第4話:病院での事情聴取
事情聴取は病院内の「カンファレンス室」で行われた。普段は患者に病気について医師が知らせる用途で使われる部屋だ。内容が内容だけに外部に漏れないようにとの病院側の配慮があり、情報が外に漏れにくいこの部屋が選ばれた。
10畳ほどの部屋に長テーブルが2つ、そしてホワイトボードが置かれた部屋。医師の名前は森脇未来と言った。
「花園芽亜里ちゃんってホントに生きてるんてんですか!?」
「こら! すいません、話を聞かせてもらえますか」
暴走気味の海苔巻あやめ、警察署内ニックネーム「アラレちゃん」は早速暴走気味だった。それをベテラン刑事飯島がたしなめた。
「はい……。捜査なんですよね?」
「どういう事ですか?」
ドラマの渋い刑事の様にイケボで尋ねた。
「あぁ、普段は個人情報の関係で患者の状況はお話ができなくて……」
医師はいつも通りを貫く。明らかに普段と違うけれど、流されないならいい医師とも言えた。ただ、悪く言えば「杓子定規」と言うやつで融通が効かないとも言えた。
「大丈夫ですよ。こういった時は例外になりますし。ご本人から話が聞けるようになったら聞きますし、事件解決に向けてご協力お願いします」
「はい……」
医師は初めから話すつもりだったのだろう、予め持ってきていた資料を広げ始めた。
それによると、花園芽亜里は腕と脚が切断された状態で病院に運ばれたという。彼女はそれでも生きていた。運びこまれたダンボールは2個。1つは頭と胴体のみ、2つめは腕2本と脚2本が納められていた。全裸で行方不明当時に着ていた服は入っていなかった。
「体温は20℃。かなり危険な状態でした。雪山で遭難した人で最低体温が14℃から生還したってのがあったって記憶してます。ただ、彼女は手足をつなぐ手術が必要でした。世界でも類を見ないほどだとご理解いただけると思います。現在はICUで24時間監視中です。まだ意識はなく予断を許さない状態です」
医師は少し興奮気味に早口で話した。
「切断面は比較的きれいだったので、つなげる可能性があったんで全力を出しました。手術時間は20時間。血管と神経を1本1本つなぐきびしいものでした」
「そうですか……」
医師が出せる情報は限られている。ただ、聞けば答えるのでそれ以上の情報は刑事のヒアリング能力にかかってくる。
「切断面などから、なにか気づいたことはありませんか?」
「そうですね……」
医師は顎を触りながらしばらく考えてから続けた。
「皮膚も筋肉も、そして骨も切断面はかなりきれいでした。不謹慎かもしれませんが、芸術的なほど……」
「そうですか……」
ベテラン刑事飯島でもここまでで話は終わりそうだった。
「骨なんてナイフみたいなもんじゃ簡単に切れないでしょ?」
海苔巻刑事が興味100パーセントで訊いた。
「そうですね。皮膚や筋肉は別として、骨は硬いですから手術ではノコギリで切る方法を取ってます。それ以外に骨を切るには斧とかナタとかあると思いますが、厳密には『切る』ではなく『折る』に近くなってきますね。花園さんの場合はなんらかの医療的な道具が使われていると思います。しかも、切断した人物はかなり腕がいいですね」
「そうなんすねー。お医者さんなら誰でも骨を切れるんすかー?」
緊張感のないその声色に医師も気軽に答えられるようになったところがあった。
「いや、ほとんどが外科医でしょうね。医師は学生の時は色々な勉強をしますけど、病院勤めをすればするほど専門的になり、外科医は外科だけ、内科医は内科だけを見るようになります」
「そうなんすねー」
今のところ犯人に直接つながるか情報はなさそうだった。
「あ、そうだ!」
「どうかしましたか?」
ベテラン刑事飯島がイケボで訊いた。
「箱の中に花が……」
「花? あの咲いてる花ですか?」
医師の予想外の答えに聞き返してしまう。
「その花です。切り花が段ボールに一緒に入れられてました」
「その花を見せていただけますか?」
飯島は話を聞きながら手帳に「花」と書いた。
「あ、持ってきますよ。現物を」
「お願いします」
医師はポケットから電話機を取り出すと内線らしく、看護師に花を持ってくるように指示した。受話器からは「分かりました」という声が漏れ聞こえていた。
「今からお持ちしますので……」
「恐縮です」
ここで医師が部屋の時計をちらりと見た。
「すいません、そろそろ私は……」
「あ、すいません。ご協力感謝します」
こうして事情聴取が終わった。前代未聞の事件なので刑事としても何を聞いたらいいのか分からなかったというものあった。花はほどなく看護師がビニール袋に入れた状態で持ってきた。今のところ、手掛かりはこれだけ。刑事たちはこの線から捜査を開始することにしたのだった。