第45話:空振り
ここはフリースクールHOPEの入り口。もう何度めだろうか、2人の刑事がここを訪れるのは。捜査に行き詰まって疲れたので癒やしを求めてなのか、なにか引っかかることがあるのか、またもベテラン刑事飯島と新人刑事海苔巻あやめが来訪した。
「なんとなく、また入れてもらえない気がするんだが……」
「大丈夫っすよ! 前回仲良くなったし」
ちゃんとテナントの表入り口ではなく、建物裏に回った裏の入り口に回ってきている。子どもたちとも何度か顔を合わせて仲良くもなった……はず。それでも飯島は心配していた。
「それはお前だけだろ。そうだ、お前だけでチャイム鳴らしてみろ」
「先輩、怯えすぎですよ。ほら、鳴らしますよ!」
(ピンポーン)『……』
海苔巻あやめは、なんとなくインターホンの向こうに存在を感じていた。
「あやめお姉さんすよー」
『あの人だ!』
『お姉さんだ!』
インターホンの向こうが少し騒がしくなったと思ったら玄関のドアからガチャガチャと音が聞こえた。
「こんちわっすー! ちょーっとだけお邪魔してもいいっすかー?」
「いいよー!」
「いらっしゃーい」
「お姉さんこれ教えてー!」
子どもたちは海苔巻あやめをビッグウエルカムで迎えた。大人気である。前回、飯島が校長ホープと話しやすいようにと海苔巻あやめが子どもたちと遊んでいたのが功を奏したようである。飯島は彼女の後ろから静かにお邪魔した。
「よく私だって分かったすねー」
「インターフォンがついてます」
「僕が付けました!」
一人の男の子が聴きのがせないようなことを言った。
「設置したの!? ボクがすか!?」
「はい! 電気工事士持ってます! 将来は電気屋さんになりたいんです! ほんとはインターフォンの取付けは2次電流が36V以下の軽微な工場なので電気工事士の資格は必要ないんですが、念の為に資格を持っている僕が工事しました!」
男の子は得意分野について聞かれたのが嬉しかったのか饒舌に答えた。
「すごいんすね! 資格持ってるんすね! まだお若いのに……」
「電気工事士の資格は年齢や学歴、職歴に関係なく取れるんです!基礎学力として高校1年から2年生程度の四則演算や無理数、三角関数などの数学の知識が必要です」
見た感じ目の前の男の子は小学校4年生から5年生くらい。ペラペラと説明が出てくることからいつか誰かに言おうと思っていたのかもしれない。
「わー、すごいっすねー。今度うちにもインターホン付けるのお願いしちゃおっかなっす」
「いーよー!」
男の子は得意顔だ。
「ユーリちゃんもすごいんだよ! 円周率をいっぱい言えるんだよ!」
隣の女の子の手を引いて言った。
「……一応、1000桁までは覚えてます」
「すこい記憶力っすねー」
女の子は照れながらも嬉しそうな反応。
「おっと、こっちはゲームっすか?」
別の男の子は仮想空間を戦闘機で飛ぶゲームをしているように見えた。
「シミュレーションゲームだよ。このゲームで世界ランキング100位前後を行ったり来たりしてるんだ」
「将来はeスポーツのプロでも目指してるんすか!?」
「まあ、そんな感じ……ですかね」
こっちの男の子も褒められて満更じゃないようだ。
「ハルカもすごいよ」
「私は花火だから、ここじゃ作業とか見せられないし……」
そう言って次に紹介されたの女の子は申し訳なさそうに言った。
「え!? 花火って作れるんすか!?」
「私は花火が好きだから……」
こっちは女の子で小学生というより中学生かもしれなかった。ここで子どもたちからもみくちゃにされている海苔巻あやめは珍しい物が目に入った。
「あ! ラズパイっすか! 懐い!」
机の上で電子基板を並べてなにかをしている子がいた。
「これはなにをしてるっすか?」
「洗濯機の制御を簡易的にモーター2個とスイッチ2個で再現しようと思ってます」
男の子が手元のボタンを押すと1つのモーターがくるくると回転し始めた。
「おい、なんだよそれは」
なにがなんだか分からない飯島は海苔巻あやめに訊いた。
「ラズベリーパイって要するに……マイコンすね。たしか、2012年くらいから販売されている物で安くて小さいのにモーターとかを制御できるんす。主に教育用っすね」
「すげえな最近の子どもは……。なにを言ってるのか俺に通訳してくれ」
「とにかくすごいってことっす」
「なるほど、理解した。俺には理解できないってことが」
頭をぐしゃぐしゃと掻く飯島。
その他、料理が好きな子や外の畑に野菜を育てている子、花壇の花を育てている子などなどみんななにか得意なことがあり優秀だった。
「なんかすげえな、ここの子は……俺はこいつらくらいのときって虫取り網とカゴ持ってそこら辺でセミ捕まえてたことしか覚えてないぞ」
「ホープ先生がみんな好きなことをやった方が将来のためになるからいいって言って……」
どうも校長のホープ氏の教育方針が良いらしかった。
「今日はその先生はいないのか?」
「先生は今日はおやすみー」
「先生はお仕事の日ー」
どうやら、本業(?)の日でフリースクールには顔を出せない日だったようだ。飯島は校長ホープに確認したいことがあったのだが、空振りだったようだ。よく考えたら、彼の連絡先を知らなかったので、直接会いに来るしかなかったのだった。
「空振りか……。出直すか」
「そーっすね」
捜査なんて順調に進むものではなかった。無駄足もよくあることだった。2人はフリースクールを後にした。




