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(一)

(マリア) さて、フランチェスカ、あんたはあたしの夫のことを知っているかい?確か紹介したことはなかったと思うけど……。


(フランチェスカ) はい、知りませんわ。


(ジュリア) でも、すれ違ったことはあるんじゃないかしら?あの人、ここら辺では珍しい青い服を着てるから目立つと思うけど。


(フランチェスカ) あ、それなら、私存じ上げているかもしれません。小柄で色白の方でしょうか?その方がマリアさんの旦那様だったとしら、何度かすれ違ったことがあります。


(マリア) そうそう。それがあたしの旦那。なんだ、やっぱり知ってるじゃないの。


(フランチェスカ) まさか知らず知らずのうちにマリアさんの旦那様とすれ違っていたとは思いませんでした。でも、ご挨拶を交わしたことはないのですわ。


(マリア) なかなか内気な人だからねぇ。あの人、フランチェスカのことは知ってるんだから、声ぐらいかけてくれればいいのに。まあ、それはともかく、あたしはあの人のことをウンと愛してるんだよ。もう結婚して十年くらい経つけど、嫌と思ったり、別れたいなんて思ったことは一度もない。まさに、あたしにとっては最高の男さ。


(フランチェスカ) それです、マリアさん。私はそういう男の人について知りたかったのですわ。もしそういう人と結婚できれば棺桶に入るまで幸せでいられるでしょうから。ああ、私の結婚相手もそのような殿方でいらっしゃってくれれば宜しいのに。


(エレナ) でも、たぶん……。


(マリア) おっと、エレナ。先に言っちゃいけないよ?さて、処女のお嬢ちゃん?あんたのお相手はそりゃもう大層な金持ちだと思うんだけど、やっぱり男ってもんは金持ちの方がいいと思うかい?うちの旦那みたいなボロを着ている男よりも、艶々したスーツを着ていて、立派な髭を生やした男の方がさ?


(フランチェスカ) 世間様が言うには、はい、そうでしょうね。


(マリア) 小金持ちより大金持ちがいい、貧乏男なんてまっぴらごめんかい?


(フランチェスカ) 私はともかく、みんなはそう言うでしょう。


(マリア) でもね、フランチェスカ。あたしは思うに、それは違うと思うんだよ。いいかい?金持ちの男っていうのはどんな人間だい?きっとちゃんとした仕事を持っていて、真面目に業務をこなしていて、能力も高いんじゃないかな?そりゃそうだよね。だって、役立たずの無能が稼げるわけないんだから。それに、人づきあいも上手いね。男だろうが女だろうが、相手が外国人であっても、すぐに相手に気に入れられてさ、さあウィンウィンな取引をしましょうよってなる構えさ。


(フランチェスカ) ええ、そうでしょう。


(マリア) そういう男は、これも当然のことだけど、尋常じゃないくらい仕事熱心だね?夜遅くまで仕事して、帰ってくれば妻も子供ももう寝ている。下手すれば、日を跨ぐこともあるかもしれない。


(フランチェスカ) 簡単な仕事をしている人はともかく、重大な仕事を任されている人はそうでしょうね。


(マリア) どうだい?そんな男を、妻としてどう思うのが普通だい?愛せると思えるかい?いや、もっといい表現があるんだろうけど、なんだろうなぁ?あたし、あんまり頭良くないからわかんないんだけど……。


(エレナ) ()()()()()()()()があるか、と言ったところでしょうか?


(マリア) そうそう!それだよ!あたしが言いたかったのはそういうこと!だってさ、極論を言っちゃえば、そんな男は別に一人でも生きていけるわけだし、何なら家庭だって必要じゃないかもしれないし、まあ仕事をやっている内の気まぐれとして、あたしが求められることになるんだろ?それって、愛なのかい?そういう金持ちにとってはさ、妻なんてものは仕事の合間の余興みたいなもんで、絶対に必要なものじゃないんだよ。おまけなのさ。わかりやすく言っちゃえば、あっても無くてもどっちでもいいわけ。


(フランチェスカ) 確かに、一理ありますわ。


(マリア) 金がある、仕事もある、人づきあいだって……。となりゃあ、あたしらなんていらないじゃないか。ねぇ、フランチェスカ?世間様は玉の輿を狙えなんて言うんだけどさ、あれは将来の安泰を求める人向けの話であって、愛を求めるあたしら向きの話じゃないんだよ。


(フランチェスカ) でも、傍から見れば幸せそうに見えます。


(マリア) 外見はね?でも、考えてみりゃすぐにわかるけど、そういう人たちは本当は愛なんか感じてないから見た目だけ立派に着飾ろうとするのさ。奥さんに豪華なドレスなんて着させてさ、どっかの舞踏会なんぞに連れて行って、幸せそうな夫婦を見せつける。でも、家に帰って見れば、それ見たことか、夫はすぐさま仕事のこととか、金勘定にうつつを抜かし、妻は妻で退屈な日常に逆戻りで、仕事熱心な冷たい旦那を恨めしそうに睨みつつ、ペットからでも愛情の分け前をほんの少し恵んでもらうのさ。


(フランチェスカ) なるほど……。なんだか金持ちの方が可哀想に思えてきました。特に、仕事熱心で稼ぎの良い旦那様を持つ、哀れな奥様のことを思うと、ですわ。ということは、マリアさん、あなたの旦那様はもしや?


(マリア) お?察しがいいね。そうだよ。あたしの旦那はまるきり無職の手持無沙汰な男さ。平日の昼間にあんたとすれ違ったっていうのも、まあ仕事がないからだね。暇を持てあましてプラプラ散歩してたんだろうねぇ。


(フランチェスカ) 旦那様はお仕事をしていらっしゃらないんですか?


(マリア) ああ、そうさ。あの人は生まれつき気が弱くてねぇ、何かの仕事に就いてもすぐに嫌になって辞めてしまうんだよ。どの仕事も長続きせずに、すぐさま家にとんぼ返りさ。だから、家の収入は全部あたしが稼いでるね。もし宿屋に人がばっさり来なくなったらと思うとぞっとするよ。宿屋の女将としてちゃんと働かなきゃって思ってる。


(フランチェスカ) 収入の無い旦那様、ということですわね……。


(フランチェスカは同情を込めた目でマリアのことを見つめる)


(マリア) ああ、フランチェスカ。勘違いしないでくれ。さっきも言ったと思うけど、あたしはそんなあの人のことが大好きなんだよ。そりゃあ、うちの旦那は哀れな人間さ。あたしの稼ぎがなきゃ生きていけない、自立とはかけ離れた存在だね。物も金も全部あたしに依存してんのさ。世間ではああいう男をヒモとかなんとか言うんだろう?でもね、だから愛せないとか、大嫌いだというのは全然違う話なんだよ。あの人は、仕事ができない人で、なんにも手許に残せなくて、その代わりにあたしの愛を求めてるんだよ。この前だって、やっと手に入れた仕事をすぐにクビになって、ボロ泣きしながら家に帰って来たのさ。そして、涙でぐちゃぐちゃになった顔をあたしの胸に押し付けて、こう言うんだ。『俺を見捨てないでくれ、頼むから見捨てないでくれ』ってね。もう、その瞬間……あたしったらカーッて燃えちゃって、この大きな胸であの人をこと抱きしめて、食べちゃいたいくらい可愛いって思ったんだ。あの人にとってはあたしは母親で、まるで母親に甘える子どもみたいに、あたしのことを求めてくれるんだ。ああ、可愛いんだよ、あの人は……本当に可愛いんだ、愛してるんだ……。


(マリアは顔を赤らめつつ、胸の前で腕を組んで、ぎゅっと胸に押し付ける。まるで腕の中にマリアの旦那がいて、熱く抱き締めているかのように)


(マリア) もうそんな日には、お互い熱くなっちゃって、いっぱい触れ合って、キスしてあげて、『あんたのことが大好きだよ、仕事なんかできなくてもあたしが面倒見てあげるからね』って囁いて、それから、それからベッドの上でウンと……。


(露骨な話になってきて顔を赤らめるフランチェスカ。エレナはそれに気づき、マリアに釘を刺す)


(エレナ) マリア、清らかな乙女に、その話はちょっと……。


(マリア) あっと、いけねぇ。ごめんよ。つい夢中になっちゃって。でもさ、これが本当の話なんだ。男なんて無職くらいがちょうどいいんだよ。その分、いっぱい愛情を注いであげるんだ。何も成し遂げられなくても、あたしの愛があるよってことを知らせてあげるんだよ。そうすれば……偽りなく愛し合える。情けない男ってもんはいいよ?素直だし、愛情を受け入れてくれるし、なにより……可愛いんだ。たぶん、あの人にとってあたしは面倒見てくれる母親なんだろうねぇ。それで結構だ。母性愛万々歳だよ。


(フランチェスカ) その話を聞く限り、もし私が商会の御曹司様と結婚したら、マリアさんの言うような愛は受けられないでしょうね。


(マリア) そうだろうね。あんたの相手は独立心旺盛な立派な男で、妻なんかいなくても生きていける収入があるからねぇ?夫婦生活もきっと冷たくて無味乾燥なものに終わるかもしんないね。デキる男なんて小賢しくていけないよ。そういう男こそ、どこかで別の女を作ってあっさりと裏切ったりするんだ。何回も言うけど、結婚相手なんて駄目男くらいでちょうどいいんだよ。あたしがいなきゃあんたは生きられないってことを存分に思い知らせて、愛の息吹をたっぷり吸わせて、メロメロにしてあげるのさ。これぞ、あたし流の愛の秘訣ってところかな?


(ジュリア) でも、マリア、去年産んだ子を合わせるともう三人もいるでしょ?大丈夫なの?


(マリア) そこはもう覚悟してるさ。なるようにしかならないよ。でも、旦那も子どもの面倒はちゃんと見てくれるしね。仕事が無い分、ずっと家に居るからさ。愛があれば、将来の不安なんて関係ないよ。あの人がそばにいてくれるだけでいいんだ。さて、あたしの話はこれで終わり。次に誰がこのお嬢ちゃんに、愛に値する男の話をしてくれるんだい?


(ジュリア) じゃあ、私が行くわ。いいわね、エレナ?


(エレナ) もちろんです。ジュリアは女優ですから、上手く、そして迫力たっぷりに語り聞かせてくれるでしょう。


(フランチェスカ) お願いします、ジュリアさん。

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