。

服が邪魔になり、距離は消える。


そして、制御を失ったまま、身体は重なった。


数日後、式は整えられていた。


それは婚約ではない。

宣言だった。


ヴァルモント家とスターリング家の結合は、新たな時代を約束する。

ヴァルモントには都市への扉を。

スターリングには、より切実なもの——救済と安定を。


キャサリンの両親は、アイゼンヴァルトから訪れていた。

古く、気品ある街。

そして、公式には存在しない負債に静かに締め付けられた都市。


すべては計算されていた。

会場。

音楽。

招待客。

写真家でさえ、見てはいけない位置を理解していた。


アドリアン・ヴァルモントは、グラスを手に、無造作に立っている。

緊張はない。

期待もない。


これは彼にとって、決断の場ではなかった。


——日常だ。


そして、必然は起きる。


扉が勢いよく開いた。


ざわめきが波のように広がる。

囁かれる名前。


マルコス。


英雄。


追放から戻り、傷を抱え、揺るがぬ信念と、

招かれていない場所に介入せずにはいられない若者。


彼は中央へ進み、世界が自分を待っていると信じる歩き方で叫んだ。


「この婚約は認められない!」

「キャサリンは、こんな取引の一部じゃない!」


今度の沈黙は、居心地が悪いものではなかった。


——危険だった。


キャサリンは動揺しなかった。

裏切られたとも感じなかった。


起きたのは、もっと静かなこと。

数週間かけて形成されていた確信が、完全に定まっただけだ。


記録。

報告。

日付。


驚きはない。

直感が、すでに受け入れていた。


救出は本物だった。

だが、意味は変わった。


マルコスは救世主ではない。

彼女に「必要だ」と思わせるために作られた舞台の作者だった。


今、彼を見ても、怒りも悲しみもない。


あるのは距離。


痛みから生まれる距離ではない。

理解から生まれる距離。


それは議論も、涙も必要としない。


そして彼女は知る。

これは新しい傷ではない。

すでに学び終えた教訓だ。


最初に反応したのは、スターリング夫妻だった。


父の顔色が一気に失われる。

社交的失態ではない——計算の失敗だ。


母は椅子の縁を強く掴む。


二人は同時に、アドリアンを見る。


反応を求めて。

何かを。


——何も得られなかった。


アドリアン・ヴァルモントは、グラスを手に、くつろいだまま。

マルコスも、キャサリンも見ていない。


彼は、レオと話していた。


「結局、クラブの新入りは受け入れたのか?」

雑談のように言う。

「今学期の選考は……激しかったって聞いたが」


レオは声を落としたまま頷く。


「かなり。医学部が二人。留学生が一人。気が強い」


アドリアンは、わずかに笑う。


「新陳代謝は大事だ」

「同じ顔ぶれだけじゃ、空気が腐る」


マルコスは、さらに声を張り上げた。


「キャサリン、こっちを見ろ! 君はこんなことをする必要はない!」


スターリング家に、小さな震えが走った。


——つづく。

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"読んでいただきありがとうございます!コロンビア人ですが、日本のアニメや小説が大好きで頑張って書いています。翻訳ツールを使っての投稿ですが、楽しんでいただければ幸いです。"
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