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第40話:校長ホープ

「先生!」

「せんせー!」

「先生!」

「ホープさん!」

「校長!」


 建物に入ると、一瞬、子どもたちが びくっとしたようだったが、この不審者を見ると一斉に集まってきた。その表情は明るい。こうみると見た目に反してちゃんと子どもたちに慕われている校長なのだと分かった。


「お! ユウスケ、髪伸びたか? そろそろユカリに切ってもらえ」

「シオリ、新しい本買ってもらったか?」

「ユウジ、ラジコンやってるか?」

「タクマ、もう高校生の内容やってるんだって? すごいぞ」

「ユキ、お前はもうしばらくここを出るなよ? 買い物は他の子に行ってもらえ」


 その男は、子どもたち一人一人の名前を覚えていて、一人一人に声をかけていた。


「校長先生、本物みたいすね」

「まあな」


 飯島の後ろから海苔巻あやめがひょいと顔を出して言った。


「さー、みんな戻って自分のことをやろう! あと、刑事さんが来てるから静かにな。心配はしなくていいぞ」


 校長ホープがパンパンと手を叩くと、子どもたちは一斉にそれぞれ自分の席に戻っていった。家出の子どももいると聞いたし、「警察」と言うワードには子どもたちは敏感になっているのかもしれないと飯島は自分の職業が少し悲しく感じられた。


 ある小学生高学年くらいの子どもはタブレットで動画を見ながらノートをとっている。画面には複雑な数式が表示されている。飯島にはそれが物理なのか数学なのかすら分からないが、小学生のうちに習うもんじゃないことだけは分かった。


 またある小学生は3Dプリンターでなにかを印刷している。その子のパソコンの画面には自動車のボディのように見えるモデルが表示されている。


 奥ではなにかを料理しているようで美味しそうなニオイもする。他にもミシンで服を縫う子、ろくろで器を作る子など実に様々な子どもがいた。本当に大人に頼らず生きていけるよう訓練しているように見えた。


「みんなすごいっすねー」


 海苔巻あやめが感嘆の声を上げる。周囲の子どもたちも満更ではない表情だった。


「ねぇ、おねえさんこれ分かるー?」


 一人の小学生くらいの女の子がタブレットを見せながら近づいて来た。


「えー、これ代数幾何じゃないのー!? こんなむすがしいことやってんすかー!?」

「じゃあ、これはー?」


 別の男の子が同じくタブレットを見せながら近づいて来た。


「ちょっ! これ、電気工事士の試験の問題じゃないすか! 電気屋さんにでもなるんすか!?」


 子どもたちは海苔巻あやめの周りに集まってもみくちゃにされてしまった。彼女の人懐っこさを子どもたちは敏感に感じ取り、次々話しかけてきていた。


 子どもたちはとんでもなく難しい問題を海苔巻あやめに投げかけるが、彼女は彼女でそれを解いてしまうので、次の子がまた新しい問題を持ってくる。


「では、刑事さんはこちらへ」


 飯島は校長ホープに案内され、この間花園芽亜里が案内してくれたテーブル席に座る。海苔巻あやめは子どもたちの遊び相手として放置することにした。


「すいませんね、子どもたちは警察にあまりいい感情を持ってなくて」

「それはどうしてですか?」


 帽子を少し直して答えにくそうに口を開いた。


「その……ここには親からのDVの避難の子どももたくさんいまして……。警察は騒ぎになっても親を逮捕しません。家の中のことなので、結局不起訴になって加害者は1日~2日で帰ってきます。その後は報復と言うか、バツとして暴力がひどくなります。子どもたちにとって警察は助けにならないというか、煩わしい存在なんです」

「……」


 警察は証拠がないと一歩も動かない。しかも、民事不介入。家庭内のことにはほとんど介入できない存在なのだ。


「ここには大きな声でここにいることが言えない子もたくさんいます。親からしたら私らは誘拐犯ですから。だからこそ、ここに関わっている大人は積極的に前に出てこれません」


 そう言って帽子を少し直した。


 帽子やサングラスで顔をかくしているのは自分を守るため。そして、素顔を見せたら子どもたちも有事の際にはどんな顔だったか問われる。「見てない」「知らない」と本当のことを言わせ、子どもたちに嘘をつかせないためにはこんな方法しかなかった、とでもいうのだろうか。


「少しこのフリースクールについて聞かせてください」

「いいですよ。校長の私、ホープが答えましょう」


 校長ホープが胸に手を当てて答えた。「大きな声で言えない」などと言ってたいが、少しも悪びれた様子もない。


「花園芽亜里さんはどういう存在ですか?」

「メアリですか……そうですねぇ、彼女は彼女は……家庭に色々と問題がありましてねぇ……個人的なことなので私が勝手に話すことはできませんが……その反動もあって、ここでは『おかあさん』のようになってしまって……」


 口では心配しているようなセリフだが、声色は楽しそうだった。サングラスとマスクで表情は全く見えないのでそれもたしかかは分からない。


「刑事さんの前で言うのもなんですが、ここは非合法なところもある。でも、今は子どもたちにそれが必要だ。これは『必要悪』ではないんですよ」

「では、あなたはなんだと思っているんですか?」


 飯島は少し顔を近づけて訊いた。


「単なる受け皿ですよ。人が決めたルールだ。必ず守れない人間が出てくる。それは悪ではありません。切り捨てるのが悪です」


 校長ホープはイスの背もたれに体重を預けてどっしりと座り直し右手で少し身振りをつけて答えた。


「俺たち警察はルールを作ることはできません。ただルールを守ってるか見張ってるだけですよ」

「たしかに。ルール自体の存在について刑事さんと話すのは酷でしたね。メアリ……ともよくこんな話をしますよ」

「花園芽亜里と……?」


 ここで意外な名前が出てきた。彼女は一生徒。そんな話を校長とするだろうか。それとも、ここでは普通なのだろうか。飯島には分からなくなってきていた。


「堂々とした悪いことと、こっそりやった悪いこと、どっちが悪いのかってね」

「それはどういう……?」


 飯島にとって校長ホープが言うことは難解だった。こういう禅問答のようというか、煙にまくというか、ちゃんと分かる言葉で話しているのに、こちらがなにも理解できていない内容の話だった。


「ここの子どもたちは、いわば規格外の野菜です。スーパーには並ばないかもしれない。でも、曲がったきゅうりも美味しいんです。むしろ、のびのびと育って美味しいくらいです」

「はあ……」


 子どもたちを野菜に例えるなんてデリカシーがない人だなぁと思ったが、飯島は空気を読んで否定はしなかった。


「実は私もここの出でして……」

「ええっ! そうなんですか!?」


 たった一言で随分雲行きが変わってきた。目の前のこの男は、マスクにサングラスに帽子と見た目不審者だが、彼なりにここの子どもたちのことを思っているということか、と理解した。


「色々と金が入ってきてるみたいですけど、具体的になににそんなに金がかかるんてすか?」

「子どもたちにかける金は多すぎるこいうことはありません」


「登校できない子や引きこもりの子供は全国にいます。彼らは劣っている訳じゃない。彼らから教育の機会を奪ってはいかんのです」

「全国? あなたはこんな場所を全国に作ろうとしてるんですか?」


 壮大すぎるが話が分かってきた気がした。それならかなりの金が必要だ、と。


「ははは、私はそこまで夢想家ではありませんよ」


 ところが、違うという。飯島とこの校長ホープは相性が良くなかった。話が根本から食い違う。それはIQの問題なのか、性格の問題なのか、とにかく飯島にとって話しにくい相手だった。


「ここはオンラインでもフリースクールも運営しているんですよ」

「オンライン?」


 また飯島の考えの斜め上の話。眉をひそめて聞き直してしまう。


「インターネット上のフリースクールみたいなものです。彼らとも向き合って、開放してあげるんです」

「なにから?」

「彼らをそうさせたもの全てからですよ」


 サングラス越しに目は見えないけれど、彼の目的というか狙いだけは分かった気がした。


「校長先生……」


 一人の少女が不意に横から声をかけてきた。小学校低学年から中学年だろうか。飯島は50代なので、もう子どもを見ても詳しい年齢は分からなくなっていた。なんなら中学年と高校生の見分けもできない。年を取ったなぁと内心考えた。


「どうしたんだい? シロ?」


 校長ホープはサングラス越しだが彼女の目を見て優しく声をかけた。


「これ……」


 彼女は手に携帯を大事そうに両手で持っていた。


「あっ! 俺の携帯!」


 飯島が急に大きな声を出したので、少女は肩をびっくっとはねさせた。


「あ、ごめん。大きな声を出してしまって……」

「先輩ー、よかったすねー」


 子どもたちと遊んでいた海苔巻あやめが戻ってきた。


「お探し物も見つかったようですし……」

「ありがとうございました」


 飯島はキリッとした顔でいつもの低いイケボでお礼を言った。正直、この話しにくい校長との話にも嫌気がさしてきていたのだ。


「ご協力ありがとうございました」

「いえ、なにかのお役に立てましたら」


 フリースクールHOPEを後にした。

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