第23話:運転
捜査会議)
「メチルアルコールは燃料用としてホームセンターや、一部スーパー、ドラッグストア、コーヒー専門店などで販売されています。その他、通販も含めたら入手方法は限りなくあるようです」
ここは福岡県警西早良警察署の中。現在「文豪」連続殺人事件の捜査会議を行っていた。新たな殺害方法として行われたメチルアルコールでの殺害について、それぞれが調べたことを報告して情報を共有すると共に、犯人逮捕の手がかりを探していた。
「メチルアルコールは劇物指定で購入に際して身分証明書の提示を求めているところがほとんどですが、少量ならばなくても買えるところがあるそうです。しかも、水で薄めると劇物指定も外れるそうです」
消毒用のエタノールと違ってメタノールは燃料用に使われることが多い。90分程度の使用のためならば、ほとんど制限がないのが現状のようだった。
つまり、メタノールから犯人を追いかけることはほぼ不可能だということが分かった。
「次、飯島。科捜研からの情報を頼む」
「はい」
飯島たちは科捜研からの報告に加え、詳しく話を聞いてきた。
「メチルアルコールの摂取方法ですが、残った焼酎のビンからは検出されませんでした。遺体発見時に焼酎のビンのフタが開いており、蒸発したものと思われるとのこと。メチルアルコールは揮発性が高く、常温では蒸発するようです。なお、グラスは空でした。飲み干したのだと思われます」
「そうか、ありがとう」
つまり、検死では発見できるが、どこに仕込まれていたのかは不明と。
「現場の状況から、メチルアルコールが被害者の焼酎ビンの中に混入されていたと仮定すると、被害者は妻と小学生の子どもの3人ぐらしで、普段来客などなく外部から侵入の確認できていません」
「分かった。次、焼酎の入手経路についてはどうだ?」
刑事部長はまた別の刑事を指名した。
「妻の話によると、焼酎は普段近所のスーパーサミー曙店で購入していて、それとは別に被害者本人がどこからか好きな銘柄を買ってくるそうです。妻はスーパーサニー曙店だと思っていたとのこと。なお、今回問題になっている銘柄も同店で販売されているものでした。この銘柄は同店で月に10本程度売れるそうで、防犯カメラの映像を提供いただいてます」
「ありがとう。今の状況からメチルアルコールからの線で犯人を手繰り寄せるのは非常に困難だ。槇島の班は念の為、スーパーの防犯カメラの映像を当たってくれ。飯島は被害者宅近くでメチルアルコールを売っていたところに不審な人物が来なかったか聞き込みを!」
「「はい!」」
事態は一見進んでいるように捜査会議は終わったが、実は手詰まりだった。スーパーの防犯カメラの映像を1ヶ月分みたとしても、被害者本人かその妻が買いに来た様子が映っているだけだ。被害者が他の店で買っていれば映ることすらない。その上、焼酎を買いに来た不審者など見ただけで分かるはずがないのだ。
その上、防犯カメラの映像を確認するのは骨が折れる。店は朝10時からオープンして、夜11時に閉まるとしても1日分で13時間分もある。再生機の機能として16倍速なども可能だが、それでは見ている人間の方が追いつかない。2倍から4倍程度が限度であり、勤務時間中休み無く見たとしても、1日で映像1日分か1日半程度しか見ることができないのだ。
飯島の方も同様で近所の店などいくらでもある一方で、犯人もわざわざ不審な格好で被害者の家のすぐ近くで買うはずがないのだ。これらはほとんど成果が期待できない作業。しかし、万が一にも何か発見があるかもしれないという忍耐力が試される捜査なのだ。
***
「あんなホームセンターで売られてるようなもんで殺されて……被害者も浮かばれんだろうな」
現場近くまで車で移動しながらベテラン刑事飯島は誰に聞かせるでもなくつぶやいた。
「ホームセンターにはナイフも包丁も売られてるっす。要はそれを使う人間の方っすよ!」
今日も助手席側で新人刑事海苔巻あやめが答えた。
「そうだな……」
飯島はふっと口元を緩ませた。なにか不都合があった訳じゃない。配属当初は緊張しまくりで、ガチガチだった「アラレちゃん」が今は堂々と反論してくるまでになった。しかも、自分よりもしっかりしたことを言う。その慣れというか、成長というかが嬉しかったのだ。
「帰りは車運転してみるか?」
「どうしたんすか、急に……。トイレすか!?」
せっかく少し認めたのに、人を老人扱いしやがって……と、飯島の中に呆れと怒りが込み上げて来る。
「……もういい」
「え!? 出ちゃったんすか!? ちょっと待ってくださいよ!」
「うるさいっ!」
「どうしたんすか!? 今度は急に怒りだして! 情緒不安定すか!?」
「うるさい! うるさいっ!」
二人は署内で「迷コンビ」と呼ばれている事実をまだ知らない。
「あ、そうだ! 2件目の被害者、花園芽亜里ちゃんが車椅子程度なら移動できるようになったらしいす。お見舞いに行かないすか? 近所の捜査とかしてもなにも出てこないすよ! ズバッと割り切って!」
「お前のその割り切りすごいな」
「私はこの割り切りだけで文一すから!」
「なんだそりゃ。お前が入ってきたときから刑事部長より位が上ってのがもうわからん!」
彼女が言う「文一」とは東京大学文科一類……つまり、法学部を指す。そんな呼び方をする大学は極めて少ない。つまり、彼女もその一員だということ。飯島は高卒の叩き上げだったため、その辺りに全く明るくなかった。
「裏技があるんすよ」
「お前みたいのが警察にいっぱい入ってきたら、今後の日本はどうなってしまうんだよ」
「ダイジョブすよ、なんとかなりますから。あ、そうだ! ネットの掲示板に1人目の被害者の名前が出たみたいなんすけど、一応調べます?」
「またあの小説のホームページか」
「ホームページって……。別の掲示板すね。匿名の何人かが書き込みできるみたいすね」
「なんでさっきの捜査会議で言わない!?」
「そんなの言ったら注目されるじゃないすか! 注目されるのは苦手す」
「もう、なんなんだよ、お前はーーー!」




