第62話『おにぎり!!』
更新頻度落ちちゃってたのでおまけも付けときます。
───ビスト王国宿屋の一室にて
目が覚めた。いつも通り床で目覚めた僕はいつもと違う光景を見る。隣にパジャマ姿の犬耳少女が寝ている。昨日寝る時にコムギはベッドで寝るようになんとか説得したはずなんだけど。僕が寝た後にこっそり来たのかな。僕はコムギの頬に人差し指を当てる。ぷにぷにだ。長年の奴隷生活で異常なほど細身だけど、ほっぺはぷにぷになんだな。ムチで打たれたあとはヒールで治せるけどやっぱり体型はすぐには変わらないからな。コムギにはこれからたくさん食べてもらおう。
僕はコムギを抱えてみんなと同じ大きなベッドに寝かせた。と言っても寝ているのはアマテラスとヒナちゃんでリリスはいつも通り誰よりも早起きして既に部屋の中にはいない。僕も着替えて部屋の外に出て男子便所に向かう。洗面台で顔を洗い寝癖を直し歯磨きを済ませる。
部屋に戻る途中でリリスと会った。背中の翼がピカピカだ。手入れしてきたのだろう。
「おはようリリス」
「ああ、おはよう」
僕はサッとリリスの後ろへ回り込み翼を触る。
「ふわふわだね」
「おい、整えたばかりなんだぞ、触るな」
「え、前は触らせてくれたじゃん」
「前は私が触らせたかったからだ」
「ちょっと理不尽」
「貴様はもっと女心というものを知った方がいいぞ」
「うぅ。確かに僕はそういう経験が少ないから言い返せない。…じゃなくて、リリス。お留守番お願いしていい?」
「というと?」
「最近は実戦ばっかりで鍛錬が疎かになってたから、ちょっと外に行ってこようかなと」
「なるほど…了解だ。子守りは任せろ」
「ありがとう。じゃ、行ってくるね」
「ああ、行ってこい」
僕は宿屋の外に出た。郊外の草原をイメージする。そこに自分がいるイメージ。そして瞬間移動!…はさすがにできないよねー。まぁ鍛錬だから走って行かないとね。
僕は草原まで走った。さすがに早朝だと誰も居ないな。とりあえず筋トレと剣術の練習をしよう。それが終わったら能力を使わずに魔物狩りしようかな。やっぱり実戦がないと物足りないや。
「お、おいなんだあれ」
「魔物が発生した瞬間に狩られていくぞ」
草原に狩りに来た獣人冒険者たちが驚愕する。草原にはほとんど魔物が存在せず発生した瞬間にレイシが走ったり舞ったりしながら移動し打撃で討伐し続けているのだ。
「うーん。リポップが予想以上に早いな。それなら…強制突破」
魔力の流れが変わる。身体能力が先程とは比べ程にならないほど向上する。これにより魔物のリポップより討伐速度が勝る。草原に魔物がいない時間すら発生し始めた。
「とんでもねぇな」
「国王以来じゃねぇか」
獣人の冒険者たちがレイシに魅入られしばらく経った。
「そろそろ限界かな」
体中からミシミシと音がする。魔力は切れないけど肉体の限界は来る。3分か…3分が強制突破のリミットだな。
「ふう」
僕は強制突破を解除し草原から去る。
「なんだったんだあの男」
「…ま、まさか国王に勝ったレイシじゃねか!?」
「それなら、いや、そうじゃなきゃ納得いかねぇよ」
「ま、まあ俺らは狩りをしようぜ」
「おう、そうだな」
ビスト王国のいつも通りの一日が始まる。
少々遊び─いや、鍛錬しすぎたな。もうみんな朝ごはんを食べ終わってる頃かな。僕は宿屋の自分たちが使っていた部屋のドアを開ける。
「ごめん遅くなった」
「おかえりなさいレイシ様」
真っ先に目に入ったのはメイド服姿の獣人の少女。片足を前に出し、手で軽くスカートの裾を持ち上げ丁寧に礼をする。これがカーテシーと言うやつか。
「すごくメイドっぽいね」
「メイドですので」
コムギが凛々しい表情でそう言った。なんか…なんかなぁ。すごく違和感がある。
僕もコホン、と1つ咳をしてチューニングしつつ凛々しい表情を作り、できるだけ低い声で(と言っても女性が出すイケボくらいまでしか低い声は出せないけど)
「可愛いよ」
「わん!…あ」
コムギは先程までとは真逆の満面の笑みで勢いのある返事をした。それも尻尾を振りながら両手で手招きするようなポーズで。
「ふっ、やっぱりそっちのコムギの方が好きだな」
「いじわるです…わん」
今度は耳が垂れて両手の人差し指を突き合わせながら言った。やっぱり表情豊かな方がコムギらしくていいと思う。
「おい、帰ってきて早々イチャつくな…ほれ」
部屋の中央で他の二人と床に座っていたリリスがドア付近でお話してた僕らに注意しながら両手で握っていたものを投げてきた。
「おっと…あつっ!いや、温かい」
僕は投げてきたものをなんとかキャッチしてそれを見た。白いおおよそ三角形の温かい物体。
「おにぎり?」
「レイシさんが帰ってくるまでにおにぎりを作ろうってなったんです。どうせならみんなで一緒に食べたいじゃないですか」
ヒナちゃんが説明してくれた。いい子過ぎない?この子たち。
「…みんな」
「見て!!僕のおにぎりでっかいでしょー!!」
アマテラスのことだから大きいおにぎりを作るくらい予想できる。たぶん手のひら4つぶんくらいの特大おにぎりを作ったんだろうな。そう思いながら、アマテラスが両手で示す物を見ると──
「でっっっっっか!!」
アマテラスと同じくらいの高さがあるおにぎりが彼女の後ろにあった。部屋に入ってきてからずっとそこにあったんだ。ぬいぐるみかなにかかと思ってたよ。もう背景と同化してたよ。
「でしょー!!自信作なんだー」
両手を腰に当てて自慢げにアマテラスがそう言った。確かにすごい。けどみんなは!?何も言わなかったの!?
僕はみんなの方を見る。リリスとヒナちゃんは普通におにぎりを握っている。なんでそんな平然と作れるの!?後ろにとんでもないものがあるんだよ!?コムギは!?
今度は隣のコムギを見る。両手を前で組み、平然としている。え、アレが見えてないの?怖いよみんな。いや、もうこの際このことはもういいや。僕は顔を左右に振り、考えるのを放棄した。
「そ、それ食べ切れるの…?」
「…。レイシにあげる!!」
「いや、無理無理無理無理。食べ切れないよ」
「えー、もらってくれないの…?」
アマテラスが人差し指を口に当て、上目遣いで見つめてくる。
「いやそんな甘えた声出しても無理なものは無理だから!!」
「貴様、アマテラスが貴様のためにと握ったものを拒絶するのか?」
「もうその大きさは握るじゃないよ。押し固めてるじゃん」
「「…」」
リリスとアマテラスが黙り込んだ。
「やっぱり押し固めて作ったんだ」
「否定はせん。だがアマテラスが貴様のためにと押し固めたものを拒絶するのか?」
「言い方変えてもダメだから」
「とりあえずその手に握ったものを食べてみろ」
リリスが僕の手の方を見て発した。そうだね。冷める前に食べないともったいないよね。もうあの物体のことは忘れよう。ほら、遠目に見たら雪だるまに見えなくもないし。うん、忘れよう。
「いただきます」
リリスが握ってくれたおにぎりを一口食べた。
「…美味しい」
「だろう?」
もう少し食べ進めると違う食感のものを口の中に感じた。
「鮭だ。鮭おにぎりだ。美味しい」
「知っている。私は美味しいという感想だけでは満足しないぞ。他に何かないのか?」
リリスが耳に手を当てて僕が次の言葉を発するのを待っている。食レポでは無いだろうな。
「ありがとうリリス」
「うむ」
リリスも満足そうな表情を浮かべてくれた。感謝は大事だ。それにご飯は自動で出てくれるわけではないからね。僕はあまりの美味しさにすぐに食べ終わってしまった。
「あ、あの!私のも受け取ってください」
ヒナちゃんが両手でおにぎりを差し出してきた。バレンタインチョコかな。
「ありがとうヒナちゃん」
そしてヒナちゃんのおにぎりも食べた。もちろん美味しい。それに、
「昆布おにぎりだ。たくさん入ってて美味しいよ」
僕が笑顔を向けるとヒナちゃんはほっとしたように、
「良かったです。握った甲斐がありました」
ヒナちゃんのおにぎりは一口目から具が味わえる僕好みのものだった。こうなるとコムギも作ってそうではある。僕はヒナちゃんのおにぎりを食べ終わったあとコムギの方を向いた。するとコムギはすぐさま顔を逸らした。
「コムギ?」
「ど、どうかしましたか?レイシ様」
若干コムギの声が震えているような。
「もしかしたらコムギもおにぎり作ってくれたんじゃないかなーって思って」
「も、もももちろん作ろうとはしましたよ?」
どういうことだろう。すると、
「コムギは作ってる最中に我慢できずに自分で食べたんだ」
リリスが説明してくれた。なるほどね。
「だ、だって唐揚げおにぎりなんて我慢できないじゃないですかわん!」
「唐揚げ以外を詰めれば良かっただろう」
「それはそうですけど自分が食べたいものを詰めた方がレイシ様も喜んでくれるだろうなってぶつぶつぶつぶつ」
コムギがモジモジしながら念仏のように何かを言っている。僕はコムギの頭に手のひらを置いて撫でた。
「コムギがたくさん食べてくれた方が僕は嬉しいから」
それだけ言った。するとコムギは顔を赤くして、
「わん!!」
地面に仰向けになり、服従のポーズをしだした。色々言いたいことはあるけど後ろからの鋭い視線が怖くて動けない。
「私の特権…私の特権…私の特権」
ヒナちゃんも後ろでぶつぶつと言っているようだ。僕には何を言ってるか聞き取れないけど。
「結局僕のおにぎりどうするの!!」
アマテラスが大きなおにぎりをバシバシ叩きながら言った。
「み、みんなで食べたらいいんじゃないですか」
「ヒナちゃん、さすがにこの大きさは無理だと思う」
「ふむ、転移魔法発動」
「え?」
僕が驚いた声を出す頃には僕らは既に森の中にいた。
「ふん、お供え完了だ」
「リリスさんさすがです」
ヒナちゃんが感激している。ここはビスト王国郊外の森の魔法を使える男の人と会った場所だ。ちょうど石碑の前にあの巨大おにぎりが置いてある。
「動物さーん!!おいでー!!」
アマテラスの声で付近の動物が集まりだした。リスにクマに狐に狸に…いやすごいな。
「わん!」
あ、動物に紛れてコムギも集合してる。
「さあお食べー」
またアマテラスが言うと森の動物たちが一斉におにぎりを貪り始めた。こわっ。やっぱり野生に生きてるだけあるな。リスも一心不乱にかぶりついてる。可愛げ無いな。
「アマテラス、中身大丈夫なの?動物が食べちゃいけないものとか─」
「うん!何も入ってないから!!」
「え?僕にそんなもの食べさせようとしてたの?」
「へへー!」
アマテラスが頭の後ろに腕を組み、笑顔で誤魔化そうとする。いや、へへーじゃないから。
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おまけ:その後、宿屋に帰ってから
───宿屋の大浴場にて
朝風呂だ。鍛錬が終わってからずっとお風呂に入りたかった。さすがに使わないのはもったいないからね。僕は身体を洗った後大きな湯船で身体を温めた。上がろうと思ったけど僕はあるものを見つけてしまった。サウナだ。僕はサウナ室の扉を開け中に入り座った。一人の頭髪の少ない老人がその部屋には既にいた。
「ほう。こんな若者がサウナとはのう。どれ、お主に“ととのう”というものを教えてやろう」
「は、はあ。よろしくお願いします」
僕は流されるがままにサウナーの教えを乞うことになった。
「まずは長めにサウナに入るんじゃ。無理はするなよ」
「分かりました」
───10分経過
「なかなかやるのう。大丈夫か?」
「まだいけます」
───15分経過
「よし、そろそろ出るぞい」
「分かりました」
僕は老人と共にサウナ室から出た。そして汗を流し、水風呂に入った。
「冷たっ!」
「すぐ慣れるぞい」
老人はスムーズに水風呂に入っていたけど僕は少しずつ身体を沈めていった。
「これが“ととのう”ですか?」
「いいや、まだじゃ」
水風呂はすぐに上がり足早で僕は外気浴スペースへ連れ出された。僕らはそこに置いてあった椅子に座った。…何だこの感覚は!?
「これが“ととのう”ですか…!!」
「そうじゃ、あと数回これを繰り返すぞ…と言ってもサウナに入る時間はどんどん短くなっていくがな」
「そうなんですね。引き続きよろしくお願いします!!」
そうして僕らはととのった。どんな出会いにも別れはある。僕らは裸で脱衣所にいる。
「そんな悲しい表情をするでない。儂は世界各地のサウナを巡っておる。サウナーは引かれ合う。また出会えるじゃろう」
「…その時はまた一緒にととのいましょう」
「もちろんじゃ」
ここに青年と老人のサウナで繋がれた…いや、ととのえられた絆が誕生したのだった。




