最初の一手
ヴァルモン邸に到着したとき、キャサリンはすでに未来の女主人であるかのように、完璧な礼節でもてなされた。
すべてが整っている。
非の打ちどころのない絨毯。
厳選された花のほのかな香り。
そして——新参者の一挙一動を測る、エリーズの計算高い視線。
一方、アドリアンは終始無関心だった。
キャサリンが紛れもない美貌の持ち主であることは否定しようがない。
シャンデリアの光を受けて輝く金色の髪。
容易に動じない冷たい瞳。
雑誌の表紙にそのまま載せられるほどの気品ある佇まい。
だが、彼には彼なりのルールがあった。
「ヒロイン候補」に見えた女は、即座にブラックリスト入り。
彼女を見つめる視線は冷徹だった。
脅威になり得るか。
利用価値はあるか。
社会的立場。
過去。
振る舞い。
すべてが記録され、分類される。
キャサリンは、ただの美しい顔ではない。
コネクションと背景を持つ駒。
扱いを誤れば、危険になり得る存在だ。
それ以上の情報は不要だった。
スターリング家は確かに強大だが、衰退の縁に立っている。
この婚約は気まぐれではない。
影響力を失わないための、必死の一手。
そしてヴァルモン家は、冷酷な交渉の達人。
助けはする。
——必ず、対価を求めて。
アンリ・ヴァルモンは、ビジネスの狼だ。
恐怖も、欲望も、弱さも、遠くから嗅ぎ取る。
どこまで喰い、どこまで残せば相手が生き延びるかを知っている。
若いながらも、アドリアンはその狡猾さを受け継いでいた。
この同盟に、ロマンスなど存在しない。
結婚は副次的なもの。
本当の勝負は、別の場所にある。
そして——
どんな凡庸な物語にも現れる存在。
美女を救う“英雄”。
計画を壊し、安っぽい正義を振りかざす、ほとんど滑稽な存在。
アドリアンは、かすかに笑った。
もしキャサリンが、どこかの自称ヒーローに「救われる」運命だとしても、
自分はただ眺めるだけだ。
動きを分類し、
リスクと利益を計算する。
それ以上でも、それ以下でもない。
ゲームは始まった。
ヴァレンハイムでは、美は武器であり——
力は、静かに人を蝕む毒だ。
キャサリンは、深く息を吸ってからヴァルモン邸の中へ足を踏み入れた。
一歩一歩が計算。
一挙手一投足が、冷静さと支配を示さなければならない。
心臓は強く脈打っていたが、
それを悟られるわけにはいかない。
家族の未来は、
彼女の言葉、視線、沈黙のすべてにかかっている。
アドリアンの第一印象は、困惑だった。
冷たい。
距離がある。
観察者。
姿勢、仕草、間——
すべてが彼女を評価しているのに、判断を下さない。
そして何より最悪なのは、
欲望がまったく存在しないこと。
多くの男が向けてくる、あの即物的な興味が、そこにはなかった。
あるのは冷淡さ。
計算だけ。
キャサリンは内心で頷いた。
これは誘惑の場ではない。
戦略的生存だ。
屋敷は想像以上だった。
情報は集めていた。
だが現実は、それを遥かに上回る。
すべてが、力と安全を誇示するために設計されている。
強大な家は、最強のカードを隠す。
ヴァルモン家も例外ではない。
見えているのは表層。
奥にあるものは——さらに恐ろしいだろう。
そして、あの愚かな護衛を思い出す。
マルコス。
もし彼がミッションを台無しにしたら。
もしヴァルモン家の前で自分の評価を下げたら——
皮を剥いでやる。
キャサリンは、自分の美しさの価値を知っている。
視線ひとつ。
微笑みひとつ。
ほとんどの男は、簡単に落ちる。
だが、アドリアンには通じない。
まるで、感情を遮断する壁。
考えられる理由は一つ。
マルコスだ。
彼が余計な情報を漏らしたか、
注意を逸らしたか、
あるいは——
自分を、触れてはいけない存在として配置してしまった。
それでも、キャサリンは崩れなかった。
声は柔らかく、所作は完璧。
内心は荒れていても、誰にも悟らせない。
なぜなら——
ヴァルモン家の未来の妻であろうと、
本当の権力争いは、今始まったばかりだから。
大広間に入るキャサリンの歩みは、完璧だった。
未来の女主人として求められる、非の打ちどころのない微笑。
アンリは、帝国を操る男の礼節で迎えた。
強く、無駄がなく、目には計算の光。
すべてが測定済み。
「キャサリン」
手を差し出す。
「ようやく会えたな」
「お会いできて光栄です、ヴァルモン様」
握手は確かで、揺らぎはない。
彼は、人を見るというより、
投資案件を評価するように頷いた。
続いてエリーズ。
優雅な笑みの裏で、
一挙一動を量る視線。
「ようこそ、キャサリン。
両家にとって、良い出会いになるでしょう」
「そう願っております」
心の中では、すべてを分析していた。
その間、
アドリアンは少し離れた場所で腕を組んでいた。
苛立ちを抑えながら。
だがアンリが止める。
「待て、アドリアン。
同盟者の振る舞いを見ておけ」
逆らえない声。
彼は黙って従った。
そして——
扉の前に現れた、小柄な影。
妹だ。
腕を組み、刃のような視線。
「あなたが、有名なキャサリン?」
試すような声。
「家名に恥じぬよう、努めます」
完璧な返答。
だが、空気は張り詰めていた。
そのとき。
場違いな声が響く。
「カティ、着いたぞ」
——終わった。
マルコスだ。
自分が重要人物だと信じて疑わない、
安っぽい準主人公。
キャサリンの顔色が一瞬変わる。
アドリアンの瞳は、氷のように冷えた。
……こいつ、何しに来た。
場の支配は、静かに移動する。
そしてアンリが問う。
「この男は?」
エリーズの低い声。
「なぜ、そんなに馴れ馴れしいの?」
刃のような問い。
答えは一つしかなかった。
キャサリンが、一歩前に出る。
「彼は——元・護衛です」
冷酷に。
「解雇します」
マルコスの目が見開かれる。
彼の計画は、完全に崩れた。
アドリアンは、動かない。
王座に座る捕食者のように、
ただ観察する。
十分だった。
情報は、すべて揃った。
そしてマルコスは理解する。
——ここでは、自分は何者でもない。
だが、心の奥で燃える感情は一つ。
キャサリンは自分のものだ。
冷たい金持ちの少年に奪われるなど、許されない。
この婚約は——
阻止されなければならない。
彼自身の手で。




