第17話:被害者の法則
出版社)
ここは央端社、東北の小さな出版社。新人編集員和田は自分の担当が欲しくて「文豪」の暴露本をなんとかして実現しようと画策していた。
現在問題なのは、暴露本を出版するとして本屋の店頭に並ぶまでにはどんなに急いでも半年程度はかかるということだった。
確かに編集長小室の心配も分かる。本を発売したはいいが、ブームが過ぎて誰も見向きもしないとしたら、それは大失敗になる。本を出すのが目的ではなく、ヒットさせるのが目的なのだ。
とは言え、まずは人々の関心が続くということを編集長に言って納得してもらわないと話が進まない。
和田はこれまでの被害者の情報を一覧にした。「文豪」の原稿に書かれていなかった部分はネットなどから拝借した。
『秋山智也 35歳 銀行員 首吊り
花園芽亜里 17歳 高校生 バラバラ
伊藤重三 42歳 会社員 毒殺
宇崎義郎 38歳 リフォーム営業 爆弾』
「もしかして……」
和田はすぐに編集長小室にその紙を持って彼の散らかった机に向かった。
「これ見てください。……花園芽亜里を外したら「あいうえお順」ですよね!?」
「アガサクリスティのABC殺人事件……いや2件目がちがうから『ABC殺人事件まがい』か。面白いな」
アガサクリスティのABC殺人事件は不朽の名作と言える。色々な作品で引用されたり、オマージュされたりしている。
「「文豪」は概ね月に1回予告をして殺人を行っています。これでいくと、まだ4件目です。あいうえお順だとしたら52人、あと48回殺人を行う可能性があります! 2件目の花園芽亜里が法則外ならもっとの可能性も!」
小室は少し鼻で笑う様に微笑んだ。
「だから、人々は『文豪』について忘れないって? あと48ヶ月……3年? いや4年か。殺人は続くって言うのか?」
「はい! そうです!」
小室は椅子の背もたれに体重を任せた。イスがギュウという悲鳴を上げた。両手で後頭部を触り少しはねた髪を直しながら、目だけは机の上に置かれた和田のメモを見つめていた。
「その考えだと次の被害者は『え』で始まる名前の可能性が高いってことだろ? まだ4件だとデータとしては少ない。しかも、1件は例外ときた……」
妥当な判断ではないだろうか。高校の数学の問題の「数列」でも問題には数字が5つは並んでいるものだ。その5つつの数字の法則を考えるのが「数列」。この場合、4つしかない上、1つは明らかに法則に則っていない。これだけで「『文豪』は52人の連続殺人をする」とは言い切れない。
「もし次があったら、それを見て判断だな」
和田の提案は空振りに終わった。もし小室が文系なら数字の確からしさなど考えずにOKしたかもしれない。しかし、理系だったらしく論理的に反論してきた。まるで数学の証明問題のようだった。和田は次の手を考えるしかないのだった。




