第46話:急展開
「ふう……」
和田は「文豪」に会うために福岡に出張してきた。仙台空港から福岡空港へは直通便があるものの、飛行機で約2時間半かかる。料金の安いLCCで来たものだからシートが狭くて身体が痛くなっていた。
気が進まない理由はもう一つあった。むしろ、こちらの方がメインと言える。これから連続殺人の犯人と会うのだ。身の危険を感じないではいられない。しかし、こういった体験も自身の原稿のネタになるという作家としての好奇心も内包していた。色々な感情が入り交じるからこそ気が重く、足取りも重かった。
それでも福岡市の空港は世界的に見ても都市部から空港までの距離が近く、地下鉄で2駅で博多駅という福岡市最大のJRの駅に着いた。和田としては、心の準備が十分ではないうちに博多駅についてしまい複雑な心境だった。
事前に道順を調べていたものによると、駅からはバスで30分ほどで「文豪」が指定した場所に着くようだった。博多駅からのバスは至るところから発着するようで福岡が初めてだった和田にとっては地図アプリなしではたどり着けない場所なのであった。
***
そこはやはりレンタルのコンテナボックスだった。「文豪」が指定した場所は住宅街の中。
事前に地図アプリで確認してもレンタルのコンテナボックスだった。和田的には新しくアパートなどになっていると予想していたのだが、早速予想外だった。
コンテナボックスは家1軒分ほどの土地に大小全部で16ほど置かれていた。上下二段になっているので思ったより多かった。かなり大きくて一つの部屋くらいの大きさのものもあれば、バイクとちょっとした工具を入れたらいっぱいの小さなものもあった。
和田は敷地内をうろうろしてみた。「文豪」の指示はこの住所まで。これ以上はどこに行けばいいのか分からなかった。
とりあえず、一つ一つコンテナボックスを見ていると、大きなタイプの一つのドアに「央端社」と明朝体で印刷された紙が貼られていた。
恐る恐るドアノブに手を伸ばすと鍵はかかっておらずドアが開いた。家のドアとは違うみたいで重たく、少し錆びているのが開けるときに「ぎぃぃぃ」と重々しい嫌な音がした。和田の心境にも似た重さだった。
「す、すいませんー。入りますよ……」
コンテナボックスの中は窓がなく、外光は入ってこない。その代わりにLEDのランプがあり室内は見えた。ランプは指向性が高い物だったみたいでコンテナボックスの中央のテーブルは明るく照らしているけれど、周囲になるほど薄暗かった。
中に入って見渡すと、中央に華奢な作りのテーブルが一つとテーブルを挟んで左右にイスが各一脚、合計二脚置いてあった。それ以外は壁際に本棚が置かれており、なにかの本がぎっしり並べられていた。本棚の上には本が積んであり、一見すれば本好きが家に入りきれない本を保管するために借りたコンテナのようにも見えた。
和田が座っていいものか、「文豪」が来るのを待っていた方がいいものか判断しかねていると、コンテナボックス内から不意に男の声が聞こえた。
「まあ、座りたまえ」
「うわっ! びっくりしたっ! ……あ、すいません」
和田の前にどこからかマスクにサングラスに帽子の男が現れた。驚いて大きな声を出してしまったので、相手の気を悪くさせてしまったのではないかとおろおろした。
「まあ、座りたまえ」
マスクの男はもう一度言った。和田は恐る恐る準備された椅子の近い方に座った。
マスクの男はどこからか背の高い折りたたみの椅子を取り出しその場で腰掛けた。和田からは3メートルほど離れている。
「きょっ、今日はお時間を……ありがとうございました。あなたが『文豪』……様でよろしいでしょうか……?」
文豪という単語に「様」が付くものだろうか。和田は色々探り探り質問した。相手は帽子にマスクにサングラスだ。顔がほとんど見えない。それでも正体が分からない相手に礼を尽くす。
男は無言で頷いた。肯定だった。あまり喋ってはくれないらしい、と和田はここでのルールを理解していった。
「今回の出版に当たり、契約書にサインをいただきたくて……」
男は無言で頷いた。これも了承ということだろう。ここで和田は思い切っで本題を切り出した。後になればなるほど言いにくくなると踏んだのだ。
「……あとは……実は、今回の本の後に弊社独自で追跡本とも言える書籍の出版を検討しています。メールのやり取りなどを使わせていただけたら……」
「それはどういう本?」
改めて和田は「文豪」の声をちゃんと聞いた。声は男のもの。背格好は中肉中背。声の感じから40代から50代だろうか。和田は心のメモ帳に「文豪」の特徴をメモした。
「後に『文豪』氏がどうやって犯行を行い、警察に見つからなかったか……とか。……なんですが」
「人物の掘り下げとかは?」
掘り下げとは一般的にその時の心境や人物の過去についてなどを指す。
「できればやりたいと……」
「それはいい」
和田としては意外な答えだった。これまで「文豪」からのメールはそっけない返事ばかりで必要最低限の意思疎通を図る程度のものだったからだ。
「取材協力をしたら印税の一部をもらえないかな?」
今度は「文豪」からの質問だった。和田としては、意思疎通が図れる相手なら、その恐怖は少しだけ和らいでいた。
「それはもちろん。『文豪』本人からの取材となると世間の注目度も上がりますから!」
しかし、現役の連続殺人犯との対峙。緊張しないわけがない。
「いくつか質問をいいでしょうか? 答えにくいものは答えなくて構いません」
和田の問に対して「文豪」は頷くことで返事をした。
「なぜ、殺人を?」
「正義のためだよ」
帽子にサングラスにマスクの表情が見えない「文豪」だったが落ち着いた様子で答えた。
「毎回殺害方法が違うようですが……」
「それはまあ……人には個性があるから」
現役の連続殺人犯が自分の質問に答えている。記事を書く上で最高の状況ではないだろうか。
「被害者によって殺害方法を変えている?」
「まあ、そういう風にも言えるかな」
一問一答形式で質問していくのだと、また新しいルールを和田は覚えた。
2件目のバラバラ殺人は失敗ですか? 彼女を殺しますか? ……いや、一応病院にいることは公には公開されてない。万が一、「文豪」がこの事実を知らないとしたら彼女が生きていることを知って殺すかも。この質問は聞くことができないと考えた。
「今回の一連の予告は警察への挑戦ですか?」
「いやいや。別に警察は視野にないな」
では、なんのための「予告」だというのか。和田には理解ができなかったが一問一答だった。ここで切り替えてしまった。出版したときのための質問ではなく、今現在人々が知りたい質問をした。自らの好奇心に負けたのだ。
「この殺人はいつまで続くんですか?」
「悪いやつがいなくなるまでかな」
殺人犯が「悪いやつ」ではなかったか。和田は極度の緊張もあって段々分からなくなってきていた。恐らく、質問の順番や方向性など全く分からなくなっているのだ。今その瞬間に聞きたいと思ったことを聞いていた。
「『文豪』」さんの考える『悪い人』ってどんな人ですか?」
「そこには2つの考えがあってね……1つは表ではいい顔をしていて裏では悪いことをしている人かな」
和田は「もう1つは……?」と考えたがしばらく間を開けてもそれ以上の回答はなかった。しょうがないので次の質問に移った。
ここで「文豪」のスマホになにかメッセージが来たようだった。着信音はせず、バイブのみ。「文豪」は数秒自分のスマホの画面を見るとマスクの上から鼻のあたりを触ってなにかを考えているようだった。
「どうして出版をしたいんですか?」
「最終的にはお金かな。さて、質問コーナーはおしまいだ。そろそろお開きとしようか」
急に一方的におひらきとされてしまった。
そして、この翌日に「文豪」連続予告殺人事件の犯人が衝撃的に警察へ出頭することになることを誰も予想できていなかった。




