第24話:バカの壁
警察)
「飯島さん、例の殺人事件ですけど、第一被害者の名前が公開になってたんです」
「は……!?」
ベテラン刑事飯島としては、寝耳に水だった。第一被害者の名前はまだ警察も調べ上げていない情報なのだ。「文豪」が出版社に送った原稿にも第一被害者の名前は書かれていなかったからだ。
「あ、公式のものじゃなくてネット掲示板に載ってたっす」
「ネット? あ、知ってるぞ!? 『特定班』だろ! アイドルの写真の瞳の反射からカメラマンが男とか割り出して怒るやつ!」
「そんなのは知ってるんすね」
海苔巻あやめは意外だった。飯島は「インターネット」のことを「インターネッツ」とか言いそうな人種だと思っていたからだ。
「なんか、犯罪のことを考察というか、研究している掲示板があって、そこの人が特定したらしいんす」
「もう犯人しか知らないような事を言い始めた時点でそいつは犯人だろ!」
また飯島が極端なことを言い始めてしまった。
「犯人は言い過ぎでも、どうやって特定したか聞きだして裏を取りたいところっす。プロバイダ経由で管理人に問い合わせしてるっす」
「ぷろばいだ……」
さっそく飯島のメッキがはがれ始めてきたようだ。
「私もちょっと調べてみたんすけど、その書き込みをした人物ってドメイン海外のを使ってるみたいで、書き込みにはIPが残ってるんすけど、どうもそれも海外の串を2重、3重に刺してるみたいで書き込んだ本人の追跡ができないんすよ。板自体も書き込みは日本人だと思われるんすけど、鯖は海外っぽくて日本の法律が適用になるのか微妙みたいな……。ブロバイダも情報提供してくれるか……」
「頼むから日本語で話してくれ……」
飯島は50代のおっさんだった。もしかしたら、一般的な50代よりもそっち方面は明るくないかもしれない。それでも「特定班」などちょっと詳しそうな片鱗を見せてしまったが故に、海苔巻あやめは「そういう話ができる人」と判定してしまい、現状をオブラートに包まずさくっと話してしまった。
……結果、飯島に新しいアレルギーができてしまったようだ。「バカの壁」とは養老孟司だったか。「難しいもの」と認識してしまった飯島は、今後ネット関係の話題は海苔巻あやめから告げられても「自分には分からないこと」と高をくくって内容など一切聞かないので、理解もしない。そんな流れができてしまった瞬間だった。
「とりあえず、被害者とされる人物の名前から、最近死亡届が出てないか役所とかに確認取りましょう」
「あー、うん……」
「飯島さん! 全然話聞いてないでしょ! とにかく行きますよ!」
「あー、うん……」
バカの壁はジェネレーションギャップにおいても発生しているようだった。




