護る理由、戦う意味
「準備が整い次第、出発する。各員、持ち場に就いてくれ」
朝日が昇りきった頃、一行は出発の準備を整え、馬車の前に集まっていた。
鎧の軋む音、馬の鼻息、荷車に積み込まれる木箱の音。
街の喧騒はまだ遠く、空気は澄んでいる。
ラークが空を見上げて、ぽつりと呟いた。
「晴れてるな。ま、雨よりはいいか」
「……天気の話か?」
ゴルザンが隣で呆れたように言うと、ラークは笑って肩をすくめる。
「なーに、縁起担ぎさ。晴れてるなら、いい仕事になる気がしてな」
そう言って、ラークは盾を背負い直した。
隊列の中では、冒険者班と騎士団がそれぞれ自分の持ち場につき、静かに待機している。
副官の号令で騎士たちが整列し、人数確認と持ち場の最終チェックが行われていた。
無駄のない動きが、彼らの鍛錬の度合いを物語っている。
「前方は警戒を強めろ。例の峠は地形的に見通しが悪い。後方の守りは、冒険者班に任せる。馬車を囲むように動け」
副官が地図に目を落としながら、手短に騎士たちへ指示を飛ばす。
一方で、冒険者四名はやや自由な配置だ。
斧を担いだブロックは、馬車の後部にどっしり構え、早くも気合い充分の様子。
エルナは変わらず壁際で腕を組み、全体の配置を冷静に見渡している。
ゴルザンは馬車の横で剣を背負い直し、静かに呼吸を整えていた。
それぞれが独自の間合いを保ちつつ、互いをちらりと目線だけで確認する。
長く組んできたゴルザンとラークに、野生の勘で動くブロック、計算と観察のエルナ。
まとまりはないが、妙な安心感がそこにはあった。
リシェ=メレッタは、簡素だが品のある旅装束に身を包み、馬車の前で立ち止まっていた。
彼女は周囲を見回し、一歩エルナに近づいて小声で言う。
「今日もよろしくお願いします、エルナさん」
「ええ。私の持ち場は後方だけど……何かあったら声を出して」
エルナの声は素っ気ないが、目はリシェをしっかりと見ていた。
二人のやり取りに気づいた副官が一歩進み出る。
「リシェ様、馬車へお戻りください。そろそろ出発いたします」
「……はい」
リシェは小さく息を吸い、エルナに会釈してから馬車に乗り込んだ。
その手は小さな決意をしたかのように、ぎゅっと握られていた。
その様子を見送りながら、ラークがゴルザンの隣でぼそっと言う。
「いい眼してるな、あの子。」
ゴルザンは返事をせず、前を見据えたままわずかに顎を引いた。
「さあ、仕事だ」
副官の声が響いた。
一行は馬車を中心に動き出す。
石畳の道を、馬の蹄の音と車輪の軋みが、ゆっくりと西へ向かっていく。
静かな朝だった。
誰もが、まだこの旅の行く末を知らない。