reverse time to come No.0002 触れられなかった記憶
どうしてこれが、ここにあるの? 春江は時計に時計にそっと手を伸ばした。触れた瞬間冷たいはず液晶が、ふわっと、ぬるさを感じた。
ゴミ袋に入れ、処分したはず、回収場所には1袋も残っていなかったから、不思議だ。
ふと、時計を裏返すと、見覚えある細かい擦り傷、ボタンの緩みがあった。
これは・・・あの時計? 春江は深く深呼吸した。じーっと時計を見つめた。表示された時刻はずれていた。
"午前8:11"現在は8:40を差していた。
ズレた時間の中に懐かしい風景がダウンロードされた感覚だった。
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この時計を使い始めたのは、二年前。
夫を失くして、総てが止まって、同じ時間を繰り返し、時刻が進んでいる気がしなかった。
職場復帰が決まり、時間に縛られる生活を迎えるとき、安物のデジタル時計を買ったのだった。"時間くらい自分で刻ませなきゃ…"そう思い選んだのよね。
安かったただそれだけで。
表示時刻が狂っていても、ずっと捨てずに持っていた。
あの頃の私は、どこかで、無理して頑張っていたのかも。
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春江は苦笑した、時計が戻ってきた理由なんて、不明すぎるけど、その腕時計はただの"物"ではなく、自分が時間を生き抜き直すため選んだ腕時計だった。
すっかり忘れていたはずの想いがゆっくりシャッターを切るように瞳に映した。
新しいアナログの腕時計が、ゆるやかに、静かに止まっていることを、この時春江はまだ気づかなかった。




