(二)
(フランチェスカ) さて、ジュリアさん。どうか私にマリアさんが教えてくださったようなことを教えてください。あなたはこの街でも有数の女優で、数々の役柄を演じておられており、様々な人間についてとても詳しくていらっしゃるんですから。
(ジュリア) もちろんよ、フランチェスカ。私は顔を煤だらけにしているような貧しい小娘から、豪華絢爛な衣服に身を包んだお貴族様まで、もちろんそれは架空の人物に過ぎないわけだけど、ちゃんと知っているつもりよ。さて、あんたは私の旦那については知っているわよね?
(フランチェスカ) ええ、当然ですわ。なんといっても、ジュリアさんの結婚式は街中を騒がせるほどの大事件でしたから。この街では知らない人の方が少ないでしょう。
(ジュリア) まあ、これも女優の宿命ね。友達付き合いから結婚式まで、いちいち衆目を集めないといけないのよ。きっと葬式の時はもっと大騒ぎになるでしょうね。
(フランチェスカ) ええ、きっとそうでしょう、ジュリアさん。
(ジュリア) どうして私の結婚式があんな騒ぎになってしまったのか、その訳は当然わかるわよね?
(フランチェスカ) それは、その、ジュリアさんのお相手が……。
(顔を赤くして口を濁すフランチェスカ。ジュリアは胸を張って強い調子で言う)
(ジュリア) はっきり言っちゃっていいわよ、処女のお嬢ちゃん!
(フランチェスカ) とても……悪いお顔をしていらっしゃるんですもの。
(ジュリア) そうね!そうよ!あんたの言う通り!あの人ったら、頭は禿げてるし、目は糸みたいに細くて、鼻はぺしゃんこ、唇は炎症でも起こしてるみたいに膨らんでて、もう……まるでモンゴル人みたいな見た目をしてるのよ!あんな見た目なら悪魔の方がまだ美形ね!あの人はこの街一番の不細工で、そんな男と女優である私が……この街一番の美女である私が結婚したのよ!
(マリア) あれはあたしもびっくりしたよ。まるで美女と野獣だね。
(エレナ) この街に住む人でジュリアの結婚を訝しまない人はいませんでした。あんな美女があんな醜い男と結婚するわけがない、きっと弱みか何が握られてるんだって。
(フランチェスカ) でも、ジュリアさんはその人のことを愛していたから、結婚したんですよね?
(ジュリア) ふふ!ところがどっこい、フランチェスカ、最初はそうでもなかったのよ。私の結婚はただの嫌がらせにしか過ぎなかったの。当時、お父様は別の男を用意していて、私にお似合いの美男子だったわけだけど、無理やりその人と結婚させようとしてたの。でも、そいつはとっても嫌な奴で、心の底からうんざりしてたのよ。私じゃなくて私の財産目当てだったのは明らかに目に見えていたしね。だからね、お父様とその男に対するしっぺ返しとして、あの醜い人を結婚相手に選んだのよ。どうだ、お前が変な男と無理やり結婚させようとしたから、ジュリアはこんな男と結婚してしまったぞってね。私の結婚は復讐が動機だったのよ。どう?スペクタクルでしょ?
(フランチェスカ) まるで劇にありそうな展開ですわね。
(ジュリア) ありがとう、フランチェスカ。でもね、私は一つ思い違いをしていたのよ。こんな情けない始まり方をした私たちの結婚生活だったけど、私はどんどんあの人に惹かれていったわ。最初はこんなヒキガエルみたいな男、見るのも嫌だったんだけど、一緒に暮らしていくうちにね、見た目以外のところに注目できるようになったわ。あの人は、言葉遣いも態度も温厚で、夜遊びしないですぐ家に帰ってくるし、いくら私の帰りが遅くなっても寝ないで待っててくれるのよ?あの人が私に暴力を振るったことなんて一度もないの。言葉の暴力であってもね?すぐに私はあの人に愛情を感じるようになった。一緒にいて幸せを感じるようになった。そうするうちにね、これも驚きなんだけど、あの人の顔のことも愛嬌ある物に見えて来たじゃないの。もしかしたらただ慣れただけかもしれないけど……いや、やっぱり違うわ。私はあの人のことを愛しているの。だから、あのぺちゃんこの鼻も可愛らしいと思えるようになったのね。
(フランチェスカ) 人は見た目では測れないとはよく言いますわ。
(ジュリア) そうね!まさにそうよ!顔なんてただの仮面に過ぎないの。もし人の器量を測りたいなら、その仮面の裏にあるものをしっかり見なきゃいけないわ。世の中の大衆は美男美女が来ればすぐに持ち上げるけど、結局は美しい仮面に踊らされているだけなのよ。でも、このことはあんな事故みたいな結婚をする前に、なによりも私自身が先に気づくべきことだったんだろうけどね。なんといっても、私は仮面を着て踊らせている側の人間なんだからね。こんな言葉、あまりにも陳腐過ぎてお芝居にあったら叱られちゃうだろうけど、まさにそうよ、人は見た目では測れないのよ。中身が大事だわ。
(フランチェスカ) となると、ジュリアさん、私はあの縁談相手と結婚した方がいいのでしょうか?あの人はとても優しいお方でありますし、お顔はジュリアさんの言うような姿形ではありませんけれども、人柄は同じように立派ですわ。
(ジュリア) フランチェスカ、せっかちはいけないわ。私の話はまだ半分しか終わってないのよ?今、はっきりさせたことは、外見の良し悪しはともかく、人柄が優れた男の方がいいというだけのことであって、外見が良く、それと同時に人柄がいい男と、外見は悪いものの、人柄のいい男、このどちらが結婚相手としてふさわしいのかはまだ決まってないのよ。
(フランチェスカ) それは聞かずともわかる自明の理ではないでしょうか?片方しか優れた資質を持っていない者と、双方共に優れた資質を持っている者では、後者の方が総じて優れているというのは誰にでもわかることですわ。
(ジュリア) 理性の光に照らして考えるならばね?でもね、今、私たちは結婚の話をしているのであって、いや、より正確には愛の話をしているのであって、小難しい論証でもやろうってことじゃないの。私たちは哲学者じゃなくて、愛を求める一人の女なんだから、そんな風に考えちゃダメよ?ただの錯誤だわ。
(フランチェスカ) では、私の錯誤を修正してください、ジュリアさん。
(ジュリア) もちろんよ。それでね、フランチェスカ、あなたは人格が同じくらい優れているなら、見た目の美しい方がよりいいって言ったわよね。それは何に基づいているかしら?
(フランチェスカ) それはもちろん、美意識に基づいていますわ。
(ジュリア) そうね。私たち人間は美意識というものを持っていて、美しい物に一目置く癖みたいなものがあるわよね。人じゃなくても、美しい調度品や芸術品などに私たちは胸の高鳴りを覚えるの。だから、きっと美しい男を見れば、私もあなたもあたかも華麗なギリシャ彫刻でも見た時みたいな嬉しさを覚えるでしょうね。
(フランチェスカ) まったくもって同意ですわ。
(ジュリア) でも、ここが大事なところなんだけど、私たちは何を欲していたのかしら?
(フランチェスカ) それはもちろん、愛です。
(ジュリア) 美ではなく、愛ということね。ねえ、フランチェスカ、今の現代人はこの点をみんな誤解していると思うの。美しい物から美を受け取ることはできるわ。でも、愛を受け取ることはできない。愛は愛から受け取る以外に方法がないの。もし愛を愛以外から受け取るとしたら、それは愛を何か別のまがい物と取り違えているんだわ。
(フランチェスカ) ああ、ジュリアさん、今の話はまだ何も物を知らない未熟な少女である私には難しい話ですわ。もっと簡単に説明できます?
(ジュリア) つまりね、私がもしお父様がご用意なさった見目麗しい方と結婚したとするわね。でも、私が彼から受け取れるのは美であって、もちろんそれは私の感覚を一定以上は喜ばせるんだろうけど、決して愛になることはない。もしそれを愛とみなすなら、それは悲惨な勘違いであって、愛の価値を傷つけるような行為ということにもなるのよ。なんといっても、もし錆びた鉛の玉を金塊とみなすならば、それはそれだけ金の価値を割り引いたことになるんだからね。
(フランチェスカ) お金で愛を買えると言う、悲しい人も一定数いらっしゃいますわ。
(ジュリア) それも同じことよ。お金を払ったって得られるのは一時的な快楽であって、当然愛じゃないわ。もし快楽を愛とみなすなら、美を愛とみなすよりも、はるかに愛から遠のいていくでしょうね。だって、快楽は美より低級な感情なのだから。あら、エレナ。大丈夫よ、わかってるわ。この手の生々しい話を深堀りするつもりはないわ。だって、フランチェスカはまだ何も知らない純粋な乙女だものね。
(フランチェスカ) お気遣いありがとうございますわ。でも、一体どうすれば愛を手に入れられるのでしょう?ジュリアさんのおっしゃっていることは、聞いた分には至極もっともだと思いますが、同時にはるかに困難だとも感じます。世の中の人は、みんな愛の代替物で満足しているようですし、愛そのものを手に入れている人はごく少数かもしれませんわ。愛はどこにあるのでしょう?
(ジュリア) それはもちろん、愛という事実からよ。ねぇ、フランチェスカ。私の旦那はとても醜いわ。救いようがないほどにね?でも、じゃあどうして私は今では旦那の顔を愛おしく思えるのかしら?それは愛してるからよ。目を背けたくなるようなものを好きになれるなんて、そんなことを成立させるのは愛以外に考えられないわ。愛は魔法なのよ。不可能を可能にする魔法なのよ。私はあの人のことを愛している。だから、あの人の短所も欠点も、すべてが甘美なものになるのよ。
(フランチェスカ) もし私も醜い男の人を愛せるようになれば、ほんとうの愛を得られると?
(ジュリア) そうね、それが答えよ。あんた、結婚するならやっぱり欠点のある男がいいわ。欠点を愛せないようなら、そもそも愛は成立してないもの。よくある話でね、何の不満もなさそうな立派な夫婦が突然離婚したり、つまらない夫婦生活を送ってたりするのは、きっと愛がないからだわ。人は欠点がある故に、愛すべき対象になるんだもの。あんたには馬鹿々々しい逆説に思えるでしょうね。でも、それが愛なんだわ。だから、あんたも欠点のある男を愛しなさい。その点からすると、例の商会の御曹司様はお勧めできないわね。
(フランチェスカ) ありがとうございますわ。私、途中からだんだんジュリアさんのことが、どこか哲学者めいて見えてきましたわ。難しかったけど、ためになる話でした。
(ジュリア) 哲学者だろうがソクラテスだろうが、何だって演じてみせてあげるわ。だって、私は女優なんだから。さて、最後はエレナね。
(エレナ) あまり話すのは得意ではないのですが、これも友人であるフランチェスカのため、できうることの限りを尽くして、愛すべき男性についてお話致します。神よ、私にそれをこなすだけのお力添えをしてください……。
(エレナは天を仰ぎ、ややオーバーリアクション気味に胸の前で十字を切る。フランチェスカは真剣な顔をしているが、マリアとジュリアは呆れた様子でエレナのことを見ている)