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9. あのひとを待つ

 はい。


 この日から長い間、私たちは居を定めることなく暮らしてきました。

 私たちの間には子どもができませんでしてね。ユエさんのお腹には魔女が宿っているので、もしかしたらそのせいかもしれない、とあのひとは言っていました。

 私が三十歳になるころに、ユエさんが年を取っていないことがわかりました。

 やがて、私たちの大切な耳長馬が年老いて、とある山の中腹で力尽きた時、ユエさんは初めて「怖い」と口にしました。私があのひとの怖さに対して私ができたことは、せいぜい長生きすることだったと思うのですが、病を得てしまいました。

 ただ、ユエさんが私と一緒にいてくれた三十年は、確かに意味があったよと伝えることができました。私は最後まで幸せでした。願わくば、あのひとにとっても、あの三十年がせめてこれからの支えになるようなものであれと、そう願うばかりですよ。この期に及んで、なお。


 右目に猫の魂を、下腹に魔女の魂を抱えて妻は生きています。

 美しいひとですよ。

 

 ところでお二方ふたかた、私は生前にユエさんから聞いたんですが、人が死ぬと、その魂はまた別の世の中に生まれ変わるんだそうですよ。ですが、死んでから生まれ変わるまでのあいだに待合室があるだなんて、あのひとも知らなかったことでしょう。教えてあげたいような気もします。

 あ、これは冗談半分で訊くんですが、幽霊とか亡霊とか、そういうモノになるのはどうすればいいのかご存じですか?

 いや、ははは、べつに誰にも恨みはありませんよ。ただ、できれば家族の側にいたいなぁと思うのは、自然な気持ちじゃないですか。

 それに、あのひとはね、職業柄っていうんでしょうか、視えるんですよ。亡霊が。


 あ、いや、やめておきましょう。現世に残る亡霊を祓うのもまじない師ユエさんの仕事でした。死んでなお妻に迷惑かけるわけにもいきませんしね。


 ああ、お二方ふたかた、もう行かれるのですか。お話を聞いて下さり、ありがとうございました。どうか次に産まれる世界が平穏でありますよう。

 あの、もし私の見立てが外れていたら申し訳ないのですが、あなた方はもしや、ユエさんのご両親ではありませんか?


 ──わかりますって。笑った時の皺、興味をひかれた時の目の形、照れた時の口のとがり方、あのひとがそっくりです。


 私はここであのひとを待とうと思います。

 生まれ変わりを待つ人に、ノロケ話をしながら、いつかユエさんが下腹の魔女と決着をつける日を待ちますよ。

 幸いなことに、どうやら喋り続けていればお迎えも来ないようですしね。

 それでは、行ってらっしゃいまし。


 右目に猫の魂を、下腹に魔女の魂を抱えて妻は生きています。

 美しいひとですよ。




<化け猫をまつ 完>

ここまでお読みただきありがとうございます

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それでは、次話「化け猫ほうむる」でお会いしましょう。

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