第47話:自首
9月某日。まだ夏の暑さが全く緩まない頃、安影総合病院の医師、森脇が警察に自首した。一人で警察署を訪れ、総合受付までに入っていった。
「『文豪』連続予告殺人事件は僕がやりました」
「……はい?」
対応したのは着任間もない新人の婦警だった。最初は目の前の人物がなにを言ってるのか分からなかった。数秒あけて、遅れて理解した。
「しょっ……少々お待ちください」
少し間の抜けたやり取りのあと、森脇は刑事課の取調べ室に通された。
西早良警察署のベテラン刑事飯島と新人刑事海苔巻あやめが後に病院の彼の部屋を訪れると腕や脚の切断のための資料がたくさんあった。大概的には論文。腕や脚の再接合のための論文だった。
「僕が犯人です。僕は手足を切断するのが好きなんですよ。病院の部屋をみてもらったら分かるはず。合法的に切断できるように外科医になったし、患者が向こうからやってくるように日頃から研究もしてその道の専門家になった」
取調室で森脇はスラスラと話した。
「えっと……」
飯島はその勢いに押されたほどだった。しかし、森脇は更に続けた。
「花園芽亜里の四肢切断も僕がやった。ずっと目をつけていた。薬で眠らせて切断した。……彼女は美しい。あの白い肌を見ていたら、いつか切断したいってずっと思っていたんだ。ある日、衝動にかられて、ついに実現した……。他の殺人も僕がやった。殺人トリックに関しては小説にしたためた。それを読んでほしい」
多弁に話した最初と違ってその後は「小説で読んでほしい」とそれ以上語らなかった。
長期に渡って世間を騒がせた「文豪」殺人事件はこうして幕を閉じた。
***
「森脇が『文豪』だったってことですよね……。あまりにもあっけないというか……」
警察署の屋上で海苔巻あやめが飯島に答えを求めるみたいに言った。
「やつなら2件目と8件目の四肢切断をする技術と設備を使う環境を準備できる。調査はこれからだがATPやカリウムなんかの専門的な薬品も調達できるだろう」
「でも、それらをどうやって摂取させたかとか、謎は多いすよ」
飯島の横顔に投げかける。彼は警察署から見える遠くの景色を見ながらやや思考が止まっていた。一応、動機はある、犯行を行う技術も設備もある。自白だってある。世間は何ヶ月にも及ぶ不安から開放される。
多少の違和感はあるものの世の中はゼロとイチだけじゃない。このまま逮捕で犯行が止まればそれで解決ではないだろうか、と。みんなの幸せではないだろうか、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「DV親への制裁とかって話は……」
「分からないな。小説にはターゲットを選んだ理由は詳細には書かれてない。『無差別』ってことになるだろうな」
被害者同士に繋がりがないのだ。『「文豪」無差別予告連続殺人事件』が今回の正しい呼称となる。
「もうしばらく取り調べが続いて、これ以上供述がなくても逮捕する流れになるだろうな」
「それで事件解決っすか!?」
海苔巻あやめは不満でいっぱいだった。
「あぁ……そうだ」
「でも、事件の全貌はまだ分かってないっす!」
どうして人は2人で話すとき、一方が意見Aの立場になると、もう一方は意見Bの立場に立ってしまうのだろう。飯島も納得いかないところはあっても、今のままの未来を確定させようとしている。
「それはこれから取り調べだな」
「絶対おかしいじゃないすか! 矛盾があるっす! これってホントに正義すか!?」
「警察はなんでもできる正義のヒーローじゃない。悪いことをしたやつを捕まえるだけだ」
「……」
組織としての意見なのか、大人の意見なのか、飯島の言い分と海苔巻あやめの意思は必ずしも同じではなかった。




