第6話 地龍軍団との決戦 銀の穂先
領主の城にて、戦略会議が開かれていた。長い会議卓には、将軍とその参謀たち、隣国の領主と軍司令官、そして末席にはリリィの姿があった。
地図の上には、複数のダンジョン位置と魔素だまりが赤く印されていた。山腹には巨大な裂け目が走り、その中にいくつもの魔素だまりが露出している。そこが、地龍たちの巣となっていた。
将軍は指で地図を叩きながら、険しい声で言った。
将軍
「敵の正体は、地龍が五体。すでに確認されている。各々が巨大な力を持ち、単独でも街を滅ぼす力がある。我が軍は五千、油断すれば即座に壊滅だ」
領主が額に汗を浮かべ、懸念を口にした。
領主
「地龍への攻撃は、結界魔法が有効だったと聞いている。今回も、それが通用するのか?」
リリィは静かに頷いた。
「魔素だまりとの接続を絶ち、四肢と尾と首を同時に封じれば、地龍は動けなくなります。ただし、複数体を同時に封じるには、相応の魔法陣と詠唱の時間が必要です。防衛線を張り、罠をかけて時間を稼がねばなりません」
将軍は即座に指示を飛ばした。
「よし。リリィを中心に魔法使いたちを編成し、結界班を設ける。主力部隊はその防衛に全力を尽くす。騎士団は側面から攻め、射手隊は眼を狙え。近衛は私とともに、正面から突撃だ」
リリィは少しだけ戸惑いを見せた。
「私が結界班の指揮を?」
将軍は微笑を浮かべてうなずいた。
将軍
「お前が最も信頼できる魔術師だ。この作戦は、お前の力にかかっている」
・・・・・
作戦会議が終わった後、将軍が仮設の指揮テントに戻ったところで、リリィが一歩踏み出して彼の前に立った。外は風が強く、帆布がばたばたと揺れていたが、テント内は重苦しい静寂に包まれていた。
リリィの両手には、小さな布に包まれた何かがあった。
リリィ
「将軍、ひとつ提案があります。この槍の穂先を、ぜひご活用ください」
そう言って、彼女は布をほどいた。その中には、親指ほどの小さな金属の先端部品が十数個、整然と並んでいた。それは銀白色の光を放ち、中心部には淡い青の魔法刻印が彫り込まれていた。
将軍はそれを手に取り、目を細めながらつぶやいた。
「こんなに小さな穂先は、見たことがない。まるで装飾品のようだ。これをどう使うのだ?」
リリィは一歩前に進み、机の上に槍の模型と、手描きの魔法陣図を広げた。
「地龍の鱗は極めて硬く、通常の鉄製の槍では通じません。前回の戦いでも、数多くの攻撃が弾かれていました。そこで、このミスリル製の穂先に、貫通の魔法を刻んだのです」
将軍は穂先の側面に指を滑らせた。表面は滑らかで、熱を帯びたような力を感じさせる。
将軍
「ミスリル製、しかも貫通魔法が刻まれているのか。王国の鍛冶師でなければ、ここまで精緻には作れまいな。これは相当な代物だ」
リリィは小さく頷いた。
「はい。王国の鍛冶ギルドに依頼して、特注で仕上げてもらいました。前回の地龍との戦いのあと、きっとまた必要になると、準備を進めていたのです」
将軍は感心したようにうなずき、もう一度穂先をじっと見つめた。
「確かにこれなら、地龍の鱗に傷をつけられる。貴重な武器になる」
リリィは腰に下げたマジックバッグを開き、中から大きな布袋を取り出した。袋はずしりと重く、床に置かれると中から小さな金属音が響いた。
リリィ
「この穂先を、合計で百個、用意してあります」
将軍は目を丸くした。
「百個だと? この品質のものを、それほどの数。おいおい、どうやってそんなことが可能だった?」
リリィは少しだけ表情を緩め、落ち着いた声で答えた。
「前回、王からいただいた褒美の金百枚。それを使いました」
テント内が静まり返った。参謀たちも息を呑み、将軍はしばらくの間、何も言えずにいた。
将軍
「なんと、あの金百枚を、このために使ったというのか。私なら、引退後のため家一軒買っているぞ」
リリィは淡く微笑んだ。
「私には、戦いの目的以外に使い道が見つかりませんでした」
将軍は大きくうなずき、顔を上げた。
「ならば、これほど頼もしい贈り物はない。城に戻ったら、軍の予算から補填させよう。お前が損をしてはならぬ」
リリィはすぐに首を振った。
「いいえ、どうかお気遣いなく。これは私が選んだことです。受け取っていただけるだけで十分です」
リリィは穂先の取り付け方法を説明するため、布に描かれた魔法陣の紙を広げた。
「この魔法陣は、穂先を槍に融合させるためのものです。誰にでも扱えるように、簡略化してあります。槍の先端に設置し、魔力を流せば自動的に装着されます」
彼女は、布袋と設計図を揃えて将軍に手渡した。
将軍
「よし、これで我々の戦力は確実に向上する。ありがたく使わせてもらおう」
将軍はそのまま布袋を参謀に託し、槍兵隊への配布を命じた。
参謀
「早速、改造部隊を編成し、各部隊の槍に取り付けます!」
リリィは深く礼をし、テントをあとにした。外はまだ風が強く、幕がはためく音が戦の前の静けさを際立たせていた。
そして、銀の穂先はその夜のうちに全槍兵へと行き渡り、明日の戦いに備えてその光を静かに放ち始めた。