表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/77

第51話:犯行の詳細

「1件目の秋山さんは本当に自殺でした。勤務先の銀行でお金を貸している会社でもからの返済を待つ代わりに賄賂をもらっていたらしいんです。それまでも秋山さんのところにお願いに来てる人がたくさんいました」


 子どもが見ていたのか、それとも花園芽亜里自身が見ていたのか。子どもは見てないよう、でちゃんと見ているのだ。


「それが銀行にバレちゃったらしくて……。そして、それがすごい額だったみたいで……」


 他にも横領なんかもあったのかもしれない。銀行は不祥事として隠したかったことだろう。あとで銀行に裏取りしないといけないと飯島は心のメモ帳にメモした。


「シロちゃんは、元々うちのフリースクールに来てる子でした。お父さんしかいないのに、一人になっちゃって……」


 花園芽亜里も母親を亡くしている。感情移入してなんとか助けようと思ったのだろう。


「保険金は自殺だと入らないって、先生が調べてくれたんですけど……」


 一応、彼女だけではなく大人も介入したらしい。せめてもの救いだった。


「そこで、私は先生に相談して事件を起こしました。腕一本切り落としても他の病院に行くかもしれない。その点、手足4本切断なら必ず安陰総合病院に運ばれます」


 九州には大小たくさんの生産工場がある。機械の作業があると必ずケガ人がでてしまう。刃物を使うような工場では切断事故も起こってしまうことがあるのだ。当然、どこかの病院でつなぐのだが、医師によってうまい下手がでてしまう。


「一般には知られてなくても、救急では先生は有名でした。だから、必ず先生のところに運ばれると確信がありました。先生も宅配便屋さんに扮して箱に納めた私を自宅に納品すると、その足で病院に戻り救急の外電が鳴るのを近くで待機してくれていたんです」


 彼女は達観していた。なんでもないことのようにスラスラと話しているが、その内容は常軌を逸している。


「私の個人情報は写真も含めてわざと流出させました。できるだけ『可哀想な子』として」

「なんでそんなこと……」


 花園芽亜里は立ち止まってくるりと振り向き、後ろからついてくる飯島と海苔巻あやめに言った。


「子どもたちの生活と未来を守るために……」


 もし度を越した献身心から四肢切断に至ったというなら彼女は既に心のどこかが壊れてしまっているのではないだろうか。


 インドには物乞いがいて、ご飯が食べられないと子どもの四肢を切断して物乞いをさせるという。子供のほうが同情心を煽りやすく、結果的にその子はご飯が食べられるというのだ。飯島は嫌なことを思い出したな、と思った。


「フリースクールの子どもたちはみんな情報の拡散方法を習います。大人になってから困らないように。その力を使って『箱入り娘』事件のことを私の個人情報と募金先も含めて拡散しました」


 たしかに、多くの人に自分の仕事内容、サービス内容を知らせることができれば商売として成り立ちそうだ。特に今の世の中では。フリースクールではそんな内容まで教えていたとは……。


「本当は、子どもたちに悪いことはさせたくなかった……。だけど、今の自分の環境から飛び出すため。だから、悪いことは1回だけ。みんなの得意な分野でを1回だけ力を借りました。それで、みんな違う殺し方に……」


 急に話し始めた花園芽亜里の話の内容はこれまでのものと違い、説得力があった。少なくとも、森脇の言う「手足を切断するのが好きだから」とか花園芽亜里の言った「お金のため」ではそれぞれの殺人の動機として説明がつかないものが出てくる。


「みんな自分の殻を割るための1回だけ、今の環境を壊すための1回だけ悪いことをしました。親ガチャでハズレを引いた自分の人生をリセットするために。私たちは「普通」になるために全力です。ひとりじゃ力も経験も足りないからみんなで協力したんです」


 容疑者が上がるわけがない。医師も被害者もフリースクールの子の大半が全員犯人なのだから、特定の犯人に絞れる訳がないのだ。犯人をプロファイルしてみても人物像が浮かぶわけがない。かなりの数がいるのだから。


「まず、『文豪』はその一人。将来小説家になりたい小説家のたまごの力を借りました。話だけを聞いて文章を書いてもらったから、実際に現場には行ってません。被害者のことはその人の子供から聞きました」

「……つまり、被害者はフリースクールの子どもたちの親ってこと?」


 花園芽亜里はまた振り返って真顔でコクリと頷いた。彼女としてもここは大事な部分なのだろう。


 そして、道理で被害者の関係が見つからないはずだ。本人たちは無関係だったのだから。あえて言うなら「DV親」と言ったところか。彼女たちのフリースクールは費用もかからないし、シェルター的な意味合いもあったから、父親にはもちろん母親にも言ってないことが多い。点は2つ以上出てこないと線にはならないのだ。


 飯島は母親まで知らないなんてことがあるのか考えてみた。いつか海苔巻あやめが言っていた教育用タブレットを子どもたちはリセットして普通のタブレットとして使っていた話を思い出した。子どもの秘密なんて親は全部把握しているような気になる。だが、実際は子どもはもっと強かだ。実際、警察はそれを発見できなかった。子どもたちの一人一人にもっと向き合っていたらもう少し早くそれに気づけた可能性はあった。


 彼女の話では被害者の各家の子どもたちは軒並みフリースクールに関係していたそうだ。入り浸っている子もいれば、昼間だけ顔を出す子。オンラインだけならば全国に300人以上いるのだそうだ。その多くがDVやネグレクトでどうしようもなくなった子どもらしかった。


「3件目の犯行ですけど……。ATPはあの家の子ども、リュウくんがお酒を飲んで眠っているお父さんに注射しました」

「おいおい。素人にそれは無理だろ。子どもたちの間で練習でもしてたっていうのか?」

「飯島さん、違いますよ」


 花園芽亜里の話に待ったをかけた飯島だったが、海苔巻あやめはなにかに気づいて彼を止めた。


「素人は注射ができないと思うのは注射を受けた人に問題が起きないように、と考えた時のことです。殺そうと思っていた場合は、素人でも十分可能でした。リュウくんもずっと暴力を受け続けていたから……」


 たしかに、会社と家の往復しかしていない被害者に外で接触するのは難しい。そして、家族に気づかれないように家に入る人間も見つかる訳がない。犯人はずっと家の中にいたのだから。


「4件目は海外のテロのニュースを参考にしました。今では100グラム程度の爆弾を抱えて飛ぶ殺人ドローンが自動で追いかけてくるそうです」


 世界の悲しいニュースがこうして日本の子どもたちに悪い影響を与えていた。情報過多の功罪ではないだろうか。


「私たちは、市販のドローンを使って、ドローン操縦士のたまごと共にみんなで操縦の練習をして飛ばしました。花火師の家の子どもと電気技術者のたまごで爆弾を作りました。たっくんのお父さんの宇崎さんは、仕事で詐欺みたいなことをしていたし、家では子どもに暴力を振るっていました。この家もたっくんも限界でした」


 たしかドローンは12機飛んでいた。同時に動いていたら自動追尾だと思ってしまう。そのため、GPSや回路設計の知識がある人間を探した。まさか、12人で練習したとは誰も思わなかったのだ。


「爆弾は大小あって、誰が殺したか分からなくしました。小さい爆弾はドローンを爆破する程度の爆弾しか載ってませんでした」


 子どもたちが将来に渡って罪の意識を少しでも持たなくていいようにの配慮だろうか。死刑執行人も執行ボタンは複数あり、1つだけが本物らしい。執行役の人間が罪の意識に苛まれるのを軽減するためらしい。


「5件目のメチルアルコールもその家の子どものヨウコちゃんが、酔っぱらったお父さんの目の前でお酒を注いだんです。みんなどうやって見つからない様にメチルアルコールを入れるかって考えたみたいでしたが、私たちは違います。殺そうと思って行動すると考え方も行動も変わってくるんです。本人が見てる状態でコップに注いだって聞いてます」


 狙ってか、偶然か、これも完全に盲点を突いてきていた。


「メチルアルコールは、金物屋さんの家の子の店で万引き……じゃなくて内引きしたので警察が商品を買った人を探しても見つかりません。店のバックヤードから盗んでいるので店の防犯カメラにも写りません」


 客が店から物を盗むことは「万引き」だが、店員やアルバイトが店の物を盗むことは「内引き」という。メチルアルコールの出処を探しても見つからない訳だった。POSシステムが入っていないような店なら在庫管理も手作業なので500ミリリットルのメチルアルコールが1本なくなって在庫数と合わなくても気のせいだと思うだろう。それどころか無くなったことにも気づかない可能性すらあった。


「6件目のくんの家はお父さんは子どもが大好きな人でしたが、性犯罪者で子どもたちを性のはけ口としか見ない方でした」


 6件目の被害者は小学校教師の小川秀樹という男だ。子どもをさらってきては監禁していたずらをしたり、撮影をしたりしていたらしい。


「暴力は振るってなかった。子どもたちを誘拐しても殺さずに帰していました。でも、子どもたちは心に一生残る傷を負っていたと思います。だから、その罪を暴いて国の裁きに委ねました。ただ、子どもたちのことは二度と誘拐できないようにネットでもリアルでも有名になってもらいました。一定の心の傷は負ってもらいました」


 事件だけ見たら確実に小川は被害者だったが、被害を受けた子どもは多い。こちらは別途捜査中だ。


「7件目のカリウムも簡単。他のアルコールと同様に注射をしてます。家族以外いない場所、家族以外入れない場所で犯行は行われました。証明はできません。DVの証拠が出せないみたいに。お母さんのことを調べても何も出てきません。計画すら知らないんですから。子どもはそんなことができるはずはない、と先入観で犯行の可能性から除外されました」


 これも彼女に1本取られている。DV同様に家庭内での犯行だ。当然、アルコールでの殺人は逮捕される。それに比べ、DVは軽視されていることは否めなかった。


「じゃあ、花は?」


 1歩前を歩く花園芽亜里の後ろ姿に飯島が問いかけた。各犯行現場には花が手向けてあったのだ。それも皮肉なことに「誕生花」だった。 


「花はフリースクールの裏の花壇の花を使いました。花農家になりたい子と花屋になりたい子が季節の花を覚えられるように植えたものです。何種類かあった中からわざわざ誕生花を選んだ理由は、これが『単発』ではなく『連続』だと思われるようにです。本を出版するためには長い期間世間の目を惹きつけておく必要がありました」


 本を出版するために早い段階で連続殺人だと思われる必要があったってことか。出版するには時間がかかることを知っていたということになる。


「警察は花のことは公開してくれなかったので、不発に終わったと思っています」


 警察は時として、あえて全部を公開しないときがある。「犯人のみ知ること」を知っているかで模倣犯との区別をつけるためだ。今回の場合、花園芽亜里の関係者が犯人だということは間違いないと思われるが、医師の森脇も子どもたちも情報を共有している様なので、これだけでは特定はできなかった。


「出版社は? なぜ東北を選んだ? 仙台の出版社は約1500キロも離れてるだろ。出版社なら東京が一番多いだろうし、福岡にだって出版社はあったはずだ」


「『文豪』の小説を出版したいと思ったんので、みんなで調べられただけの出版社全部に原稿を送ったんですが、反応してくれたのがあの会社だっただけです」


 意外にどうでもいい理由だった。これは深読みした大人の負けか……。子どもの考えは大人のセオリーには当てはまらない。飯島はやられたと感じた。


「話題になった後になって何社か話はあったんですが、すべて断って一社にしてました。直接会いたいって言わないところも都合がよかったです」


 出版社の人間が会いに来たとして、「文豪」だと聞いて会ったら被害者だったらどんな顔をしただろう。飯島の口元に複雑な苦笑いが浮かんだ。


 彼女の自白内容は現在取り調べ中の森脇のものよりもよほど信ぴょう性があった。もちろん、彼女自身の四肢を切り落としたのは森脇に間違いないだろう。


 その後、彼女は入院していた。打合せは森脇が担当医なのだから警察が見張りを付けてもゆうゆうと面会できただろう。子どもたちとも事前に色々練習などしていれば、彼女が力仕事をするわけではないので可能だった。


「なぜここに来て自白を? ついさっきまで言っていたこととも違う内容があったと思うけど……」


 当初、彼女は自分一人の犯行だと言っていたのに、急に全てを話し始めた。真実を暴くのは昔から探偵の仕事だ。残念だが現実にそんな都合のいいやつはいないのだ。警察から依頼料をもらって捜査協力する探偵なんて日本にはいない。


「お姉さんです」


 くるりと花園芽亜里は振り返り海苔巻あやめを指差した。


「私?」


 彼女も同様に自分を指差して訊いた。


「子どもたちのことも気づいてましたね。犯行が派手なものと他殺だと分からないなものが交互に行われていたのは先生と私のアイデアが交互に行採用されたからだってことも」


 やはり派手な殺人とステルス殺人は交互に行われていたらしい。2人の人間が考えていたのならその性格がまるで違うのも頷ける。


「それぞれがワイドショーで取り上げられる時間を比べてどちらが人々の関心を引くのか、どちらが罪深いのか分かるように小説の最後に書き入れました」


 正直、警察は小説の最後に書き込まれる謎の時間はあまり注目していなかった。表示している割にヒントが全くなく、正しい答えにたどり着く可能性は低かった。むしろ、誤解により間違った方向に操作が進むことを嫌ったのだ。


「気づかれないはずでした。最終的に犯人は私1人になる予定でした。でも、警察のお姉さんは気づいてしまっていた、子どもたちのことを」


 なるほどと思わされる一言。しかし、だからと言って洗いざらい話すのも違う気がした。


「話さなくてもお姉さんたちは最終的には真実にたどり着いてしまう。でも、私は知ってます。お2人に真実を話させない方法を」


 彼女の足で20分ほど歩くとある一軒家の前で彼女は止まった。


「うち、ここなんです。着替えだけ取らせてください。一応、リビングにいる父にも一言なにか……。しばらく帰れないと思うので……」


 これから逮捕されるので家に帰れないと言っているのだろう。外壁はなく、覗こうと思えば植込みの内側まで来ればリビングが見通せるレイアウトになっていた。自供もしているし、明らかに観念している。手足はつながったとはいえ、まだ走ったりはできない。家とはいえ視界から外れることもない。飯島は止める理由を思いつかなかった。


 花園芽亜里は踏ん張りが効かないのか玄関ドアすら一生懸命開けて家に入って行った。彼女の姿はリビングに見えた。声は聞こえないが花園芽亜里が立ち、父親はソファに座っていた。2人の間の会話は別れの言葉だろうか、それとも糾弾、もしくは謝罪……?


 しばらくすると彼女が深々とお辞儀をした。話は終わったらしい。彼女は慣れない手つきで巾着を開きその中身を取り出した。


 ソフトボールほどの大きさのそれは見覚えのないものだった。彼女はポケットからライターを取り出し、その球状の物体から垂れ下がった細い導火線に火をつけた。


 飯島と海苔巻あやめが外から見ていても分かる程度にはたちまち小さな火が導火線を走った。ほんの一瞬の出来事だった。


(ドーーーーーン)


 一瞬周囲が静かになった気がしたが、次の瞬間爆音と共に家のリビングが吹き飛んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ