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第42話:8件目の殺人

「かあちゃん……」


 小学生の子どもは既に泣きそうだが、必死にこらえていた。


「ごめんね、かあちゃん弱くて……」

「俺が……俺が、かあちゃんを助けるから……」


 団地の5階の3DKで、母と子はなにかを確かめあっていた。


(キイッ、ダーーーン)そこに玄関の鉄と扉が開かれる音。その音と共に子どもは飛び込むように押し入れに逃げ込んだ。


「一樹! かーずーきー! カズキくーん」

「……」


 玄関ドアを開けたのはこの家の主人、君島優斗36歳。帰宅と共に子どもの所在を探す。母親はうつむいて無言。夫とは目も合わせない。夫は既に酒を飲んでいるのが一瞬で分かった。


 君島は狭い団地の家の中を一周歩いたと思ったら、押し入れの襖を勢いよく開けた。そこには布団がきれいに積まれている。


「……」


 君島は無言で数秒間布団を眺めると、布団と布団の間に腕を突っ込んだ。


「うわっ!」


 奥からは子どもの声が聞こえた。それは悲鳴にも似ていた。押し入れの布団の裏側に隠れていたらしい。


「なんしようとや!? お父様が帰ってきたら『おかえりなさい』やろうがーっ!」


 子どもは捕まえられると布団ごと押し入れから引きずり出された。


「どうしてお前はこんな簡単なことができないんだっ!」


 地面に転がって頭を抱え込むようにしている子どもを足蹴にする君島。母親は震えながら見てみぬふりをするしかなかった。


「マぁーマぁー!? こいつがこんななのはお前の教育が悪いからだろ! ママもお仕置きがいるなぁ!」

「やめてぇ! あなたぁ!」


 今度は座り込んだ妻の腹をアッパーパンチで殴る。ドンッというか音とともにうぐっ、と声ではなく音が漏れる。


 その後、ドンッドンッと2発が続いた。全てアザが残っても服で見えない場所を選んで殴っているあたり、これが良いことではない認識はあるのだろう。妻も子供も腹や二の腕はアザだらけだ。そして、そのアザが治る前に新しいアザが増えていた。


 これがこの家の日常、日々繰り返される光景だった。


「ったく……これだから……。俺が教育してやらないとお前らはまともな人間にすらなれてねぇ!」


 仁王立ちで床でうずくまる妻と子を見下して吐き捨てた。


 この日はこれでは君島の気が済まなかったらしい。子どもの首を掴むと持ち上げていった。


「どうしたらちゃんとできるか分かるかぁ!? 分からないときは考えろ! 頭を使え! そして、手足を動かせ! どれもしないお前は怠慢だろ!」


 そう言って子どもを襖に叩きつけた。これは君島がいつも子どもに言うこと。彼なりの考えなのだろう。子どもはうめきながら鳴き声をこらえた。泣くともっと殴られるのが分かっていたから……。



 ***


 君島は目が覚めた。辺りは薄暗い場所。ひんやりしていて室内なのだけは分かった。


「うん……」


 たしか妻と子どもを「教育」してから酒を飲み、そのまま寝てしまったのを思い出した。


「ん!?」


 起き上がろうとしたらカラダが動かないのに気づいた。正確には、動かないのではなく動かしても動けない、だった。


 両腕、腹、首をベルトのような物で固定されていて硬い金属のベッドに固定されているようだった。


「なんだこれ! 誰だ! 外せ!」


 暴れるが拘束は全く取れる様子もない。


「ちくしょう! 離せ! なんだってんだ! 俺を誰だと思ってるんだ!」


 騒ごうと暴れようと全く動けない。そのうち、君島の頭の方向から人影が現れた。


「お前か! こんなことしたやつは! 覚えとけよ! ぶっ殺してやる!」


 威勢よく威嚇したが、黒い人影はまっすぐ立ったまま。両手のひらを上に上げて、さながらこれから手術を始める外科医のようなポーズを取っていた。


『これからお前の腕と足を切断する』


 変声機でも使ったように野太い声でそう言い放った。


「ふざけんなっ! ぶっ殺してやる!」


 君島の威勢はいい。元々キレやすい性格なのだろう。


『通常は全身麻酔でやるが、部分麻酔でやっていく。ちゃんと意識はあるので心配するな。ほとんど痛くないはずだ。骨を切るときは全身に響くらしいが私はまだ自分の骨を切ったことがないのでどれほどかは分からない』


 動けない状態でそんなことを言われたので、やっと身の危険を感じたのか、さらに暴れる君島。


 固定しているベルトは革製なのかちょっとやそっとでは切れそうもない。しかも、たわまない金属製と違って革製なので引っ張ればしなり腕から全く離れない。


『どうしたらちゃんとできるか分かるか? 分からないときは考えろ。頭を使え。そして、手足を動かせ。どれもしないお前は怠慢なんだよな』


「待て待て待て! お前、カズキに言われたのか!? 連れてこい! カズキを! カズキーーー! てめーーー! ぶっ殺すぞ!」


 一段と大暴れする君島に太めの注射を1本打った。


「ひょにょひゃひょふ……はにひやはっは……」


 ものの数分で君島は力が入らなくなり、喋ることもままならなくなった。


『カズキは7ヶ所も骨折の痕があったよ』


「……おみゃえ……たれりゃ……」


 黒い人物は大きめのハサミを取り出した。手術用の小さなハサミではなく、洋裁などに使う大きな裁ちばさみ。


「ひゃ……ひゃにほ……」


 躊躇なく君島のシャツとズボンを切って床に捨てた。次に出てきたのは油彩ペン。黒い極太だ。君島はもうほとんど動けずになすがままだった。


 黒い人物は君島の二の腕と太ももに横一文字にぐるっと一周線を引いた。君島にはすぐにそれがなにか分かった。


『切り取り線だ』


 怯える君島。しかし、動くことはもうできない。


『お前には最後まで楽しんでほしいので……』


 そう言うと手にはまた別の注射器を持っていた。


「……」


 もう君島としたらなにを聞いても恐ろしい。しかも、完全に動けない。その上、腕と足の線を引いた周辺に何度も注射していった。君島の腕と足は痺れたようになり感覚すらなくなってきた。


 君島は喋ることはできない。


『動けないのは怠慢かな?』


 黒い人物は腕を特殊な器具で圧迫するとメスを取り出し皮膚を切り始めた。


「ひょ……」


『切断はいかに出血させないかが勝負なんだよ。大きな血管は塞ぎ、小さな血管は……今回は焼き潰す。神経も細いし、なにより骨が硬い!』


 楽しそうに話すその人物は間違いなく異常者だった。


『大丈夫だって。お前を殺さないから。手足を切断してそのまま放置することにした。誰かが助けに来てももう手遅れだよ』


 目の前で自分の腕が切断されていく恐怖。気を失うと新しい注射を打たれて目を覚まさせられる。君島にとっては地獄のような光景が数時間続いた。


 ***


 1週間後、君島が貸倉庫の中で冷たくなった状態で発見された。彼の周りにはアンスリウムの花が円を描くように手向けられていた。

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