第50話『こういうこと』
化け物か……こんなんじゃ僕は…魔族と……あの包帯と一緒じゃないか。
レイシは観客席で下を向いていた。下を向き、自分の両の手のひらを眺めていた。何も無いその手のひらをじっと眺めていた。
いつのタイミングだ?いや最初からか?魔族に関しては最初から殺すことに躊躇は無かったように思う。……もし、最初から…人間を敵と認識していたら躊躇は無かったんじゃないのか?そんなはず……!!分からない。分からないことを考えても仕方ないとは分かってる。でも、それなら僕は…
───僕は何者なんだ?
「おい」
リリスは心配の表情を浮かべながらレイシの肩を揺らしていた。レイシはこの瞬間まで気づいていなかった。
「ん?どうしたの?リリス?」
レイシは力無い顔と声をリリスに向ける。
「ヒナの戦いが始まるぞ……相手は……クロノスだぞ」
え?僕はクロノスくん?ヒナちゃん相手に?
困惑しているレイシにリリスは先程起きたことを説明する。
「貴様が言ったのだろう。ヒナの能力はクロノスにも匹敵する能力だと。それで他の国王が戦ってみろと言い出したんだ」
能力はクロノスくんにも匹敵すると僕も思ってる。でも、ヒナちゃんに体術や戦略なんてないんだよ。
「誰が言ったの?」
レイシは静かに怒る。
「貴様が倒したあいつだ」
と、リリスは僕の奥の方の観客席を指さす。クロノスに治療されたリュウトが腕を組み、悪い笑みを零しながら、闘技場を眺めていた。
あいつ……自分じゃ僕らに勝てないからって…僕が言ったことを利用して……!!ヒナちゃん……僕は闘技場のヒナちゃんの方を見た。
真剣な表情だ……勝ちにいく顔だ。
「私たちは貴様の仲間だ。守られるだけじゃないと前にも言ったはずだぞ。信じるんだ。仲間なら」
リリスがレイシの顔を覗き込み、口角を上げてそう言う。レイシはその言葉を心に刻み優しい笑顔で、
「そうだね。信じないとね」
観客席にいる全員がクロノスとヒナを楽しみに眺める。
「Sランク冒険者試験───開始!!」
ドゴーーーーーン
先程までの楽しみが一瞬で吹き飛ぶ。
「なんだよ今の!!」
驚いたのはリュウトだけではなかった。その他全員が言葉を失う。
ヒナちゃん…すごい。クロノスくんが吹き飛んだ。というか──
「国王様!!」
「クロノスくん大丈夫!?」
僕とソロネさんが音がした壁の方に叫ぶ。まさかクロノスくんを心配することになるなんて…僕は見た。クロノスくんが吹き飛ぶ直前に胸に大きな穴が空き、背中まで貫通していた。
───ガラガラガラ
僕はその光景を見て安堵した。壁から歩き出てきたクロノスくんは何事も無かったように無傷だった。
クロノスは片手を後頭部に当て、
「いや〜さすがに死ぬかと思ったよ〜なんなら1回死んだよ〜あはは〜」
良かった。いつものクロノスくんだ。クロノスくんはドールさんの方を見て、
「ということでドールよろしく〜」
「はい。勝者ヒナ。Sランク冒険者試験合格です」
ヒナちゃんは一瞬何が起きたか分からず、ぼーっとしてたけど、状況がわかったあと胸を撫で下ろし、絵画を浮かべた。
「やりました。レイシさん」
ヒナちゃんが闘技場からVサインを送ってきたから僕も笑顔でVサインを返す。
───シュン
ヒナちゃんとクロノスくんが観客席に戻ってきた。クロノスくんにソロネさんが近寄って心配してる。
「ヒナちゃん、よく頑張ったね」
僕はヒナちゃんの席の前に移動し、頭を撫でた。
「はい、何とかなりました」
ヒナちゃんは安堵と笑顔の区別のつかない表情で僕を見つめた。
「おい、なんなんだあの能力!」
「どういうことなのかしらぁ」
「気になるのう」
国王達が立ち上がりこちらに声をかけるが、
───シュン
僕たちは元の会議の椅子に座っていた。僕らの机と椅子は僕の能力で変えたままだ。
ガタッ
リュウトが席を立ち上がる。驚きと怒りが窺える表情で
「なんなんだよさっきの試合、何が起きたんだ」
「いや〜、僕の能力を無視して攻撃されたんだよね〜久しぶりに命の危機を感じたよ〜」
クロノスは能天気に話す。だが、リュウトは納得しない様子だ。
「おい、そこの女ァ!てめぇの能力はなんなんだ!!」
リュウトがズカズカと歩き、ヒナちゃんの方へ向かうけど僕は立ち上がり、リュウトの前に出た。
「いい大人が小さい女の子を怖がらせて恥ずかしくないの?」
ヒナちゃんを横目で見る。見るからにリュウトに怯えている。
「るせぇよ!てめぇは黙ってろ!関係ねぇだろ!」
「はぁー、本当に……殺すよ?」
レイシが強くリュウトを睨む。既に刀を握っていることにリュウトは気づき、間合いから外れるよう下がる。
ガタッ
白コートが立ち上がる。
「リュウト、お前は席を立っていない。そしてレイシ、お前はそこにはいない。この会議の中心にいる。文字通りな」
「は?」
思わず声が出た。これが白コートの能力か。僕は環状の机の中心に立たされていた。
「お前……俺の能力を認識しているのか…?」
白コートがレイシの声と表情を見て気づく。
認識?何を言っているんだ?
「お前、やつに何をした?」
「そうだよ!レイシに何したの!!」
「レイシさんを元の位置に戻してください」
リリスたちも声を出す。白コートは一瞬表情に動揺を見せ、
「少し…驚いたな。まさかお前らのパーティー全員が俺の能力を認識しているのか。クロノスだけではなかったのか」
何を言ってるんだこの人は。僕は周りを見た。ドールさんは全く変わらない表情だけど、国王たちは逆に僕らが驚いていることに驚いているようだ。
「レイシちゃん、何を言っているんだ?最初からそこにいたじゃないか」
ビストが驚いた表情でそのように言う。理解が出来ない。なんだこの能力。
「ヴァニタス〜、少し手荒なんじゃなーい?」
「……」
クロノスくんが白コート…いや、ヴァニタス帝国国王ヴァニタスにそう注意する。表情は笑顔だが若干の怒りがあるような気がする。
───兄貴の力は『全てを虚無に帰す能力者』だよ。
ムジの言葉を思い出す。この人がムジのお兄ちゃんか。この能力、全く分からないが、これだけは理解ができる、強すぎる…!!さっき1度食らっただけで確信した。戦っても勝てない。
「レイシ、リュウトの戦いを見て、この男は危険だ……と思っていたが、この男のパーティーそのものが危険だと今確信した。全員消す」
「ヴァニタス、それは僕が許さない」
ヴァニタスは淡々と言葉を発するが、クロノスは普段とは真逆の真剣な表情と声色をヴァニタスに向ける。凄まじい圧がこの2人の男から発せられる。周りにいる国王は威圧され、誰も言葉を発さない。リリスすらも薄ら笑いもせず、その光景を眺めることしかしていない。レイシは2人の行動に固唾を呑んでいた。
「他の国王に聞けばいい。レイシたちは世界の脅威に成り得ると考えるものは挙手しろ」
ヴァニタスが他の国王に問う。クロノスとビスト以外の国王は挙手した。
「クロノス、こういうことだ。国王たちの…世界の判断だ。レイシたちはここで始末するべきだ」
「他の誰が何と言おうと、僕は僕の友達の命を奪うことを許さない!!」
クロノスが怒る。僕は驚いた。ここまで感情をむき出しにするクロノスくんは初めて見た。だけど、
レイシはクロノスが自分たちを守ろうとしていることに気づいていた。
ヴァニタスの言葉、
───ここにいる国王たちは皆Sランク冒険者、もしくはそれに匹敵する強さを有している。
クロノスくんの修行部屋とビストの王宮での言葉、
───あと癖が強い人ばっかで自己中でAランクとは逆に才能だけでSランクになったやつもいる。基本的にSランク同士は不仲。
───まぁトータルすると君は世界の脅威になりうる。だから国王会議で判断しようってわけだね〜。まぁ気楽においでよ。なにかあったら僕が守るからね〜。」
クロノスくんは最初からこうなることをわかってたんだろうな。それでも尚、あんなに怒るのは本気で僕らのことを…
「ヴァニタス、君が能力を発動した瞬間に僕も能力を発動する。……ステゴロでは僕の方が圧倒的に強いことを忘れたのかい?」
らしくもなくクロノスがヴァニタスを脅している。
「だが、俺らが特異点にいる間にこいつらを守る者は誰もいないことも忘れるな。ビストは世界を敵に回すほど愚かなやつでは無い」
ヴァニタスもまた、クロノスを脅すが、
「さっきのSランク試験を見てなかったのかい?この子達は強いんだよ。だから、君がいなければこの子達は負けない」
特異点?なんだそれ。それと、ヴァニタスだけで戦いの結果が変わるって、どんだけ強いんだよ。
「ヴァニタス1人でクロノスを引きつけてくれるなら儂らも頑張らんとのう」
「クロノスちゃんには申し訳ないけどぉ、私も頑張っちゃうわぁ」
おじいさんと濃桃色の女性が立ち上がる。
「リベンジマッチだぜ…レイシ!!」
リュウトも席を立ち上がる。
「仕方ないかぁ」
藍色髪のずっと眠そうな男も立ち上がった。
くそ、なんなんだ。そこまでして僕らを殺したいのか…!?
「クロノス、お前の独断行動にはみんなうんざりしてるんだ。お前も世界の脅威に成り得るんだ。……あと、魔力ありのステゴロでは確かに俺らは負けるだろう。だけどな、魔力無しならお前と俺はガキと大人だ。筋力勝負なんだよ!」
ヴァニタスのその言葉を聞き、クロノスは嫌な顔をした。
「なかなか頭が回るじゃん、ヴァニタス。そうだね…それを使われたら僕も出力を上げるためにそれを使わないといけない。その状態で特異点にいくと僕はただの子供だね…だけど武器はあるよ?」
クロノスは少しだけ寂しい表情を浮かべたあと、背中の大剣の柄を握る。逆にヴァニタスは勝利を確信した表情を見せる。そして──
「「全能全魔」」
クロノスとヴァニタス帝国国王が同時に発する。環状に並べられた机の真ん中に立たされたレイシは動揺する。
何が起こるんだ!?2人は睨み合ってるし、他の国王は僕らに殺気を飛ばしてるし、いったいどうなってるんだこの国王会議は!!
「次に魔力が強く揺らいだら首を掻っ切るよ?」
ビストがヴァニタスの後ろから手を回し、首元に爪を立てている。
「まさか…お前がそんなことをするとは…」
ヴァニタスは無表情でそう言った。
「悪いね、私は馬鹿だ。愚か者なんだ。友達の味方であることしかできないんだよ」
ビスト……!!僕は歓喜する。
ビストがヴァニタスを止めたことでこの騒動は治まった。




