境界の向こう側
カエルの腕にエネルギーが集まり始めた。
小さな恒星のように圧縮されていく。
空気が潰れる。
重力が揺らぐ。
それは攻撃ではない。
処刑だった。
世界が悲鳴を上げた。
そして――
彼らは越えた。
境界は開かなかった。
縮んだ。
そして彼らを呑み込んだ。
次の瞬間、
彼らは反対側にいた。
旅が始まった場所と、まったく同じ場所に。
だがそこは石ではない。
濡れたアスファルト。
人工の光。
警報は六時間前に鳴っていた。
外国人実業家が消えた。
痕跡もなく。
緊急プロトコル。
暗号通信。
静かな動員。
そして――
白い光が空間を裂いた。
降りてきたのではない。
出現した。
百人以上の武装兵士の前で、
それは不可能な写真のような光景だった。
何もない空間から、
二つの影が現れる。
アドリアンの頭を砕くはずだった一撃は、
顔の数センチ手前で止まった。
慈悲ではない。
介入だった。
百丁の銃口が、
カエルに向けられていた。
ヴァルモンの護衛が周囲を封鎖する。
さらに外側では警察。
その外には水の国の軍隊。
重装備。
完全な包囲。
混乱ではない。
精密なプロトコルだった。
「動くな!」
拡声器越しの命令が響く。
「ヴァルモン様!ご無事ですか!」
アドリアンはすぐには答えなかった。
ただ、わずかに手を上げる。
まだ撃つな、という合図だった。
カエルは理解した。
盤面が変わった。
兵士たちは理解していない。
彼らが見ているのは、
血に濡れた男。
光の歪みをまとった存在。
標的。
カエルは計算した。
戦うか。
勝てるか?
可能性はある。
生き残れるか?
怪しい。
ここに残れば、
また捕まる。
天に選ばれた英雄。
運命の者。
再び牢の中へ。
あり得ない。
彼は決断した。
逃げる。
銃声。
最初の一秒は圧縮された混沌だった。
弾丸の嵐。
アスファルトが砕ける。
音は一つの雷鳴になった。
カエルのオーラが反応する。
遅れて。
だが確実に。
いくつかの弾は弾かれた。
いくつかは貫いた。
血が現れる。
激流ではない。
正確な傷。
カエルは痛みを感じた。
本物の。
エルドリアでは違った。
魔法が守っていた。
運命が味方していた。
だがここでは違う。
魔法ではない。
怪物でもない。
天の意志でもない。
金属。
火薬。
工学。
銃対魔法。
彼は理解した。
この世界は違う。
そして、
ここでは――
数が力だった。
もう一斉射撃。
弾丸が肩を貫く。
カエルの目が変わる。
恐怖ではない。
純粋な計算。
ここにいれば、
消耗する。
十秒ではない。
だが数分で。
そして数分あれば、
この世界は増援を呼ぶ。
さらに多くの兵士。
さらに多くの銃。
さらに多くの火力。
エネルギーが爆発した。
白い閃光。
街灯が消える。
窓が割れる。
煙が舞う。
視界が戻ったとき、
カエルはもういなかった。
残ったのは、
薬莢。
割れたガラス。
へこんだ盾。
そして――
現実世界の地面に広がる、
黒い血だけだった。




