第38話:刑事の考察
ベテラン刑事飯島は福岡市内の小高い山の上にある愛宕神社の境内に来ていた。車で5分以内には山頂である愛宕神社に辿り着く本当に低い山。その割に境内からは福岡市内と博多湾が見渡せる美しい眺望が広がる場所だ。彼が考え事をするときに使う特別な場所だ。
飯島は携帯の柵に肘をついて日本海を眺めながらこれまでの事件の経過を考えていた。
被害者の名前は、
(あ)秋山智也
(は)花園芽亜里
(い)伊藤重三
(う)宇崎義郎
(え)江藤洋一
(お)小川秀樹
(か)川島勇気
あいうえお順でないとしたら偶然が過ぎる。狙ってあいうえお順に殺しているのだろう。その一方で、花園芽亜里だけ「法則」から外れていた。なぜ、2件目の花園芽亜里だけ名前の法則が違う? 彼女だけ「文豪」ではなく、「文豪」の模倣犯が行った? それなら本物の「文豪」が指摘しないのは合点がいかない。
「文豪」の人物像を考えてみる。1件目の殺人から中年男性の首にネクタイをかけて梁まで引っ張り上げられる人物。
2件目から女子高生の手足をきれいに切断できる外科医レベルの切断能力。しかも、腕のいい外科医。宅配便屋に変装しても疑問を抱かれない背格好。
3件目から、一般では手に入りにくい薬品を入手できる人物。やはり、医療関係者か? しかも、家族に築かれず家に侵入して注射ができる人物。そんな人間が存在するだろうか。家族の話では訪問看護などは受けていなかったらしいし、医師が訪問したこともないという。外出時にどこかで注射されていたと考えるのが自然だろう。
4件目から、ドローンを巧みに操って被害者にぶつけることができる人物で、爆発物の知識もある人物。ドローンは同時に12機も操っていることから自動操縦かなにかだろう。爆発物を作るということは爆弾の知識の他に回路の様なものを作る電気の知識もあると考えられる。
5件目から、薬品に詳しくてその家の主人が飲んでいる酒にメチルアルコールを入れて飲ませることができる人物。
6件目から、小児性愛者が子どもたちを密かに誘拐・拉致・監禁して画像や動画を撮影していたことを知り、それを加害者所有のメモリーカードに入れて加害者の車に入れることができる人物。こちらも家族の話から日常的に客など外部の人間が入って来てはいなかったという。頻繁に子どもを誘拐してきて監禁していたのだから、それは嘘ではないだろう。
7件目から、高濃度のカリウムを入手できる人物で、自宅にいる被害者に家族に気付かれることなくなんらかの方法で摂取させることができる人物。
そして、本の原稿を書ける。メールの送信者が特定できないようにできるネットの知識がある。出版はしたい。でも、その印税はいらない。何の目的があるっていうんだ。
あとは花だ。殺害が行われると必ず傍に花が添えてあった。これにどんな意味がある? なぜ「誕生花」なんだ。殺した相手に誕生花の理由が分からない。
1月、スイートピー
2月、チューリップ
3月、ガーベラ
4月、アルストロメリア
5月、バラ
6月、トルコキキョウ
1月から6月まで来たってことは12月まで……あと6人殺すということだろうか。
こういう時、必ず怪しい人物がいるはずだ。ところが、考えてみても全く思い浮かばない。人が誰かを殺すとき、普通はそこには必ずなにかしらの人間関係とそれに伴う感情がある。憎いとか、邪魔だとか、なにかしらの感情があるはずなのだ。だから全くの無関係というのは逆に難しい。ところが、7件で少なくとも5人は実際に人が殺されている。その被害者にも共通点が無いし、共通する人物もいない。
念のため、関係者のアリバイを確認していった。1件目の被害者には小学生の子どもがいるはずだった。被害者の名前が分かってから住所を探し出し訪問した。ところが、家はもぬけの殻だった。しかし、子どもは小学生。犯人と考えるには無理がある。
2件目の花園芽亜里の父親は娘のあんな姿を見てしまい、憔悴しきっている。あれが演技なら彼は役者になった方がいい。犯人は「外科医」ということで、花園芽亜里を手術した医者が犯人である可能性も考えてみた。しかし、4件目のドローンボムのとき手術中だったことが分かっており、病院から現場まで車で約30分かかることから往復だけで60分。患者は意識が無いにしても麻酔医と看護師が一緒だったので手術中に60分以上抜けることは不可能だった。6件目のメチルアルコールの時はオンコール……夜間の呼び出しをされていた。緊急手術となったらしく夜通しアリバイがある。
あとは、それぞれの家族。1件目の秋山は妻が先に他界していたので犯人とはなり得ない。3件目の伊藤は毒物を注射されたとのことだが、妻も子どもも医療従事者ではなかったので注射を打つことはおろか、注射器や毒物の準備もできない。
4件目の宇崎はリフォームの営業だったということで仕事上のトラブルがないか聞き込みしたところ、クレームはあるけれど殺そうとするほどのものはないらしかった。これくらいで人が殺されていたら世の中はもっと殺人が多いだろうし、怖くて働くことなんてできないだろう。また、ドローンボムが爆発した時には妻と子供は自宅にいたのでこれも違う。事故直後に警察が自宅に電話をかけた時に妻が出たので間違いがなかった。
5件目の江藤はメチルアルコールで殺された。被害者が飲んでいる焼酎に混入されたことが一番考えやすいが、外部から誰かが入って来てその家の主人が飲んでいる焼酎にメチルアルコールを入れるのはまず不可能だろう。その日、来客が無かったことは家族の証言から分かっている。これも外部でなんらかの方法で摂取させられて自宅で死亡したと考えるのが自然だ。
犯人を考えてみると、まるで魔法の様に現れて、霧のように消えていった……。そんな殺人がこの世に本当に起こりうるのだろうか。被害者になんらか死因になるものを仕掛けて、その後に予告を出し、半自動的に被害者を死亡させる。そんな薬か凶器が存在すれば「文豪」の連続殺人は可能だろうか。それでも、限られた時間で被害者の名前と住所などを調べることは可能なのだろうか。
ネットの噂になっているDV加害者を次々殺しているというのは単なる噂と考えていいのか。たしかに聞き込みをすると被害者は自分の子どもに暴力をふるっていたという話が出てくる。それも、近所の人が知っているほど過激なDV。
「どうしたんすか、飯島さん? 渋い顔してお饅頭食べてー。渋い顔にお饅頭は似合わないっすよ?」
「これは饅頭じゃない。いわい餅だ。間違えるならせめて梅が枝もちにしろ」
梅ヶ枝餅は、福岡県太宰府市の名物で、もち米とうるち米をブレンドした生地に小豆餡を入れて焼き上げた餡子餅だ。梅の花が刻印された鉄板で焼き印するのが特徴で、素朴な味わいが人気である。学問の神様である菅原道真が関係している説があるが、この餅のうまさに理由などいらないのだ。
「あ、あれなんすか!? 貝みたいな形の建物」
博多湾の向こう側の陸の上にある建物を海苔巻あやめは指さしている。
「あれはマリンワールドだよ。福岡の水族館。イルカがいっぱいいるんだ」
「イルカ! いいっすね! 今度連れてってくださいっす!」
「嫌だよ。なんで休みの日までお前と一緒にいないといけないんだよ」
「えーーー、イルカ見たいーーー」
子どもの様に手足をバタバタさせて駄々をこねる海苔巻あやめ。もちろん、ふざけている。飯島は、ふんっと海苔巻きを無視して景色のいい境内を後にしようとした。
「おい、アラレちゃん。花園芽亜里のフリースクールに行くぞ」
「どうしたんすか? 突然。やっぱり、メアリたんのファンになったんすか? あと『アラレちゃん』やめてくださいす 」
彼女の口が尖っていた。
「うるさい。お前なんか『アラレちゃん』で十分だ」
「あ! なぞなぞ思い出したっす!」
「なんだよ藪から棒に!」
「イルカで思い出したっす! フリースクールに行くなら子どもたちになぞなぞだそーーーっと!」
「なんでもいいから行くぞ!」
「ちょっとだけ聞いてくださいっす! 頭が2個、腕が4本、脚が6本、なーんだ?」
急になぞなぞを出してきた。
「知らん! そんな化け物存在しない!」
「あ! 惜しい! 答えは『イルカ』っす! 『そんなのいるか!』ってね」
海苔巻あやめは飯島に首根っこ掴まれて連行されていく。彼女は猫のように静かになっていた。
ベテラン刑事飯島はひとりで考えてどうしても拭えない違和感に気付いた。2人は覆面パトカーに乗り込んで話しながら移動した。
「『文豪』の本が売れてもその利益は最終的にフリースクールに行く」
「そう出版社の人が言ってたっすね。いいことっすねー」
海苔巻あやめが口笛でも吹きそうなほどリラックスして助手席で答えた。
「全国からの花園芽亜里への募金もフリースクールに渡る。フリースクールにそんなに大金が入って来て喜ぶやつは誰だ?」
「……子どもたち?」
運転しながら飯島は少し間を開けた。この辺の間の使い方が実に実にイケメンっぽかった。
「あの子供たちはそんなに金がかかるか? 服なんかくたびれてたぞ?」
「その割にほとんどの子がiPadとかiPad Air持ってましたね」
「……それはいくらくらいするんだ?」
「見た感じ最新式だったから、16万とか、10万円とかですかね。新品ならですけど」
「ヤバいな」
「ヤバいすね」
飯島は自分が思ったのとちょっと違うのかもしれないと、いきなり軌道修正を迫られていた。
「結局、印税は全額あの花園芽亜里のフリースクールに寄付されることになる。被害者の遺族たちはそれぞれ辞退したと出版社から聞いた。金が集まるってことは、要するに今回の一連の殺人で得するやつがいるってことだ」
「そんな単純なもんじゃないと思うんすけど……いや、問題は導線か……。もしアレをなんとかできるてあれが分担できたら……いや、あれとあれも分担か……ぶつぶつ……」
「ほら、ぶつぶつ言ってないでいくぞ! 今日は病院はスルーだ」




