第1話 リリィ登場、冒険者ギルドで活躍中
勇者女神様が宇宙を救うのリリィが『虹色の風』のメンバーと出会い、パーティを結成するまでを書いていきます。
今からおよそ1000年前、遥か彼方の宇宙に浮かぶ青緑の惑星。その中の一つの大陸に、ひとりの少女がいた。名をリリィという。
黒髪に、黒曜石のような澄んだ瞳を持ち、常に静かに微笑をたたえたその少女は、冒険者として暮らしていた。年齢は若く見えるが、その実力は誰もが一目置いていた。
リリィが活動していたのは、「虹の谷」と呼ばれる美しい渓谷にほど近い、冒険者ギルドの支部。その支部では、毎日のように各地から持ち込まれるクエストが張り出され、冒険者たちが血気盛んに腕を競っていた。
リリィもまた、その日常の中で静かにクエストを選び、淡々と仕事をこなしていた。
彼女の主な得意分野は、回復魔法と結界魔法。前線で敵をなぎ倒すタイプではなかったが、仲間を支える力にかけては誰にも引けを取らなかった。
そんなある日、ギルド内が騒がしくなった。広間に貼り出された新たなクエストには、大きく赤文字で【緊急】と書かれていた。
やがて、支部の奥の扉が開き、淡いローブをまとった男が姿を現した。
長身で、銀白の髪を背に流し、その瞳には星のような光が宿っている。
冒険者ギルド 支部のギルド長にして、歴戦の魔導士 ゼン・オルドリスである。
ゼン 冒険者ギルド長
「静粛に。状況を報告する」
その声は穏やかでありながら、部屋全体の空気を引き締める力があった。
ゼン ギルド長
「ある町が、突如として大量の魔物に襲われている。数にして数千、いや、それ以上かもしれん。すでにいくつかの村が壊滅し、避難民が押し寄せている状況だ。報酬は破格に設定したが、命を落とす危険もある。参加は任意だ。だが、我々ギルドとして、この事態を見過ごすわけにはいかん」
その場に集まっていた百人以上の冒険者たちは一斉にざわめいた。
「まさかスタンピートか?」
「魔王軍の動きじゃないのか?」
「くそっ、報酬が高くても死んだら意味ねえぞ」
中には顔を青くしてギルドを後にする者もいた。だが、数人の屈強な金級冒険者がその場に立ち上がると、空気は少しずつ変わっていった。
そして、リリィもまた、静かに前へと進み出た。彼女の冒険者バッジは、銅級。けれども、その目には迷いはなかった。
リリィ
「私も、行きます」
静かな声だったが、周囲にいた者たちは思わず振り返る。誰もが、彼女の名を知っていた。
普段は一人で動く孤高の冒険者。それでも、クエストの成功率は常に高かった。
ゼンは一瞬、その瞳を細めてから、口元に穏やかな笑みを浮かべた。
ゼン
「ああ、リリィ。お前なら頼れる。だが、焦るな。戦場は、冷静さを忘れた者から命を落とす」
リリィは頷いた。その瞳には、確かな覚悟と、誰かを救いたいという願いが宿っていた。
こうしてリリィは、動き出した。向かう先は、山と森に囲まれた「トリスタンの町」。
そこはすでに前線となっており、他の町から派遣された冒険者たちが次々と集結していた。
・・・・・
トリスタンの町に到着したリリィは、すでに緊迫した空気に包まれているのを感じた。町の外周には仮設の柵が作られ、城壁の上では弓兵や魔法使いたちが警戒を続けていた。
町の中央広場では、指揮官を務める金級冒険者が他の冒険者たちをグループ分けしていた。
指揮官
「敵は、スタンピートで現れた地下ダンジョンから溢れ出てきている。すでに西の村々は壊滅状態。この町が落ちれば、群都まで一直線だ。ここが防衛の最終ラインだ。皆、心してかかれ!」
リリィは、30人ほどのグループに配属された。彼らの担当は、町の東側にある主城門の守備。日が暮れる前に準備を終え、皆が各々の武器を手に配置についた。
そして夜が訪れ、ついに戦いの時が来た。
最初に現れたのは、ゴブリンの群れだった。数は多いが、個体ごとの力はさほどではない。しかし、それを追うように現れたのは、魔狼。そして、黒い肌を持つ大型のオークたち。彼らの手には巨大な棍棒や斧が握られ、吠えるたびに周囲の空気が震えた。
激しい戦闘が始まった。剣士や戦士たちが正面でぶつかり、弓兵や魔術師が援護する。リリィは後方から結界を張り、仲間に治癒の魔法を送り続けた。
リリィ
「ヒール、リジェネレーション。結界、展開」
淡々と詠唱するたびに、傷ついた戦士たちの体が光に包まれて癒されていく。結界は魔物の投石や爪を受け止め、味方の防御線を守った。
だが、戦いは一晩中続いた。ゴブリンの死体の上に、さらにオークが乗りかかり、魔狼がその隙を突いて襲ってくる。攻撃を受けた者たちは次第に体力を消耗し、動きが鈍ってきた。
冒険者A
「くっそ、体が 重い 」
冒険者B
「もう、魔力が もたない」
リリィの顔にも汗が滲んでいた。だが、彼女は動きを止めなかった。
リリィ
「あと少し 結界、再展開。ヒール、拡散モードで !」
淡い光が空に広がり、倒れかけた仲間たちに再び力を与えていく。
その姿を見て、誰もが思った。この少女は、ただの銅級ではない。
戦いがいったん落ち着いた深夜、トリスタンの町は瓦礫と血の匂いに包まれていた。
魔物の死体があちこちに転がり、冒険者たちもまた多くが倒れ、呻き声と叫び声が絶えなかった。
誰もが疲弊し、次の夜が来ることを恐れていた。
リリィは、冷静に周囲を見渡していた。自らの魔力も限界に近く、背中には冷たい汗が伝っていた。
「まずは、戦力の高い、生き残る確率が高い者に魔力を使うべき」
そう判断したリリィは、盾役として最前線で戦った者たちの中でも、まだ息のある重傷者を選び出した。その中には銀級の冒険者や、戦士団の元兵士も含まれていた。
リリィ
「回復魔法、ヒール・マキシマム」
淡い光がリリィの手から放たれ、戦士の身体を包んだ。裂けた鎧の隙間から覗く肉が再生し、血の流れが止まっていく。治癒された男は驚いたように目を開け、震える声で礼を言った。
戦士
「助かった。おまえ、何者だ」
リリィは黙って首を横に振った。彼女にとって、命を救うことは当然のことだった。ただし、それが可能であればの話だ。
・・・・・
その様子を見ていた他の負傷者たちが、次々と口を開いた。
冒険者A
「おい、俺にも頼む!足が、もう動かねぇんだ!」
冒険者B
「こっちのやつ、腹を裂かれてる!あんた、もう一発頼む!」
冒険者C
「何であいつだけ回復したんだ!全員助けるべきだろ!」
殺気だった声が飛び交い、リリィは静かに答えた。
リリィ
「私の魔力は無限じゃない。回復魔法は、もう限界なの」
そう口にした瞬間、場の空気が冷えた。誰もがその言葉を受け入れられず、怒りと焦燥を隠せなかった。
冒険者D
「ふざけるなよ!回復できるなら、全部やれよ!」
リリィは睨まれながらも、その場を離れようとした。だが、背後から男が地を這うようにして、彼女の足元に縋りついた。
男
「頼む。うちのリーダーを助けてくれ。もう息が!」
リーダーと呼ばれた男は、若く、顔にまだ少年の面影を残していた。しかしその態度は横柄で、先ほどまでリリィに対して不遜な口を利いていた。
リリィは、一瞬だけ目を伏せた。そして、小さく息を吐きながら、最後の魔法を唱えた。
リリィ
「ヒール」
リーダーの胸が光に包まれ、心臓の鼓動が再び力強く響いた。
助けられた若きリーダーは目を開け、周囲が安堵とともに歓声を上げた。だが、すぐに別の声が上がった。
冒険者E
「なんだよ、今の!回復はもうできないって言ったじゃねえか!」
冒険者F
「嘘ついてたのか!あんた、自分の判断で命の選別をしてたってことかよ!」
怒号が広がり、怒りの視線がリリィに集中した。彼女は言い訳もせず、静かに立ち上がり、壁際にうずくまった。
リリィ
「結界」
青白い光が彼女の周囲に広がり、半球状の透明なシールドがリリィを包んだ。その中に一人で籠り、彼女はうずくまった。
「守れる命を、守っただけ。それだけ」
リリィは、小さくそう呟いた。