第34話:オンライン事情聴取
出版社)
「『文豪』の7件目の殺人予告です! 次はカリウムを使っての殺人らしいです。被害者は川島勇気35歳です!」
ここは東北の小さな出版社である央端社。WEBで「文豪」が殺人を予告殺人するような小説を公開したあと、決まって原稿を出版社に送っている。それを受け取っているのがこの央端社であった。新人編集員和田はその原稿を印刷していた。
「内容を読んどけ」
「はい!」
編集長小室の指示で和田はWEB版、原稿と読むことにした。
原稿読みといっても小さな会社だ。読んでいる最中に邪魔が入ることはよくあること。その際たるが電話だ。
(ピリリリリ)「はい、央端社、和田でございます。……はい。……はい、先ほど。……え!? えー……ZoomとかTeamsとかなら作家さんとの打ち合わせて使える環境がありますが……。はい、上司に確認してご連絡します。電話番号をおしえていただけますか? ……福岡? はい、はい、はい。復唱します……」
小室は和田が電話している様子をしばらく見ていた。不思議なもので、誰かが電話で受け答えしているだけでなんとなくその内容は分かるものだ。少なくとも通常の電話か否かくらいは分かるもの。
案の定、和田が自分の席から編集長小室の席まで小走りでやってきた。そして、あんまり聞きたくない内容を報告してきた。
「編集長、福岡の警察の方が『文豪』からの原稿が届いているかの問い合わせでした」
内容的に原稿は渡す必要があるだろう。和田が報告を続けた。
「あと、事情を聞きたいのでオンラインで話せないかって」
「電話じゃダメなのか?」
「なんか警察にもそういうのがめっちゃ詳しい人がいるみたいで……」
「まあ、俺たちも身の潔白は明かしておかないとな。いい機会かもしれん」
ここで和田が「?」の表情をしていた。小室はそれを見逃さずに言った。
「『文豪』の本を出して得するのは誰だ?」
「……『文豪』……ですか?」
「それが誰かって話だ。『文豪』なんて名前のやつはいない。どこかで得するやつがいる。そいつが『文豪』ってことだ」
「え!? 自分ら疑われてるってことですか!?」
和田が事情を知って急に慌て始めた。それに対して少し安心させるためか小室は落ち着いた様子で答えた。
「さすがに俺たちを疑ってはないだろう。ただ、本が売れて利益が出るって思ったらうちの関係者に犯人がいるって考えるだろうな」
「なるほど。でも、そういった意味じゃ、こっちは利益を全額被害者に渡すので疑いははれそうですね。良かったですね、利益を渡すようにしといて」
「でも、2冊目があるだろ。それを知ったらやっぱり疑い始めるかもしれん」
「じゃあ、2冊目のことは秘密にしますか?」
「まあ、隠しきれないだろうな。聞かれたら答えるってスタンスで、積極的には言わない程度か……。で、いつなんだ? その事情聴取は?」
「スケジュールと上司の都合を確認して折り返すことになってます」
こうして出版社の警察による事情聴取が決まった。
***
警察としては異例とも言えるTeamsによる事情聴取が行なわれた。福岡の福岡県警西早良警察署の会議室と東北仙台の央端社会議室をTeamsでつないだ。警察側はノートパソコンのカメラとマイクで海苔巻あやめ用に支給された物を使用した。央端社の方も設備はさほど変わらず、和田のノートパソコンを会議室に持ち込んでの通話となった。
「よ、よろしくお願いします」
央端社側は編集長小室と担当者和田が参加、警察側はベテラン刑事飯島と新人刑事海苔巻あやめが参加した。
そこで和田はガチガチだった。そもそも和田は勘違いをしていた。「事情聴取」とは読んで字のごとく、「事情」を「聴取」……つまり聞くだけだ。ところが、刑事ドラマなどである「取調べ」と混同してしまっていた。
「過去の『文豪』の予告の際は全て原稿は送られて来ているのですか?」
こんな時に冷静に質問でき、嘘は一発で分かるぞみたいな切り出しはやはりイケボのベテラン刑事飯島だった。
画面越しだが出版社の若いのが挙動不審なのが見て取れた。ただ、飯島からしたらいつものこと。普通の人間は警察が話を聞くと言ったら少なからず挙動不審になるのだ。つまり、こんなことで画面の向こうの和田を犯人だとは思わない。
「WEB版が書き込まれてから原稿が届くまでにどれくらいの時間が空くんですか?」
「あ、すいません。調べてないです。原稿は最低1日1回は届いてないか確認するんですが……あ、メールのログを見たら分かるかも」
原稿が届いたことを知らせるメールには、フォームに書き込んだ時間などが書かれている。
「そのメール、提出していただくことってできるっすか?」
「あ……はい。可能です」
海苔巻あやめの問に和田が答えるが、編集長小室の方を見て彼が頷いたのを了承と捉え答える。
メールがあれば送信元なども分かる。飯島はまだそんなことがあることすら分かっていないが、海苔巻あやめはそのあたりが明るかった。
「『文豪』の本を出版されるそうですが、印税はどうやって渡すんですか?」
編集長小室はやはり警察だと感じた。本を出すことなどは、央端社和田が書き込んだWEB小説のコメントで既に知っているということ。
要するになんらかの方法で「文豪」にコンタクトを取るときが逮捕の瞬間なのだ。実際には会わなくても銀行振込なら銀行口座の契約者が必ずいる。
「印税は被害者とその家族へ分配してほしいとのことでした。『文豪』へは振り込まないです」
「それは、メールなどでの打合せですか?」
和田の回答にすかさず飯島が訊いた。インターネットなどには詳しくなくても刑事のカンは鈍っていない。
「はい、そうです」
海苔巻あやめはそのメールなら「文豪」がメールを見ていると考えた。しかし、実際はもうそのアドレスにはメールが送れない。「文豪」が解約したりしたのだろう。そのことを和田は既に知っていたが、聞かれていないので言わなかった。
「そのメールももらえないっすか?」
「あ……はい。大丈夫です」
メールを渡していいことはその場で横にいる小室に確認もした。担当者としては完璧な対応だ。
「あのぉ……『文豪』の本って発売されたらどれくらいの利益になるんすか?」
ここで海苔巻あやめがバカなふりして聞きにくいことをズバリと聞いた。こういった「聞きにくいこと」は社会においてたくさんある。賢くなればなるほど聞けないのだ。ズバリ聞ける彼女はある意味最強だった。
「予想ですが、数百万円程度にはなると思っています。そのため、不本意ながら『文豪』と同じく利益の全額を被害者とそのご家族にお渡しすることを考えています」
編集長小室が答えた。要約すると「うちは1円ももらわないから犯人じゃありません」というもの。
「利益にもならないのに本を出版して、お宅たちになんかメリットあるの?」
飯島の低いイケボで質問をしたら、普通に聞いただけなのに問い詰められている様に感じるから不思議だ。
「弊社としましては、連続殺人犯を絶対に許せないと考えています。いまのところ被害者にならないための方法が分からない現状におきましては、弊社の持っている情報を世の中の皆様と共有することにより今後起こるかもしれない陰惨な出来事を1件でも未然に防ぐことができればと考えての出版となります」
なんとなくそれらしいことを言っていたが、2冊目の本のことは聞かれていないので答えなかった。
「現在『文豪』との連絡方法はないんですか?」
「すいません。今のところ我々も連絡できなくて……」
「そうですか」
あとは月並みなやり取りをして事情聴取は終わった。
***
「どう思った?」
オンラインでの事情聴取のあと、会議室はそのままに飯島が海苔巻あやめに訊いた。
「なんか胡散臭いっすね」
「あいつらは、なにか隠してる。企業ってのは金を稼ぐところだ。儲からないのに仕事そっちのけで本なんか出すわけない」
飯島がカメラの画角に入らないようにしていた缶コーヒーを取り出して一口飲んだ。
「少なくとも出版社は今、『文豪』に連絡手段はないみたいだな」
「そうなんすか? メールをもらったらIPとかから送信元を探そうと思ってたんすけど……」
「訊かないと答えないってスタンスだったのに、2個だけはペラペラ話してたろ」
「あ、利益を被害者に渡すことと、連絡がつかないこと! じゃあ、メアドはもう死んでるのか……。ワンチャン連絡できるかと思ったのにぃっ!」
二人の予想通り、央端社から提出されたメールアドレスは全て送信自体できなくなっていた。その上、IPを当たっても日本と国交がない国を中心に複数のサーバーを経由して送られてきたメールらしく、送信元も海外だったことから偽装しており、特定はほぼ不可能だと分かった。
更新遅れました(汗)




