第44話:犯人の手がかり
「結果から言うわ。8件目の被害者は『脱水』よ」
科捜研のテーブルで沢口靖枝が資料を机の上に置きながら言った。
「人が飲まず食わずの場合、死因は大きく分けて2つ。1つは絶食。普通の状態なら1ヶ月弱は生きていける可能性が高いわ。脂肪を燃焼してブドウ糖を生成するから脳に栄養は届く。その後……」
「待て待て。被害者は手足を失ってた。それが影響するのか?」
難しい話が続きそうだったので飯島は話を遮った。
「どうかしら? 四肢が無い人とある人で断食系比べをした記録は私の知る限りでは存在しないわ」
たしかにそんな非人道的な実験は行われるはずがない。
「もう1つが水分よ。普通の状態でも水がないと人は3日と生きられないわ。今回の被害者は四肢を失ってその分、血液も失ってた。そんな中、炎天下のエアコン無しのコンテナボックスじゃ1日持つか……」
「なるほど。じゃあ、出血死ではなかったんだ」
飯島は見てもいない現場の様子を見て見てきたかのように答える沢口靖枝の話が半信半疑だった。
「手足の断面に生体反応があったわ。つまり、生きたまま固定されていて脱水死したってこと。首と胴体がベルトで固定されてたから動けなかったのね。そうとう辛かったと思うわ」
そんなことが分かるんだとある程度納得だった。
「それで、犯人の手がかりって?」
「今回の犯行を見て改めて思ったの。2件目の被害者の手足を切った人間はその切り口から優秀だけど、つないだ人間はもっと優秀ってことよ」
飯島は腕がいいと医師を褒めているのかと思った。それを察してもっと分かりやすいように沢口靖枝が続けて説明した。
「医師が血管を縫う時って、血管を糸でちょうどいい間隔で縫って縛ると血は止まるの。医師が切断した後大量出血しない様に血管を縛ったとしたら……。そして、つなぐときは自分でやったんだから、どこをどんな風に処理したか覚えてるでしょ?」
沢口靖枝としては、ヒントではなく答えを言っているつもりなのにいまいち響いていないのを彼女は感じていた。
「必要なものもいつも必要数あるとは限らない。……例えば、細い血管をつなぐ細い糸。かなり大量にいるわね。他にも、骨をつなぐ器具の準備、血管や神経をつなぐ顕微鏡の準備、輸血の準備……必要なものはいくらでもあるわ。それらが全部不足無く揃っている病院って福岡にどれくらいあるかしら?」
「どういうことだ?」
沢口靖枝の話し方も一般的ではなかったのだが、ここまで来たら彼女が気づいた。海苔巻あやめである。
「つまり、四肢をつなぐ準備をしてから切断したって考えてるってことすね」
「そう考えれば納得ね。ずっと私、気になってたの。四肢をつなぐなんて大手術よ。しかも、つないだ後にもう一度動くなんて……。相当な名医と言ってもいいわね。その割に、福岡でそんな医師の噂を聞いたことないわ」
ここでやっと3人の考えている可能性が1つに収束した。
「待て待て。あいつは何人目かの犯行時刻に手術をしていたってアリバイがあっただろ」
ここで海苔巻あやめが席を立ち芝居がかった感じで窓の方に歩く。そして、窓のところまでたどり着いたらくるりとこちらを向き、キメ顔で言った。
「真実の扉は最初からずっとそこにあるんす! ブレイクスルーの扉を発見したら、あとは開けるだけなんす!」
「「……」」
3人だけの部屋は一気に静まり返った。たしか、これは彼女が「自分の決め台詞」だと言ったやつ。正直、まだ覚えていたのかと飯島は引きながらも驚いた。沢口靖枝は初めて聞いたのだけど、「きょとーん」の方が強かった。
「安影総合病院の外科医森脇は、4件目のドローンボムのとき手術中だったことが分かってるっす。あと、6件目のメチルアルコールの時は病院に呼び出されて夜中に出勤してたっす」
海苔巻あやめは人差し指を立てて、トントントンと空間を3回叩くような仕草をしたかと思ったら、自分の推理を続けた。
「1人目はノーマークだったから普通に首つり自殺に見せかけて殺害できたんす。2件目のバラバラは四肢をつないだ森脇なら、切断も可能。3件目は毒薬を注射してるっす。4件目は飛ばして、5件目はメチルアルコールを飲ませてるっす。6件目も飛ばして、7件目はカリウムを摂取させ、8件目はまたバラバラっす。つまり、協力者がいるっす! 4件目と6件目だけ別に人間が犯行を行えば成立するっす!」
どうだと言わんばかりに親指と人差し指で「L」を作って飯島と沢口靖枝の方を指さした。
「ロボコンれーてんだな」
飯島が目をつぶって腕組みをして静かに答えた。
「ロボコンってなんすか!? ロボットコンテストのこと!? 0点!?」
恐らく今まで0点を一度も取ったことがないのだろう。
「3件目のATP、5件目のメチルアルコール、7件目のカリウムは毒物の摂取経路も接種方法も分かってないんだぞ!? 被害者の何人かは何時間か前から酒を飲んでたんだ。下手したら家の中に侵入しての犯行かもしれないんだ。森脇とは言い切れないだろ。病院の勤務履歴と予想犯行時間の関係を調べたら分かると思うけど……」
「それっすよ! イルカっす!」
「「はぁ!?」」
話が飛びすぎていて、ついていけない飯島と沢口靖枝。
「先輩、この間の『なぞなぞ』っすよ! 家の中に誰にも気づかれずに侵入して、その家の主人の酒に毒物を混入できる人物……『そんなのイルカ』っす!」
少し前に、飯島が見晴らしがよくて景色がいい愛宕神社の境内で考え事をしているとき、邪魔する目的で海苔巻あやめが急になぞなぞを出してきたことがあったのだ。
Q『手や足が頭が複数あるいきものは?』
A『イルカ(そんなのいるか!)』
そんな子ども向けのなぞなぞだった。
「犯人がイルカ?」
ベテラン刑事飯島は眉をㇵの字の段違いにして少し睨むように海苔巻あやめを見た。
「私の推理が正しいとしたら、この事件には関わってはいけない人物が関わってるっす。すぐに確認に行くっす!」
「おい、どこに行くんだ」
話も終わってないのに席を立った海苔巻あやめを飯島が追いかけた。




