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第49話:花園芽亜里

 ベテラン刑事飯島と新人刑事海苔巻あやめは、彼女が入院中の安陰総合病院近くの公園に呼び出されていた。


 彼女はまだ松葉杖をついている。そんな状態で病室ではなく、慣れているフリースクールでもなく、病院近くの公園というあたり、話しにくい内容なのだろうと2人は察していた。


 彼女の服装はパジャマではなく普段着。病室でもパジャマ姿を見られるのを恥ずかしがっていた彼女のこと。病院がすぐそこに見えるくらい近いのにちゃんと着替えたのは彼女の17歳という年齢がそうさせるのだろうと微笑ましくもあった。9月になったがまだまだ暑い。普通に歩いていても汗ばむほどだ。しかし、彼女は長袖のシャツにパンツスタイル。つながったとはいえ、手足には大きな傷が残っている。それを隠したいのは年齢の問題だけではないだろう。


 手には巾着袋を1つ持っていた。見るからに手作り。カバン代わりだろうか。裁縫も得意なのだと伝わった。


 公園は普通の児童公園。彼女はすいません、と言ってベンチに腰かけた。


「すいません、来てもらって……」


 花園芽亜里は申し訳なさそうにお詫びからスタートした。


 いえいえ、と同性の海苔巻あやめが花園芽亜里の横に座り、飯島は彼女が話しにくくない程度に離れた位置に立っていた。


「私は逃げたかったんです……」


 取り留めのないスタートだった。年齢的に理路整然と話し始めることは期待していなかった。刑事の2人は彼女が思いついた話から口にするので水を差さず聞きに徹することにした。


「家では父のDVがひどくて……。うちはお母さ……母が昔から身体が弱かったんです」


 彼女は「お母さん」を「母」に言い換えた。大人っぽく話そうとしているのかもしれない。


「私を生んだことで一段と悪くなって、私が中学に入るころには他界しました。それは私のせい……だから、お料理もお洗濯も私がやりました。私は母の代わりになったつもりで……」


 日頃笑顔を絶やさない彼女にそんな過去や背景があったとは、刑事たちは心臓を鷲掴みされる思いだった。


「その後、父は仕事に打ち込むようになってしまって……。……それで、段々とお酒を飲むと私に暴力を……お腹とか、背中とか見えないところを殴られました。でも、少し落ち着くと急に優しくなるんです。泣きながら謝るんです」


 彼女の境遇は更に悪かったようだ。


「そして、いつしか……夜も父は母の代わりを私に求めるようになったんです……」


「「!!」」


 彼女の境遇はどこまで悪いのか。普段の彼女の様子を見ているととても本当とは思えなかった。


「何度も何度も……。昔は優しかった父が、鬼のような顔で殴り始めたかと思ったら、その後、泣きながら謝ってきて、その日の夜は決まって私に甘えてくるんです……」


 彼女はベンチでうつむいたまま続けた。表情は読み取れない。


「多分、人のことが信じられなくなっていたんだと思うんです。高校に入学したら、お友だちともそりが合わなくて……家にも学校にも居場所がなくなって。学校にも行きたくなくて、家にも帰りたくなくて……。私、分かったんです。ああ……、人ってこんな時に思うんだなって……」


 一拍間をおいてから、観念したように続きを言った。


「死にたいって……」


 母親が他界し、父親から虐待され、学校でもうまく行かなかった。このくらいの年齢の子が耐えられるはずもない。誰か頼れる人がいなかったのか、と怒りすら浮かんできていた。


「私は死に場所を探して街をふらふらしていました。高いところから飛び降りるのか。走っている電車に飛び込むのか。どっちも痛そうだなぁ、できれば痛くない方がいいなぁって……。そんなことばかり考えて……」

「芽亜里たん……」


 我慢できずに海苔巻あやめが彼女を抱きしめた。きっと今まではこうしてくれる人すらいなかったのだ。


「そんな時にホープさんにで会ったんです。街で不良みたいな人に声をかけられて連れて行かれそうになっていた私に声をかけてくれたんです。私なんて汚れてるから誰になにをされても別によかったのに……。なんなら殺してくれるならお願いしたいくらいだったのに」


 彼女がいま生きているのが不思議なほどだった。完全に心は死にたがっていた。


「ホープさんは子どもたちをたくさん育ててて……。みんな訳アリで……まるで私みたいに。でも、私はみんなより少し年が上だったんで、みんなのためにできることをしたいなって……。それで私もフリースクリールに行くようになったんです。私の新しい居場所。憧れだったお母さんみたいになれる場所……」


 彼女の顔は上がっていた。もう地面を見ていない。フリースクールのホープ校長との出会いが彼女に生きる希望を与えたのが分かった。


 しかし、飯島はここで少し待てよ、と思った。ホープといえば、医師森脇の別の姿だった。当然、医師森脇は「文豪」として自首し、つい先日全てを自白したところだ。森脇は花園芽亜里になにをさせたというのだ。飯島はここから先を聞くのが怖くなった。


「私は守りたかったんです。あの場所を……」


 飯島は聞きたくないと思いつつも、事件解決に向けての情報が含まれるとしたら聞かなければならないと思った。海苔巻あやめは花園芽亜里の横で彼女の手を握っている。応援のつもりなのだろう。


 ここは飯島のカンが当たってしまった。経験と言ってもいいのかもしれない。こんな時は考え得る最悪の状態になるのだ。そして、彼の予想を超えて最悪の状態が来るのだった。


「……あんな事件を起こせばマスコミは注目すると思って。私の顔と学校と住所がバレたら私は家に帰れなくなる……。帰らなくてよくなる。マスコミが注目してるからお父さんも私に会いに来れない。お父さんだって自分がしてきたことは分かるはずだから」

「……え? 芽亜里たんも事件に関係してるってこと?」


 恐る恐る海苔巻あやめが尋ねると、花園芽亜里は静かに頷いた。


「先生は強力してくれただけ。お父さんが二度と私のことを抱こうなんて思わない様に、手足に大きな傷をつけて、裸を全世界に晒して、嫌悪感で近寄らないようにした……それを手伝ってくれただけです」

「そこまで……」


 つい飯島の口から言葉が漏れたが、彼女の境遇を考えたらそこまで思い詰めても致し方ない部分はあった。


 ここで花園芽亜里は顔を上げると2人の刑事の顔を見て、決意したような表情で言った。


「私が『文豪』です」

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