第7話:科捜研の女
科捜研)
「飯島さん、運転代わりましょうか?」
「バカ、お前の運転は怖いんだよ」
新人刑事の海苔巻あやめとベテラン刑事飯島の会話。これから「段ボール箱詰め事件」の捜査のために2人は動いていた。運転席に飯島。助手席に海苔巻あやめが座っている。これがいつもの状態だった。
「いつになったら私に運転させてくれるんすかー? 緊急出動のボタン押したいっすー」
前のめりで車のパネルに設置された「サイレン」と書かれたボタンを押そうとする海苔巻あやめ。慌てて手首を掴んで止める飯島。
「バカ野郎、なんでもない時に押したらこっぴどく怒られるんだぞ!?」
「『野郎』じゃないっすよー。私は女すよ! よかったっすねー、飯島さん。こんなかわいくて若い女刑事と仕事できてー」
ボタンは諦めたのか、助手席のシートにボスっと深く座った。
「うるせー、『アラレちゃん』は黙ってろ」
「またそれー」
彼女はつまらなそうに窓から外を見た。彼女はマンガのキャラクターに名前が近いので署内では裏で揶揄われていた。
「今日はこれから科捜研に行く」
「科捜研! 沢口靖子! CSI! ギル・グリッソム博士!」
また海苔巻あやめが興味を取り戻したようだった。異常に興奮していた。
科捜研は、科学捜査研究所の略。警視庁及び都道府県警察本部の刑事部に設置される附属機関である。彼らは例の花の鑑定を依頼していた。それに加えて、手術中の写真が存在していることが分かり、その写真も合わせて送っていたのだ。
***
「お疲れ様です。西早良署の飯島です」
「海苔巻です」
市内某所にある科捜研はあるビルの1フロアにあり、見た感じ署員は20人程に見えた。受付を済ませると白衣を着た女性が一人彼らを待っていた。
「お疲れ様です。科捜研の所長の沢口靖枝です」
「おしいっ!」
「こらっ! すいません」
海苔巻あやめが飯島に首根っこ掴まれて止められた。飯島は沢口にバツが悪そうに謝った。
「1字違い! おしいっ! でも、ロリだったー! 合法ロリ!」
事前に沢口は所長であることと大体の年齢を聞いていた。それなのに、目の前の白衣の女性は身長約143センチ、推定体重36キロ、童顔で黒髪長髪。ぱっと見は小学4年生から5年生くらいに見えた。
「意味は分からんが、お前それ絶対悪口だろ!」
「とんでもないす! 最高の誉め言葉っす!」
その後、合法ロリこと科捜研、所長沢口靖枝からアラレちゃんこと海苔巻あやめはこっぴどく叱られることになる。
……とても口汚く怒られるのでここでは割愛したい。
「……それで、なにか分かりましたか?」
飯島のイケボが場の雰囲気をなんとか呼び戻させた。
「こちらにどうぞ」
二人は中に通されて、資料と共に説明を受ける。花についての説明からだった。
「花はチューリップでも、アーリースマイルという種類です。ホームセンターでも普通に球根が売られています」
「犯人特定につながるような事は分かりましたか?」
飯島がイケボで訊ねた。彼らはチューリップの種類や特徴などには興味が無い。それが犯人に繋がるかどうかがポイントだ。科捜研は警察組織の一部とはいえ、研究肌の人間が多い。そう言った意味で現場の刑事とは欲しい情報が少しズレている時がある。
「店舗で売られていた花ではなく、個人などで育てた花だと分かりました」
「そんなことまで分かるんですか!?」
すまし顔で話を続ける沢口靖枝。見た目は小学生だが、中身はちゃんと科捜研の所長だった。そうでなければ、面白いからという理由で見た目が小学生で実はアラサーの女を科捜研の所長に抜擢するはずがない。……そう信じたい。
「通常、花農家の場合は、有機リン系、ネオニコチノイド系、ピレスロイド系などの殺虫系の農薬を使います。しかし、この花にはほとんど残留農薬がありませんでした。家庭菜園などの可能性があります」
「なるほどっすねー。花屋とは一味違う情報っすねー」
なんとなく海苔巻あやめも会話に参加してみた。単に沢口靖枝と話してみたかっただけかもしれない。
「被害者の手足の切断面の写真からは何か分かりましたか?」
「はい、皮膚と筋肉は鋭利な刃物で切られていて、骨は丁寧にのこぎりなどで切断しているようです。手足を切断した状態だったのに出血死していなかったことから切断間もなく送りつけられたようです」
彼女の話によると人間には体重の約8パーセントの血液があり、その30パーセントを失うと死亡する、と。被害者の花園芽亜里は細身だったことから体重約45キロと想定しても、血液は3600ミリリットル。その30パーセントとなると1リットルほどになる。そうでなくても、20パーセントを失うと出血性ショックを起こすとのこと。発見から病院へ運ばれる時間などを考慮してもなんらかの止血が行われていたと考えらえるという考察だった。
「いずれも、提供された写真を見ての判断です。実際に見た訳じゃありません。また何かわかったら追ってお知らせします」
「よろしくお願いします」
一応報告書を受け取ったものの、それがどういうことなのか飯島には分かっていなかった。海苔巻あやめは正しく状況を把握できたのだが、違和感を感じていた。
***
「あ、宅配便屋は偽物ってことか!」
「どうした?」
パトカーで移動中、海苔巻あやめが急に喋った。
「被害者は段ボールに詰められて送られてます。宅配便で人なんか送れる訳ないじゃないですか! 近場だし、箱の中をX線とかでチェックはしてないにしても、宅配便屋の荷物って重さは20キロまでって決まりがあるんです」
「ホントか!?」
「もちろん、会社によっては違うかもしれませんが、たしかそんなのがあったと思います。被害者は体重が仮に40キロとしても真っ二つに切れないっしょ! 1個の箱は20キロを超えて普通の営業所では受け付けてない!」
「たしかに、宅配便の営業所に持ち込んだら防犯カメラとかに映像は残ってる。家まで回収に来てもらったとしたら、発送元はどこか分かる!」
急いで被害者宅に行き、段ボールのことを訊いたが病院には段ボールごと搬送されたらしく、自宅にはなかった。それで、次は刑事たちは病院に向かった。病院では段ボールや送り状について覚えている者はおらず、被害者の人命に集中していたと言われたらそれ以上は追及できなかった。
念のため、宅配便屋に確認にも行ったが、その日被害者宅への荷物の配達の記録はなく、被害者宅の呼び鈴は古いタイプでカメラや録画機能はないことから配達したのが犯人の『文豪』かもしれないという疑惑だけが残り、手掛かりはなにもないことが判明した。




