息が合わない
森の入口に着いた二人は、立ち止まって地図を確認していた。
「ここに出てくる魔物は、フレッシュバイターってやつ。獣系だけど、腐敗した肉の匂いで縄張り作るタイプだ。人間の臭いにもすぐ反応する」
ラークは地図を広げながら、さらさらと説明を続けた。
「群れを成すと厄介だし、単体でも跳躍力が高い。囲まれたら面倒だから、ルートはこっちの尾根沿い。視界確保しながら叩く。わかったか?」
「……好きにしろ」
「好きにしろ、じゃねえだろ。作戦ってのは共有してこそ意味があるんだって」
ラークが軽く眉をひそめると、ゴルザンは小さく舌打ちした。
「俺は力押しで十分だ。回りくどい手はいらない」
「お前、それで一人でやってきたんだろ? でも今回は違う。俺がいる」
「だから、邪魔すんなって言ってんだよ」
――ぴりっとした空気が流れる。
ラークはしばし沈黙した後、ため息混じりに笑った。
「……ま、言ってもすぐには変わんねぇか。体で覚えてもらうとするかね」
そして、盾を構えながら小さくつぶやいた。
「こっちも先に折れるようなヘタレじゃねえしな」
***
森の中はじめじめと湿っていて、土のにおいにまじって生臭さが漂っていた。
「……近いな」
ラークが低く言った瞬間、木陰からぬっと現れたのは、黒い毛並みにただれた皮膚が混じる獣――フレッシュバイターだ。
鼻先をくんくんと動かし、鋭い牙を剥き出しにして突進してくる。
「前、取るぞ!」
ラークが一歩前に出て、盾を構える。衝突と同時に地響きのような音が響き、土が跳ねた。
フレッシュバイターの爪が、ギリギリと盾を引っかく音が響く。
が、次の瞬間――
「どけッ!」
ゴルザンが脇から飛び込んだ。大剣を振り抜き、獣の横腹を斬り裂く。返り血とともに、叫び声が上がった。
「おいバカ、俺が受けてるとこに突っ込んでくんな!」
「あんたが遅いだけだ」
視線を交わす二人の間に、もう一体のバイターが横から飛びかかってくる。
「今度はそこか!」
ラークが割って入り、咄嗟に盾を構える。だが受けが甘く、バイターの爪が腕にかすった。
「チッ、だから言ったろ……連携ってのはな――」
「こっちは余裕だった。そっちがヘマしただけだ」
吐き捨てるようなゴルザンの言葉に、ラークが息を止める。
だがすぐに気持ちを切り替え、負傷した腕を振り回してバイターを牽制する。
もう一度盾で弾き飛ばし、体勢を立て直した。
「動きはいいけど、周り見えてねーぞ!」
ラークの声にゴルザンは返事をしない。
黙って一体目の息の根を止めると、そのまま森の奥を睨んだ。
何かに気づいたように、すっと剣先を向ける。遠くの茂みで、かすかに動く影。
「まだいる。三……いや、四体」
「ったく、次はちゃんと合わせろよ。俺の盾、飾りじゃねぇんだからな」
「……」
──まだ、全然ダメだな。
盾越しに、ラークはわずかに笑った。
こいつに必要なのは、技術でも戦術でもねぇ。
──信頼ってやつを、知ることだ。