第2話 将軍との出会い
その夜、悪夢のような咆哮が空気を裂いた。魔物の群れが、今までの3倍の数で押し寄せてきたのだ。空は赤黒く染まり、地響きとともに町を囲む全方位からの襲撃が始まった。
北門が最初に破られた。次に西門が崩れ、獣の咆哮と悲鳴が混じり合う。町の防衛線は崩壊し、魔物たちは町の中へと雪崩れ込んだ。
人々は叫びながら逃げ惑い、捕らえられた者はその場で食い荒らされた。血と肉の匂いが充満するなか、戦意を保てる者はほとんどいなかった。
リリィは、結界の中で目を閉じたまま、震える声を聞いていた。やがて、東門に向かって避難民が押し寄せてきた。彼女は結界を解除し、急ぎ砦の扉を開いた。
リリィ
「こちらに、急いで!」
町の人々、老人や子ども、怪我をした者たちを、砦の中へと導いた。リリィの残った魔力で再び結界を張り、砦を包んだ。
外ではまだ戦いが続いていた。だが、朝日が昇る頃には、冒険者たちはほとんど命を落としていた。砦に逃げ込んだ人は三十人ほど。生き残った冒険者もわずか数名。そして、リリィだけが最後まで結界を保ち続けていた。
・・・・・
夜が明けると、空に角笛の音が響いた。王都から派遣された兵団が到着したのだ。彼らは熟練した部隊で、魔法と戦術を駆使し、魔物たちを一掃していった。数時間後には完全な勝利が収められた。
兵の中には、銀髪の将軍がいた。重装鎧をまとい、鋭い眼差しで周囲を見渡していたが、リリィを見つけるとその目を細めた。
将軍
「君が、この町で最後まで戦っていた冒険者か」
リリィは無言でうなずいた。
将軍
「大義であった。こちらの兵が糧食を持っている。飢えた者に与えてくれ」
兵士たちが携帯食料を分配する中、将軍は再び皆に呼びかけた。
将軍
「我々は次の町に向かう。共に来る者は、列を成せ」
傷ついた冒険者たちは首を横に振った。
冒険者A
「限界だ。俺たちは、ギルドに戻る」
冒険者B
「これは、クエストの失敗だ。力不足だった」
だが、リリィだけは、一歩前に出た。
将軍
「君は、ついてくるのか?」
リリィ
「はい。あなたに付いていけば、私はもっと強くなれる。そして、もっと多くの人を救えるようになると思うから」
将軍は口元をわずかにほころばせ、うなずいた。
「なるほど、それでは、私の傍で戦え」
こうして、リリィは新たな道へと歩み出した。冒険者としてではなく、戦場を渡る者として。
・・・・・・・・・
朝日が山々を照らすころ、将軍が率いる三千人の兵団は、重い空気を纏いながらゆっくりと前進していた。目的地は、魔物が溢れ出たという山間の巨大ダンジョン。前線基地での戦いの後、リリィはこの部隊の末列に加わり、静かに馬を歩ませていた。
将軍は騎馬の先頭に立ち、鋭い眼差しで地図を見つめながら、部隊全体に号令を飛ばした。
将軍
「進路を北西へ変更、ダンジョンのある山脈に向かう。各隊、周囲に警戒を」
副官たちが命令を伝令に回すと、兵たちは整然と列を組み直し、進行方向を山へと変えた。
進軍の道中にある町や村は、すでに魔物の襲撃によって見る影もなかった。黒煙を上げる廃墟、無残に潰された家々、そして時おり漂う焦げた肉の匂い。生き残った者は見当たらず、沈黙だけが風に混ざって流れていた。
兵士たちの表情には、疲労と怒りが刻まれていた。リリィはその様子を黙って見つめながら、背後に張り詰める空気を感じていた。
・・・・・
やがて、行く手に山脈が見えてきた。だが、その麓にたどり着いたとき、異様な光景が彼らの行く手を阻んだ。
地面が巨大に裂け、深い亀裂を作っていた。幅は少なく見積もっても三百メートル。その奥からは紫がかった霧が立ち上り、空気を歪ませていた。
将軍は馬を降り、亀裂の縁まで歩いて近づくと、険しい表情でその裂け目を見下ろした。
将軍
「この地割れが、スタンピートの原因か?」
問いかけに応じたのは、すぐ傍にいた忠実な側近だった。
側近
「はい。地割れによって、地中に隠れていたダンジョンが完全に露出しています。そして、あの紫の濃霧、魔素だまりです。大量の魔素がダンジョン全体を包み、魔物が無限に湧く状態になっています」
将軍は黙ったまま空を見上げた。風が渓谷を吹き抜け、甲冑の隙間から冷気が忍び寄る。
その沈黙を破ったのは、側近が続けた言葉だった。
側近
「橋を架ける材料も時間もありません。向こうに渡るには、飛ぶしかないかと」
将軍
「空を飛べる者が少数では、戦力を持って渡れぬ」
険しい判断が求められる局面だった。そこに、魔法使いの長が歩み寄ってきた。
魔法使い達の長
「将軍、もし猶予をいただけるなら、我ら全員の魔力を束ね、ダンジョンを結界で封じることが可能です」
将軍
「どれほどの時間がかかる?」
魔法使い達の長
「最低でも一週間は必要になります。その間、外部からの妨害を受けずに準備を整えねばなりません」
将軍は頷き、即座に指示を出した。
将軍
「よかろう。近くの砦を拠点とし、そこに魔物を引き寄せながら一週間を稼ぐ。全兵、これより防衛体制に入る」