表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/77

第48話:「文豪」の証明

 ここは西早良警察署の刑事課の取調室。無機質な部屋は見ただけで昭和を思い出させる。普通の壁なのにその壁を見ただけで昭和から何も変わっていないのが感じられる部屋。6畳から8畳ほどの小部屋の中央に無機質な事務机が1つ。机を挟んで椅子は2脚、容疑者と刑事のための椅子。少し離れた位置、部屋の入り口付近に壁に付けられた机がもう1つ。こちらは記録係のためのものだろう。


「文豪」こと森脇は椅子に座って机の上に置かれた紙を眺めていた。


「1件目の秋山を自殺に見せかけて殺した件だけど……」


 机を挟んで向かいにベテラン刑事飯島が話を訊く。


「……小説にしたためました。そちらをご覧ください」

「いや、そうじゃなくて、供述書ってことであんたに手書きで書いてほしいんだよ」


 警察は「供述書」といって自ら書いたようにして、警察が文章を考えることは少なくない。


 よくニュースで見かける「○○したことに間違いはない」の様なフレーズは警察側が提案したものだ。こんな普段使わないような言い回しを逮捕された直後の人間が使うはずがない。「供述書」は自供を形にしたもの。後で容疑者が真逆のことを言い始めないように形に残しておくためのものだ。


「……小説にしたためました。そちらをご覧ください」


 森脇は机の上の紙を見つめたまま答えた。もう何度このやり取りをしただろう。警察は納得できる回答が出るまで何度も同じ質問をする。


「いや、あんたが自分でやったっていうなら、全部の犯行のことを書けるだろう。俺たちは小説も読んだけど、直接あんたから聞きたいんだよ。


 これまで「文豪」は全く表に出てこなかった。だから、誰にでも文豪を騙ることはできた。裁判の時になって「自分は『文豪』ではありません。警察にそう言わされただけです」なんて証言を始めた日には警察は恥さらしもいいところだ。それを防止するためにも供述書は必須なのだ。


「もう一度聞くよ? 1件目の秋山智也さんだけど、覚えてる? 自分で小説に書いたんだよね? どうやって自殺に見せかけて死亡させたのかな?」

「……」


 森脇が饒舌に話していたのは、出頭してから数日の内だけ。その後は「小説に書いた」だけしか言わなかった。膠着状態が続き、供述書を取ることは難しいと判断されるタイミングだった。取調室のドアをノックして海苔巻あやめが顔を出した。


「先輩、ちょっと……」


 少し開けた扉の隙間から顔を少しだけだし、ちょいちょいと手招きした。


「なんだ?」


 取り調べで忙しい時だが、膠着状態で事態は進まない時でもあった。飯島は気分転換とでも言わんばかりに少しだけ入口に近付いた。


「花園芽亜里が先輩と私に会いたいって……電話が入ってます」

「彼女が?」


 海苔巻あやめは少しだけ声をひそめて内容を告げたが、取調室は静かだったこともあり、中の森脇にもその内容が伝わってしまった。


「んーーー……。分かった」


 飯島が了承の返事をしたタイミングだった。


「待て」


「「ん?」」


 飯島と海苔巻あやめの声がハモった。


「動機を話す! 本当の動機を! たった今、話す心の準備ができた」


 さっきまでとは打って変わって森脇は目に精気を取り戻り言った。


 花園芽亜里は後回しになった。別に警察署に来ているわけじゃない。あとで会うと連絡をすれば解決である。それよりも、目の前の「文豪」の方が重要だ。連続予告殺人事件の犯人が今度こそ自白するというのだから。


「僕はね、良い事をしたいんだ。悪いやつを殺す。自分は正義。単純だ」


 森脇の自白はそこから始まった。


「DVなんかクズがやることだ。派手に殺して世の中の関心を引く。そのうちDV加害者がターゲットだって知れ渡るだろう? 結果的にDVが減る、そう考えた」


 それは小説には調節的に書かれていなかった内容だった。しかし、四肢切断フェチ同様、自分勝手な動機としては認められるだろう。


「でも、それは矛盾するんじゃないか? 小説ででかでかと書いているならまだしも、裏テーマみたいにしたら民衆には正しく伝わらないかもしれない」

「万が一にも曲がって伝わらないようにネット掲示板とSNSで人々の信じる方向性をコントロールした」


 飯島は横にまだいる海苔巻あやめの顔をちらりと見た。すぐに彼女と目が合った。


「そんなことできる訳が……」


 飯島がそう言いかけたところで海苔巻あやめが思い出しながらぽつりぽつり言った。


「たしかにそんな掲示板とかSNSのアカウントは多数ありました。話を聞いたら誘導していた気がします。ただ、結構な数があったのでたくさんの人がそう思ってるんだろうなぁって思ってました……」


 理解してもらえたか、と言わんばかりに森脇は口元を少し緩ませた。


「ネット限定での協力者がが全国に約300人はいる。彼らは計画の全貌は知らないが、みんな人の意見を誘導する方法を知っている。人々の誘導なんて簡単ですよ」


 自信のある表情に彼の自供には確からしさがあった。


「僕は手足の切断以外興味ないから、首吊りとかはあんまり覚えてない。花園芽亜里についてと最近やったおっさん……君島だったか……四肢切断したやつ。あれはよかった……」


 ニヤついている顔から四肢切断フェチなのは本当なのだと伝わった。


「あと、薬については調達に苦労したから覚えてる。詳しく話すよ」


 そこからの話は彼が「文豪」であると納得できるだけの情報が出てきた。犯人しか知り得ないことが語られたからだ。


「花については、この世を去って生まれ変わるわけだから、誕生花を送ったよ。たまたま庭に咲いてたからそれを拝借したけどね」


 死体近くに花がたむけられていた話はマスコミでは語られなかった話だ。彼が「文豪」であると証明していた。


「ついでに言うと、フリースクールの校長も僕だ。全ては金のためにやった」


 花園芽亜里の募金や「文豪」の本の印税も最終的にはフリースクールHOPEに入るようになっている。従来、被害者救済の精神だと考えられていたので違和感はなかったが、「文豪」=森脇=校長ホープ、だとしたら話は大きく変わってきてしまう。金は殺人の強力な動機となるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ