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第2章 カレーライスの時間的特異点

カレーライスは奇跡だった。時空を修復できる――少なくとも、折れた魂を癒やせる――種類の食事だ。その豊かで香ばしい香りがプライム・タイムライン・クラブに満ち、散らかった電子部品の巣窟を、瞬く間に「家」のような場所へと昇華させた。しばらくの間、聞こえる音は、スプーンの触れ合う音と、二杯目をたいらげる琢磨の幸せそうな、くぐもった唸りだけだった。


青は片付けられた stool の上に辛抱強く座り、優しく、すべてを見透かすような微笑みを浮かべて我々を見つめていた。彼女は、僕というハリケーンの目の部分の静寂そのものだった。


「青、これは凄い!」僕は一口すくいながら宣言した。「この風味のプロファイルは…11次元に渡る調和共鳴だ! 君は料理の超越を成し遂げた!」


彼女は柔らかく、音楽的な笑い声をあげた。「ただのカレーよ、リョウ。母に教わったレシピなの」


「『ただのカレー』を甘く見るな!」僕は劇的にスプーンを彼女に向けて叫んだ。「これは偉大な企ての燃料だ! ニュートンには重力があり、我々には君のカレーがある! 計算は合っている!」


琢磨は口いっぱいにほおばりながら、激しく同意の頷きをした。


「で」青は話し始め、その目が僕の机の上にある、みすぼらしく手つかずのビラの山へと流れた。「勧誘活動の方はどうだった?」


完璧なカレーは、突然、少し灰のような味がした。僕はスプーンを置いた。「秋葉原の住人たちは…我々が提供する真実に対して、精神的に未準備だ。彼らの視界は、家電とメイドカフェという二次元平面に限定されている」


「つまり、誰も止まらなかったのね」彼女は優しく言い換えた。


「カップルは止まったよ」僕は反論したように言った。「だが、彼らは閉じた時間的曲線の理論的枠組みを完全に説明する前に、人工的な可愛さというセイレーンの歌に引き寄せられてしまった」


青の微笑みは同情に満ちていた。「残念だったね、リョウ」彼女の視線は、それから琢磨の作業台にある、泡立て器を飾り立てた怪しげな装置へと移った。「それで、あれは何?」


琢磨はゴクリと音を立てて食べ物を飲み込み、目を再び輝かせた。「あれはね、青、『環境ムード共鳴装置』なんだ! これは——」


「——素晴らしいものだ」僕が割り込んで、彼女を技術的な猛攻撃から救った。「手に負えない天才の証だ」


青は装置を見、琢磨の誇らしげな顔を見、そして僕の反抗的な顔を見た。彼女はそれを無意味だとは呼ばなかった。彼女はただ言った。「そう。とっても…複雑そうね」


彼女は理解していた。それが凄いところだった。彼女は、僕の妄想が僕の夢であり、琢磨の執着が彼の芸術であることを理解していた。決して嘲らず、ただ支える。だからこそ、次の話題はいつも辛いのだ。


「リョウ」彼女は声を少し落として言った。「父から今日電話があって」


部屋の空気が変わった。カレーの心地よい温もりは、現実という冷たい風に吹き飛ばされた。僕は背筋を伸ばした。


「あなたがどうしてるか、クラブは…利益が出ているか、って聞いてきたの」


僕は顔をしかめた。青の父は、厳格で成功した建築家で、娘のそれ以外は整然とした人生における、壊滅的な異常事態として僕を見ている。彼の最後通告は単純で、論理的で、そして完全に打ちのめされるものだった:僕は青と一緒に暮らすことはできない、彼女を養えると証明できるまでは。彼にとって、「時間の銀河探索者」は有効な職業経歴ではなかった。


「順調だって伝えたわ」青は続けた、平静な顔で僕のために嘘をつきながら。「あなたが大きな突破口の目前にいるって」


「そして我々はそうだ!」僕は主張した、いつもの銀河的確信に欠けた声で。「その突破口は…目前だ。時間的に確実なことなんだ!」


「彼、来週の物流会社の面接のことを忘れるなって」彼女は優しく付け加えた。「彼の友人が手配してくれたところの」


それを聞くと、鉛でできた宇宙服を着込んだような気分になった。デスクワーク。発見の栄光のためではなく、配送ルートの最適化のために、時空を渡る荷物を追跡する仕事。それは特異点でスパゲッティ化されるよりも悪い運命だ。


「忘れてないよ」僕はぼそりと言い、食べかけのカレーを見下ろした。「銀河探索者も時には、資源を調達するために平凡なワームホールを横断せねばならない」


青はテーブル越しに手を伸ばし、僕の手の上に彼女の手を置いた。その触れ合いは温かく、しっかりとしていた。「信じてるよ、リョウ。これを信じてるの」彼女は部屋中、絡み合った配線と狂った夢を指さした。「でも、あなたも、彼が理解できる未来を、少しだけは信じる必要がある。ほんの少しだけ」


僕は彼女の瞳を見つめ、その中にある無限の宇宙が、必要なすべての動機づけだった。「そうする。約束する」


青が空の容器を持って去り、かすかな希望の感覚を後に残した後、部屋はより空虚に感じられた。面接の影が迫っていた。


「物流会社かあ」琢磨はぼやきながら、椅子にだらりと寄りかかった。「段ボール箱の最後のフロンティアだな」


「その名を口にするな!」僕は命令し、部屋を歩き回った。「我々は企業の常識という力に屈服することはできない!我々には真の突破口が必要なんだ、琢磨!プライム・タイムライン・クラブが、妄想少年の単なる道楽以上であることを証明する何かが!」


「でも、俺ら妄想少年だろ」琢磨は、間違っていない指摘をした。


「我々は開拓者だ!」僕は彼を訂正し、彼の作業台の前で止まった。僕の目は環境ムード共鳴装置に落ちた。「この装置…生体リズムを読み取るんだったな?」


「ああ」琢磨は言い、元気を取り戻した。「皮膚伝導度と微細な温度変動を通して。理論上はな」


「で、データを出力するのは…どうやって?」


「この加湿器と小さなペルティエ素子を調整するはずなんだ」彼は部品を指さしながら言った。「でもまだ校正してない。なんで?」


とんでもないアイデア、正にバズらしいアイデアが、僕の頭の中で形作られつつあった。「もし、その入力が我々が思っている以上に敏感だったら? 気分だけでなく、ユーザーの局所的時間場を読み取っているとしたら?」


琢磨は僕を見つめた。「リョウ、それは…科学的根拠がないよ」


「すべての偉大な科学は『もし~だったら?』から始まる!」僕は宣言した。「テストしなければならない! ムード共鳴装置としてではなく、『時間計測フィールド検知器』として!」


僕は装置とメモ帳を手に取った。「青のカレーを対照変数として使おう! 冷めていくにつれて、食事の時間的共鳴を測定する! エントロピーの勾配を記録するんだ!」


それはもちろん、でたらめだった。輝かしく、刺激的なでたらめ。しかし、それからの数時間、我々はもはや、冷酷な未来に直面した無一文の若者ではなかった。我々は科学者であり、探検家だった。我々はカレーの容器の測定値を取り、データの解釈について議論し、笑い合った。数時間の間、世界の重み、そして青の父の非難は消え去った。


夜が更け、琢磨はあくびをしながら鞄を詰め始めた。「疲れた。家に帰って、みかんちゃんの開封をするよ。その…エントロピー勾配、頑張れ」


彼が去った後、僕は残り、完全に無意味なデータを見渡した。部屋は静かで、休眠したモニターの光だけが照らしていた。僕は環境ムード共鳴装置を手に取り、そのキッチン泡立て器は薄暗い光の中でばかげて見えた。


気まぐれで、僕はセンサーパッドを手に持った。目を閉じて、宇宙の神秘ではなく、青のことを考えた。彼女の笑顔。彼女が笑う時に目尻に寄る皺。彼女の手が僕の手に触れる感覚。面接の押しつぶされるようなプレッシャー。僕には価値があると証明したいという、必死の、爪を立てるような欲求。


突然の、鋭いビープ音が、僕の目を見開かせた。


一晩中、ただぼんやり点滅していただけの機械が、今、測定値を表示していた。琢磨が取り付けたのにも気づかなかった、小さなLCD画面に表示される、小さな、変動する数字。大した数字ではなかった。ただの「12.7」。しかし、それは反応だった。


僕の心臓は肋骨を激しく打った。たぶん故障だ。ショートか。機械の中のゴースト。


だが、もし違ったら?


僕は窓の外、ネオンに染まった秋葉原の夜を見た。下の方では、大倉大吾船長が店のシャッターを閉めているのが見えた。彼は上を見上げ、ガラス越しに僕の目を見た。手を振ったりはしなかった。彼はただ、ゆっくりと、ほとんど認識できないくらいの頷きをした。まるで、潮目が変わろうとしていることを知っているかのように。


僕は機械を見返した。表示はゼロに戻りつつあった。


「いったい」僕は静かに、待ち受ける部屋に向かって囁いた。「僕は何を発見したんだ?」

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