第43話:8件目の被害者
「文豪」による8件目の殺人が行われた。通常通りWEB上に殺人予告が出され、出版社にも原稿は送られてきた。被害者の名前も住所もあったので警察はすぐに動いたのだが、予告された君島は既に行方不明だった。
レンタルのコンテナボックスから変わり果てた姿で発見されたのだ。
現場には警察、鑑識、そして科捜研が来ていた。科捜研が現場に赴くことは異例だった。それだけ「文豪」連続殺人事件に対して警察が本気だと分かった。なにしろ連日マスコミで騒がれていることがあった。警察の威信に関わるのだ。しかも、月一回の殺人であり、毎回殺人方法が違うので世間の興味を失わずにいた。
今回の現場はレンタルコンテナボックス。鑑識が調べている間、警察は待ち時間が発生する。
「またバラバラすね……。『文豪』すね」
「全くだ……」
現場にはステンレスの台が置かれその上に君島が革のベルトで固定している。明らかに死んでいるのでまだ遺体は固定されたままだ。
台の周囲には大量の血痕。ここが殺害現場ということは素人の飯島にも分かった。そして、外の気温は30度を超えていたことと、鉄製のコンテナということで現場は血の臭いに包まれ異臭を放っていた。
「それにしても、すごい臭いっすねー」
「これで近所からクレームがきてオーナーが鍵を開けて事件が発覚したらしい」
周囲は住宅街。その一角にずっと空き地になっていた場所にレンタルコンテナボックスが設置されたのは10年以上前のことだった。
「『文豪』が借りたんすかね。手がかりゲットすね」
「オーナーによると契約したのは前の前のオーナーでどんなやつか分からないらしい」
「オーナー代わりすぎじゃないすか!?」
「こんなことはサラリーマンの副業とかでよくあるらしい。満室になってある程度収益が良くなると次のやつに売って儲けるらしい」
「それでも契約書とかないんすか!?」
「契約書はもうなくて、振込名は『文豪』だってさ。毎月金が振り込まれてたからオーナーはそれ以上調べてもないらしい。銀行は今当たってる」
ここまで用意周到だと振込元の銀行からも手がかりは得られない可能性が高いと2人は思った。しかし、お互いそれを口には出さなかった。世の中にもし言霊というものがあるとしたら、口にすることでそれは現実のものになってしまうと考えた。
「あの血の量……出血死じゃないか? 花園芽亜里のときは生きてた訳だし発見と処置が早かったのか? それとも奇跡だったのか?」
「それは私も気になってたのよ」
「うわっ! びっくりした!」
飯島が話していると下の方からひょこっと会話に入ってきた人物がいた。科捜研の室長沢口靖枝である。彼女は30代ではあるが、背が低く慎重140センチほどでこれは小学5年生の平均身長程度である。その上、童顔。そのため、海苔巻あやめからは「合法ロリ」と褒め称えられている(?)のである。なお、どこかのルヴァンパーティーをしていそうな人はこれっぽちも関係がない。ないったらないのである。
「室長! 会いたかった!」
抱きついて頬ずりする海苔巻あやめ。傍から見たら小学生に擦り寄る危ない人だ。
「……飯島さん、この人をなんとかしてもらえないかしら?」
「今度はリードを準備しとく……」
海苔巻あやめが首根っこ掴まれて猫のように静かになったところで話は続けられた。
「花園芽亜里さんは両腕、両脚を切断されたにしては出血が少なかった。普通、四肢を切断されたら太い血管がいくつもあります。1本切り落とすのにどれくらい時間がかかるのか分からないけど、普通に考えたら全部切り落とす前に出血死するわね」
「そうなのか!?」
専門家でもよくあるのが複数の人がいて誰もそのことについて言及しない場合、おかしいなと思いつつも議論されずに話が進んでいくことがある。四肢を切断されて太い血管も切断されれば大量出血は当然だがこれについて議論されずにここまできてしまった。花園芽亜里が生きていたからこそ、詳しく調べることができなかったのだ。
「花園芽亜里さんの場合は色々処理しながら慎重にかつ素早く切断してるわね。血管なんか塞いであったことも考えられるわ。そうじゃないと四肢を切断して再度つながるなんて聞いたことがないわ」
「普通……ってのはないんだろうが、切断案件のときはどうなる?」
「切断で一番多いのは指だと思うわ。事故なんかの場合は救急病院なんかで対応してるはず。腕や脚はそれより数は少ないはずだけど対応としては同じね。時間が経過したりして繋がらないことも多いわね」
「花園芽亜里の場合は4本繋がったってのは……」
「つないだ医師は相当腕が良かったのね。それが不幸中の幸いだったわ。神経とか血管とか1ミリに満たない管もたくさんあるから顕微鏡とかの設備もあったのでしょうね。糸も細いのが大量に必要だからよくあった思う」
花園芽亜里は色々かなり運が良かったらしい。彼女の手足はくっついていたのだから。
「今回は、まだパット見た感じだけど、傷口を焼いてるわね」
「うえっ」
刑事といえどドラマのように死体を見慣れている訳じゃない。目の前に四肢を切断された腐乱死体があればそんな声も出してしまうのだ。
「あと、あの赤い花はなんだ? なんか七面鳥みたいな……なんかの儀式か!?」
死体が固定されたステンレスの台の周囲を取り囲むように一周赤い花が並べられていた。
「あれはアンスリウムって種類の花よ。サトイモ科の1種だったかしら。お察しの通り8月の誕生花よ」
「また誕生花……」
鑑識が一通り現場の撮影や証拠品を採取した。通常ならこれから死体が検死に搬送されるが、科捜研の沢口が来ているので現場で簡易的に調べることになった。
「この切り口……やっぱり焼いてる。これは後で手足があっても繋がらないわね。2件目とは明らかに違うわ」
「模倣犯ってことか?」
少し離れた位置で死体から視線をそらしながら飯島が訊いた。やはり死体は見たくないらしい。
「詳しく調べないと分からないけど、人は食べなくても1〜2週間じゃ死なないの。水がないと2日から7日。ただ、この被害者は血を大量に失ってるわ。脱水の可能性もあるわね」
「こんだけ血が出てるんだ。出血死だろ」
足元の大量の血痕を見ながら飯島が言った。
「足りないのよ。たしかにたくさん血は出てるけど、出血死には少し足りない。多分切断面を焼いてるから出血が抑えられたのね」
仮に死因が「脱水」だったとして、なんだというのか。飯島にとっては被害者が殺されたことに違いはなかった。
「ちょっと確認したいことがあるから数日時間をちょうだい」
「……」
「犯人の手がかりになるかもしれないから」
「なん……と! ほんとか!? 分かった!」
その後、現場検証の続きと沢口の調べものは続いた。




